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第79話 出陣前夜

「総員、ソリスティア王国陸軍元少佐アイハム・アル=イブン殿に敬礼!」


 白馬ギルドのCランク陸戦兵(レンジャー)アイハム・アル=イブンが格納庫に入ると、指揮官の力強い号令がかかり、パワードスーツを装着したソリスティア王国陸軍の兵士たちが一斉に敬礼をした。

 何百という金属製の鎧を身に纏った兵士が一糸乱れぬ動きで敬礼をするというのは、なかなか壮観な光景だ。

 音の迫力も凄い。

 この動作で兵士一人一人が立てるのは「ザッ」とか「ガッ」という比較的小さな音だが、これだけ数のパワードスーツが同時に動けば、庫内を振るわせるほどの大きな音となる。

 だが、この見事な敬礼をした兵士たちに対し、アイハムは喜ぶどころか、寧ろ心底呆れた顔を見せていた。


「あのなあ……何十年も前に除隊したロートルに気なんか遣うんじゃねえよ。ましてや、今の俺は軍に雇われた傭兵だぜ?」

「いえ、ですがアイハム殿が各地の戦場で成し遂げた数々の伝説は今でも陸軍の語り草でして……」


 あくまでも自分は雇われの身分だからというアイハムに、“大佐”の階級章を付けた中年の指揮官はおずおずといった様子で抗弁をしている。

 階級が絶対の軍隊では珍しい現象だ。


「あれ……何ですか?」


 ちょっと離れた位置でそれを見ていたシドは、近くにいた同じ白馬ギルドの傭兵に尋ねた。


「ああ、あれな。ついこの間まで素人だったワークスは知らないか」


 40代くらいのその傭兵は、可笑しそうに笑いながら教えてくれる。


「おやっさんは軍隊時代……まあ傭兵に転向した今もだけど、率いている部隊を何度も奇跡的な勝利に導いた王国陸軍の生ける伝説なんだ。だからああして尊敬されているってわけさ」

「へぇ、そうなんですか」

「貴族軍や、他国の軍隊。それこそ帝国からも一目置かれているんだぜ」


 シドは惑星ペルザスのニルス航空基地奪還作戦のことを思い出す。あの時もヒーステン伯爵軍の騎士がアイハムの名前を聞いて驚いていたが、そういった理由があったわけだ。


「今度暇な時に調べてみろよ。おやっさんの伝説はスゲェぞ」

「そうですね。調べてみます」

「おう、そうしてみろ! おやっさんの神がかり的な用兵にブチギレたレルヒドール帝国の陸軍少将が、おやっさんをご自慢のボクシングで殴り殺すために王国へと単身乗り込んできたエピソードとか面白いぞ!」

「そんな事があったんですか……!?」


 一般には知られていないが、そういう事件があったらしい。

 直感に従って正面突撃したら勝つという、相手からすれば理不尽極まりない戦法にキレた帝国陸軍の少将が、自らの手で直接アイハムを殺すべく入国したそうだ。

 なおその一件は泡を食った帝国の関係者が全力で阻止したので未遂に終わったのだが、そのボクシングが得意な少将はアイハムに公衆の面前で一対一の決闘を申し込み、逃げ場のない場所で殴り殺すつもりだったらしく、投げつける用の手袋を持参していたそうだ。

