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第78話 「ミリタリーショップ レッドロビン」にて 後編

 結局、深く吟味することなく最初に目に入った「オルガ・モデル4」を購入したシドだが、問題はまともに撃てるかである。


「買っといてなんだけど、俺に撃てるのかな?」


 ちょっとばかし値の張る買い物だ。腐らせるには惜しい。

 そして、いくら使える武器であっても、当たらなければ意味がないのだ。


大丈夫(ダイジョーブ)っスよ。ゲームなら何度も撃ってるじゃないっスか」

「そりゃそうだけどさ……」


 軽い感じで言うノアに、シドは渋い顔を返す。

 VRゲームでプロ級の腕前を持っていても、現実の戦争ではまるで勝手が違うのは彼が一番よく知っている。

 規格外の戦闘AIであるロナがいたからこそ今まで生き残ってこれた訳で、本来のシドの実力では初日で死んでいたのだ。


「ゲームと同じようにいかないのはノアだってわかるだろ?」

「えーっ? 慣れれば一緒っスよ。狙う、撃つ、当たる、相手は死ぬ。はい終わり。HPがない分、現実の方が楽っス。難しく考えないで、当てられるようになるまで練習すればいいんスよ」

「…………」


 身も蓋もなく聞こえるが、それが正論なのであろう。要は何事も努力あるのみである。


「……わかったよ。頑張る」

「はい、頑張ってくださいっス」


 ノアは無邪気にニコニコ笑ってこちらを励ます。


(……純粋に応援してるんだよな。俺が自分の身を守れるようになるのと……人を撃ち殺せるようになるのを……)


 さすがは若くしてCランクの傭兵になった少女。死生観とか良識とかがどこか一般とズレている。

 成り行きとはいえシドが身を置くのはそういう世界だ。彼はこの銃の一件で、改めてそれを実感した。


「あっ、でも――」


 何かを思い出したようにノアがポンと手を叩いた。


「ゲームが上手な先生にピッタリなパワードスーツがあるのを思い出しました」

「俺にピッタリ?」


 聞き返すシドに、ノアは得意げな表情で「はい」と頷いた。


「VRゲームとかの操作と同じように、手足を脳波コントロールで動かせるタイプのスーツがあるんスよ。まずはそれで練習してみるのもいいんじゃないっスか? 操作は難しいらしいっスけど、先生ならすぐに慣れると思いますよ」


 脳波コントロールと一口で言っても、手足を動かす難易度は仮想空間か現実世界かで大きく変わる。意識をゲーム内に没入させての操作は簡単だが、現実の肉体とリンクした操作は慣れてないと難しいのだ。

 仮想空間であれば仮初の身体を動かすので本人の負担は無いに等しい。コントローラーで画面の中のキャラクターをどんなに動かしてもプレイヤーは疲れないのと同じだ。

 だが、ノアの言ったパワードスーツの場合、動かすのはスーツだが、そこには実際の肉体という中身がある。言わばマリオネット人形の人形使いとパペットを同時にやるようなもの。訓練なしではできない操作だ。

 ましてや戦闘中となると咄嗟の事態に思考が乱れて動作不良を起こす危険があるので、パワードスーツを脳波コントロールで使う者は少ない。

 だが、軍人や傭兵の中には戦闘での後遺症で身体的なハンデを持つ者も少なくはなく、そのような場合にはこの脳波コントロール式のパワードスーツが選ばれるのである。


「それならまあ……?」


 シドとしてもゲームと近い感覚でエイムとかができるならそちらの方がありがたい。

 今日すぐに買う気はないが、一つの候補として検討してみることにした。


『……パワードスーツですか。それでしたら……』


 そんなシドの右手首にいるロナは、


(システムをハックして私がシドの身体を動かしてあげるのもアリなのかもしれませんね)


