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第80話 大いなる決闘

 王国歴228年夏。

 パラディアス王子率いるソリスティア王国軍とヒーステン伯爵軍はついに決戦の刻を迎えようとしていた。

 場所はヒーステン伯爵領本星「メイヌース」近郊。

 互いに援軍も伏兵もいない、王国軍艦隊1,656隻と伯爵軍艦隊1,243隻の正真正銘真正面からのぶつかり合い。

 両艦隊は宇宙空間で対峙し、ゆっくりと艦載機部隊を展開している。

 先走って撃ち始める艦はいない。

 敵軍より早く隊列を整え、先制攻撃をしようという焦りもない。

 まるで申し合わせたかのように、両軍とも落ち着いた動きで隊列を整えている。

 もしかすると王子と伯爵は、これから行われるのは公明正大な決闘であると世に示さんとしているのかもしれない。

 だとすれば相手の準備が十全に整うのを待つのも納得である。

 しかし、そうであるならばこの決闘の見届け人はいったい誰であろうか?

 王か、国民か、それとも他の誰かか。

 後に「メイヌース会戦」と呼ばれる戦闘が始まるまでは今しばらくの時間があった。


 ◇◇◇


『……たったこれっぽっちの艦隊しか派遣できないとは、王国の内情も知れたものですね』


 エールダイヤのコクピット内にあるスピーカーからロナの呆れたような声が聞こえてきたので、シドは小首を傾げて「そうなのか?」と尋ねた。

 彼らは傭兵ギルドが所有する戦艦から発艦し、機体モニターに表示された指示に従って、自軍最右翼の前線部隊へと移動している途中だ。

 なお、モニターには全軍の配置図も表示されており、それを見ると、シドたち白馬ギルドのメンバーはまとめて同じ場所に配属されていた。

 ロナは機体を操縦しながらシドの疑問に答える。


『王国軍の総数は10万隻を超えます。ですがここに派遣されたのは約800隻ほど。他は各地の貴族軍の艦で、ごく一部が傭兵ギルド所属の艦です』

「……確かに少ないな」


 シドは機体のカメラを操作し、周囲の艦隊群を眺める。

 ズラリと並ぶ軍勢の威容には圧倒されるばかりだが、言われてみると確かにそうである。

 シドがかつてゲームで体験した決戦ステージでは敵も味方も何千何万という艦隊を率いていた。

 現代のVRゲームではそれらをしっかりと描写しているので、その時の光景と比べてみればこの王国軍艦隊の数が少ないのもわかる。


『でしょう? 古来より戦争は多勢で無勢をすり潰すのが一番楽なのですから、それをしないのには何かしらの理由があって然るべきです』

「それがさっき言っていた“王国の内情”ってやつか?」

『はい、そうです』

 

 800隻など総数の1%にも満たない数字だ。叛乱軍を本気で鎮圧するならば、1万とは言わないが4千でも5千でも出していいはずである。

 

 ふと以前ロナが言っていたことを思い出した。


「前に王国軍の内部でボイコットが起きてるって説明してくれたよな? そのせいで動かせる艦が減ったとか?」

『それも原因の一つなのでしょうが、他にも理由があるように思います。これは推測ですが、王国軍は第三王子ギュンターがクーデターを強行する可能性を考え、艦隊を温存しているのかもしれません』


 ロナの推測は大方当たっていたりする。

 今回パラディアス、そして王太子が一番恐れているのは、ヒーステン伯爵軍との戦闘を機と見て、兄ギュンター王子ないしは他の大物貴族が叛乱を勃発させることと他国が侵攻してくることだ。

 これ以上内乱を長引かせるのは、経済的にも国家の信用的にも、あらゆる意味でマズイ。ましてや外国との戦争など最悪だ。

 なのでパラディアスは軍師コウメイと戦略を練り、あらゆる事態に対処できるよう本国に艦隊を可能な限り残し、伯爵軍に確実に勝てる最小限の戦力を割り出してこの戦いに臨んでいるのである。