 それを聞くとシドもがぜん興味が湧いてきた。落ち着いたらさっそく調べてみるつもりである。


「おっと、それじゃ俺はちょっと用事があるから」

「忙しいところありがとうございました」

「いいってことよ」


 シドはペコリと頭を下げ、アイハムについて教えてくれた傭兵に丁寧な御礼を言った。

 いくらBランクになったからといって、小市民的なところがあるシドは、年上相手にいきなり偉ぶれる性分ではない。しばらくは今までと変わらず謙虚な姿勢を貫くつもりだ。

 ただロナに言われている「理想のエースパイロット像」に近づけるよう、ペコペコし過ぎて侮られないようにだけは注意するつもりである。


「……それにしても、とんでもない人数だな」


 傭兵を見送った後、シドは周囲を見渡してポツリとこぼした。

 どこを見ても大勢の人がおり、ざわめきに満ちている。

 兵士たちの間には作戦開始前独特の高揚感と不安感が充満しており、妙な息苦しさを感じる空間だ。

 ここはイルハンブラ子爵領にある、とある軍事コロニー内の格納庫である。

 ヒーステン伯爵討伐作戦に参加する王国軍の集合地点の一つであり、現在このコロニーには大人数の軍人や傭兵が集まっている。

 この格納庫にも彼らが乗る戦闘機がズラリと並んでいて、シドのエールダイヤもその内の一機だ。

 天井は高いが、それらの戦闘機があるので変な密集感がある。

 それに、シドが有名人なせいか、知らない兵士や傭兵たちに遠巻きにジロジロと見られているのも居心地が悪い。

 そのため何処へ行くのも悪目立ちする気がして、結果シドは中途半端な場所で所在なさげにポツンと立っているのである。


『これでも全体の十分の一にもなりませんよ』


 シドの耳元のイヤホンから、透明感のあるロナの声が聞こえてくる。

 彼女の言う通り、このコロニーには100隻近い軍艦が集結しているが、それほどの数でも本作戦に参加する全部隊のごく一部にしかならない。

 この他にも近隣貴族領内に合計10数箇所の集合地点があり、王国軍の総勢は1,000隻を超える大艦隊になる。


「ここだけでも第6艦隊と同じくらいの船があるのに10分の1か……マジで決戦なんだな……」

『決戦などと大袈裟な。万を超えていないのですから大したことありませんよ』

「そりゃロナにとったらそうだろうけどさ……」


 文字通り種族の存亡を賭けた一大決戦を経験したことのあるロナは余裕そうだが、シドはそうはいかない。

 近年稀に見る大規模軍事行動の渦中にいるのだと思うと、ちょっと落ち着かない気分になる。


「俺らは明日ここを出発してパラディアス殿下の本隊と合流するんだったよな?」

『はい、そうです』


 各拠点を出発した艦隊は侵攻ルート上で徐々に合流をしていき、全軍が集結するのはヒーステン伯爵領内での予定となっている。

 敵が奇襲により少数部隊を狙ってこないと確信できるからこそ可能な、余裕のある行軍ルートである。

 コウメイは、正面からの衝突を望むヒーステン伯爵の思惑を利用し、このルートを考えたそうだ。


「あー……明日まで持つかな俺? みんなピリピリしてるから気が滅入るんだよ……それが普通なんだろうけどさ……」


 シドはこの空気に当てられて参ってきたようだ。

 やや気分が悪そうな声を出し、胃の辺りをさすっている。

 視界に映る若い兵士の青い顔も、耳に入ってくる古参兵の文句もどれもがシドの心に負荷をかけてくる。

 思えば今までの戦場ではほとんど戦闘機に乗りっぱなしで移動していたので、こうして生身で空気感を感じるのは初めてである。


「ロナは気にならないのか?」

『私ですか? 特にならないです』


 あっさりと言われ、“やっぱりな”という感想しかない。


『辛いなら白馬ギルドの人間が多いところに行った方がいいですよ。繊細な神経を持ち合わせていない彼らの中ならアナタも少し気分が紛れるでしょう』

「……だな。そうするよ」


 無神経な連中と評するのは悪いが、どんな時でもいいかげんな白馬ギルドのメンバーと一緒の方が、今はメンタルに良さそうである。

 シドはロナのアドバイスに従い、知り合いを探して動き始めた。


『白馬ギルドの全体的に粗雑なノリには私も驚きます。かつての人類のように悲壮感溢れるとは言いませんが、もう少しシリアスになれないものでしょうか?』

「“かつて”って、そん時の悲壮感は人類絶滅寸前レベルだろ? 無理じゃね?」


 ロナが言っているのは250年前の人機大戦時の人類のことである。

 総人口の20%を失い、国民皆兵は当たり前。明日どころか自分の命が今日まででもおかしくない時代の話だ。

 それは無理だろう。


「どちらかと言えばヒーステン伯爵軍の方が今そんな感じなんだろうけど……」


 滅亡寸前という意味ならそうである。

 不意に耳元のイヤホンからロナの真剣な声が聞こえてきた。


『であれば私たちも気を抜けませんね』

「ん?」

『追い詰められられた人類がどれほど手強いかは、他ならぬ我々が最もよく知っています』

「それは……」


 250年前の人機大戦でどちらが勝ったかは明白である。

 恐ろしい強さを誇るマザー軍に打ち勝ったのは、限りなく追い詰められた人類軍だ。


『シド、油断してはいけませんよ。滅亡に抗おうとする人間(ヒューマン)AI(チルドレン)をも打破しうるのですから』


 ロナの言葉に、シドの歩みが一瞬だけ止まる。

 向こうの方からは、新たに到着したどこかの貴族軍の兵士がアイハムに敬礼をする声が聞こえてきた。

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