 などと人知れず考えていたりする。

 あらゆる戦闘データの集大成である彼女の中には、当然歩兵としての知識もある。

 動かせる肉体さえあれば火兵戦から白兵戦までなんでもできるだろう。その点パワードスーツなんかはまさに最適のツールだ。

 中身シドの技量に関係なく、優秀な働きができるはずである。

 まあ、その場合シドは、超一流の人形使いに、見てて哀れなほど過酷な踊りを踊らされるパペットなるが、それは合掌するしかない。

 せめて身体を壊さないよう、今のうちに柔軟体操をしておいた方がいいだろう。


 ◇◇◇


 それから二人でひと通り他のフロアを巡ったシドとノア。

 そろそろ帰ろうかと一階に降りると、そこで見知った顔とばったり出くわした。


「おっ、ノアとシドじゃないか! 奇遇だね!」

「あっ、お京さん! どうも」


 そこにいたのはシドたちと同じ白馬ギルドのCランク輜重兵(トランスポーター)キョウコ・ストレイトだ。

 彼女はエレベーターから降りてきたシドとノアを見つけると、カラッとした笑顔で挨拶をしてきた。

 上下ともにデニム素材のジャケットとパンツといったアメカジ風のファッションが、スラリと長い足によく似合っていて、颯爽としたカッコ良さだ。


「お京(ねえ)さん久しぶりっス!」

「おうっ、ノア。そんな可愛い格好して、シドとお買い物デートかい? やるじゃないか」


 キョウコは、オシャレしているノアの格好を見るとニンマリといやらしい笑みを浮かべる。

 他人の色恋話が大好物な彼女だ。ノアのシドに対する気持ちも知っているので、楽しくて仕方なさそうだ。今にも口笛をヒューヒュー吹いて囃し立ててきそうである。

 放っておくと誤解が加速しそうなので、シドはすぐさま否定しようとしたが、


「いえ、デートでは……」

「ああん? デートだろうが。違うか?」


 キョウコの鋭い目がギロリとシドを睨む。「違うと言ったら許さねえ」という圧が込められた、思わず背筋が震えてしまうような強い眼差しだ。


「……はい、デートです」

「だろ?」


 彼女の圧に屈したシドは、目線を逸らしてデートだと答える。

 それを聞いてキョウコも満足そうだ。


「よかったねぇ、ノア」

「はいっス! 姐さんありがとうございます!」


 ノアも嬉しそうだ。どさくさでシレッとシドの腕に手を回し、デートですと主張している。


「おやおや腕まで組んじゃってさ。やっぱアンタは隅におけない男だね」

「……恐縮です、お京さん」


 ニマニマ笑っているキョウコとは対照的にシドの表情は硬い。

 可愛い女の子に腕組みをされている状態だが、恋愛的なドキドキよりも、前方と右手首にいる女性から感じるプレッシャーのドキドキの方が強すぎてそれどころではないのだ。

 ノアとキョウコの預かり知らぬことだが、ここにはあと一名、とんでもない女傑が潜んでいるのである。

 このままであれば遠からずシドはストレスでひっくり返るだろう。

 精神の限界が来る前に話題を変えるべく、シドはキョウコへと話しかけた。


「そ、そういえばお京さんはどうしてここに? 買い物ですか?」

「ん? アタイかい? そりゃまあ買い物さ。例の作戦にはアタイら〈恋娘彗星(ココ・コメット)〉も輸送部隊として参加するからね。色々と買い付けに来たんだよ」


 例の作戦とはシドも参加するヒーステン伯爵討伐戦のことである。キョウコらのクランも後方支援部隊として参戦するようだ。


「あっ、そうなんですね。お世話になります」

「……正直ギュンター王子の件はブチ切れてるけど、仕事は仕事、キッチリやるさ。それにいくら王子に腹が立っても、前線で命張ってるアンタたちには関係ない話だしね」


 そう言ってキョウコは面白くなさそうな表情で首の後ろをポリポリと掻く。

 やはりギュンター王子がやったことがやったことなので、ヒーステン伯爵家と戦うのに葛藤を覚えているらしい。

 だがプロとして仕事を全うするのだという。

 傭兵の間だけでなく、軍の中にもこういう考えの者は珍しくないようだ。


「まっ、必要なもんはバッチリ運んでやるから安心しな。そうだ! なんだったらウチの船を一隻チャーターするかい? シド専用にミサイルとか燃料を満載にして運んでやるよ?」

「いや〜、そんなにあっても……」


 そこまで言いかけたところでシドの言葉が止まる。

 自分のパートナーは毎度毎度、有ったら有るだけの弾を使い果たしていることを思い出したのだ。


「あー……使うかもですけど……」

「だろう?」


 確かに助かるかもしれないが、つまりそれは実質体力無限のロナと一緒に戦場を飛び続ける羽目になるということだ。


「すいません、それはまた今度にします」

「そうかい? 気が変わったらいつでも言いな。同ギルドのよしみで安くしとくよ」

「ありがとうございます。じゃあ、お京さんの仕事もあるでしょうし、俺たちはこれで。ノア、行こうぜ」

「そうっスね。姐さん、失礼するっス」

「おう、また今度な」


 シドは自分の身の安全のためにキョウコの提案を丁重にお断りし、ノアと店を出る。

 そしてこの後、なんとか送り狼を目論むノアと別々に帰ることに成功し、無事に貞操を守り切ったのであった。

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