「ようやく終わると思ったのに、これからクーデターが起きるかもとか勘弁してくれよぉ……」


 シドは形だけ操縦桿を握りながらパイロットシートの上で深く嘆いた。

 大半の国民も同じことを聞けば、きっと彼と同様の反応をするであろう。

 それだけ伯爵軍の叛乱により続く国内の混乱に疲れきっているのである。


『私としては戦場に事欠かないので、クーデターが起きるなら願ったりですが』

「……一緒に行く俺の身にもなってくれよ。……ったく、今度は何処で戦わされるんだか。俺の安穏な生活はどこに行っちまったんだろうな」


 もうすっかり傭兵として戦場に赴くことを受け入れているシドである。

 ロナもそれを察して少し嬉しそうだ。


『もし仮にクーデターが起きなかったら、今度は一緒に外国の紛争地にでも行きましょうか? パスポートは持ってましたよね?』

「持ってるけどさ……だから俺の安穏な生活は?」

『フフフッ、残念ですが諦めてください』


 楽しそうな笑い声を上げるロナに、シドの肩はがっくりと落ちる。

 彼が解放される日は当分来なさそうである。


 ◇◇◇


 作戦開始時刻まであと10分。

 シドたちが配置された右翼部隊では白馬ギルドの面々が通信で雑談に興じていた。


『あ〜、待ちきれねえー。早く戦闘始まんねえかな』

『うるせえぞ、カール。タバコでも吸って待ってろよ』

『んなもんとっくに吸い切ったわ。だからやる事ねえんだよ』

『よければ俺の1本やるぞ? 渡すからコクピット開けてくれ』

『マジっすか? モンドさんありがとうございます! ――あっ、できたら2本ください。仕事終わりの一服もしたいんで』

『ちゃっかりしてんな、コイツ』

『ヘヘヘッ』


 呑気に敵軍の前で機体から降りてタバコの受け渡しをしたりと、開戦前だというのにリラックスした雰囲気だ。


「落ち着いてるなぁ……」


 ゲームとかだと前線に置かれた傭兵は「俺たちは貴族軍どもの弾除けだ!」とか言って不貞腐れている印象があったが、現実は意外とこんな感じなようだ。……白馬ギルドが特殊な可能性も捨てきれないが。


(でもまあ弾除けなのは事実か……)


 シドは改めて配置図に目を向ける。

 自分たちの後ろに布陣しているのは有力貴族家であるターキム侯爵家の艦隊だ。国王のフルネームも諳んじれないシドでも家名を知っているくらいのビッグネームである。

 特記戦力であるシドの後方に置くことで安全性を高めているのだろう。政治も大変である。


(まっ、いいけど。どうせまたロナは突撃するんだ。後ろが誰とかあんまり関係ねえさ)


 そう多くの戦場を経験したわけではないが、いつもロナは単機で暴れたいだけ暴れている印象がある。

 後ろどころか横が誰かも彼女はあまり気にしてないだろう。

 そんなことを考えていると丁度、肩を並べるようにエールダイヤの真横に停まって来た友軍機から通信が入ってきた。


『よう、シド!』

「フジタさん。どうも、お疲れ様です」


 隣に来たのは白馬ギルドのCランク戦闘機乗り(ファイター)のフジタだ。

 モニターに彼の人相の悪い髭ヅラが表示され、シドはペコリと会釈をする。


『今日はまた随分とゴツイ装備じゃねえか。どこで見つけてきたんだ、そんなもん?』

「ああ、これですか? お世話になっているレンタル会社さんがこの日のために方々を探し回ってくれまして」


 フジタが興味深そうに言うのは、エールダイヤに取り付けられたオプションパーツについてである。

 全体を一回り大型化する専用の追加装甲に、両翼の上部に取り付けられた大型のブースターと、両肩部にはそれぞれ大型ビームランチャーとマイクロミサイルポッド、翼の先端にはミニビームガンという重装備。

 底部には実弾兵器として大口径の速射砲が付いており、かなりゴテゴテとした見た目の機体に仕上がっていて、まさに決戦仕様といった感じだ。


『話にだけは聞いたことがあるが、俺もエールダイヤのその姿は初めて見たぜ』

「博物館レベルの代物らしいですからね。よく民間に現役パーツが残ってましたよ」


 二人が驚いているのは、このエールダイヤ専用の追加武装パックが“幻”と呼ばれるくらい現存数が少ないからである。

 シドもゲームならともかく、リアルで見たのはこれが初めてだ。


「50年前、当時の王国軍エースパイロット上位100人のために特注されたこの装備。とある好事家が大切に保管していたそうなんですが、俺が使うならと貸し出してくれたそうなんです」

『ハッハッハ、そりゃあ、お前さんが使えば箔が付くだろうからな。俺がその好事家だとしても喜んで貸すだろうさ』


 大笑いするフジタ。

 戦場で使用したため残り5セットも美品が残っていないこの武装パックだが、未来のSランク傭兵であるシドが実戦で使ったのならば、例え破損しても確実に価値は増すだろう。

 なお、マニア垂涎のこの装備はコロニーの格納庫でも耳目を集めており、軍人傭兵問わず大勢の人間、それこそ将官クラスの人物からも、ぜひ写真を撮らせてくれと頼まれていたりしている。


「格納庫でも注目されちゃって――」

『オイ、無駄話はそこまでダ』

「あっ、マッケンジーさん」


 フジタとの通信に割り込んできたのはBランク戦闘機乗り(ファイター)のマッケンジー・ウォルシュだ。

 彼もまたこの作戦に参加しているのである。

 ギルドメンバー全員に向けて言った彼のその一言で雑談はピタリと止まる。


『――間も無く作戦開始時刻ダ。気を引き締めろ、馬鹿ドモ』


 マッケンジーが相変わらずの仏頂面で告げると、周りの空気がピリッとしたものに変わった気がした。

 敵を撃墜してお金を稼ぐ、命懸けのお仕事の時間である。

 それからすぐにコクピットのスピーカーから「プツン」という音がして、パラディアス王子の声だけが聞こえてきた。

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