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第77話 「ミリタリーショップ レッドロビン」にて 前編

 パラディアスらが作戦会議を開いている頃、シドはヒーステン伯爵討伐作戦の出発準備を進めていた。

 と言ってもそんな大層な準備ではなく、長期遠征に備えた食料等の買い出しである。

 今回は大規模な作戦であるので王国ギルド本部からも後方支援部隊が派遣されているが、万が一の事態を考えて自分でも最低限の準備は必要なのだ。

 帽子を目深に被り、伊達メガネをかけて白馬コロニーの商業区画を歩いている彼だが、その隣りにはなぜか同ギルドのCランク工作員(エージェント)であるノアの姿があった。

 当然だが、シドと違い、こちらは変装も何もしていない可愛らしいよそ行きの格好だ。明るい色のワンピースを着て、上機嫌である。


「こっちっスよ、先生!」


 弾んだ声のノアは、シドの左手首を掴み、先導するように前を歩いている。

 身長の低い彼女に手を引かれてシドはやや前のめりになっている形だ。

 彼女の足取りは軽く、グイグイと進んで行くのでついて行くのも大変である。


「けっこう奥まった場所にあるんだな」

「自分らみたいな本職の人間が行くミリタリーショップっスからね〜。――あっ、ここっスよ」


 ノアの案内で連れてこられたのは、メインストリートから2本くらい入った通りにある、こぢんまりとしたテナントビルだ。看板には「ミリタリーショップ レッドロビン」とゴシック体で書いてある。

 先日ノアから装備品を整えるのに便利な店を紹介するから一緒に行こうという連絡があり、ちょうど何処で買えばいいか悩んでいたシドにとっては渡りに船な提案だったので、こうして二人(+ロナ)で出かけることにしたのである。……まるでデートのようなお誘いにロナは不満そうだったが。


「へぇ〜、意外と大きい店だな」

「色々と置いてあるっスから」


 見ればビル全体が一つの店舗で、上のフロアには銃火器も売っているようである。

 だがシドの目的の保存食などは一階にあるので用はなさそうだ。

 中に入れば明るい店内にズラリとその手の商品が並んでいる。どこを見てもミリタリーで一色なので、可愛いらしい服装のノアは思いっきり浮いているが、本人は気にしていなさそうだ。

 二人に気づいた店員のおばちゃんが声をかけてくる。


「いらっしゃい。……おや、ノアちゃんじゃないか。おめかししてるから一瞬だれかわからなかったよ」

「こんにちはっス」


 ノアはこの店に通い慣れていると言っていたので、店員とも顔見知りのようだ。気さくに挨拶を返している。

 店員の女性はシドの方に目を向け、首を傾げながら聞いてきた。


「男連れかい? オシャレしてデートならもっと色気のある場所に行きなよ」

「えぇ〜そう見えるっスか〜?」


 まんざらそうでもなさそうにはにかむノア。

 それに危機感を覚えたシドは急いで否定することにする。右手首のロナから不穏な気配を感じたのだ。


「いえいえ、デートではなく、レンダさんは私の買い物についてきてくれただけです。装備を整えるのにこのお店がいいと教えていただきまして」

「あら……そうなのかい?」


 おばちゃんからは「なんだいこの朴念仁は」と言いたげなジトっとした視線を感じたが、シドは営業スマイルを顔に貼り付けて押し通す。


「先生はいけずっス……」


 隣りからは不貞腐れた声が聞こえてきたが、それもスルーだ。身の危険には変えられないのである。

 

「……まあいいさ。装備ってことはアンタもノアちゃんと同じ傭兵かい? ランクは?」

「ええと……」

「見た方が早いっスよ、ほらっ」


 正直に自己紹介すべきかと言い淀んでいたが、ノアは鮮やかな手際でシドの帽子とメガネを奪って正体を晒した。変なところで工作員らしさを出すノアである。


「おやっ、これは驚いた! シド・ワークスじゃないか! 《白馬の英雄》様に来てもらえるとは光栄だよ」

「ははは……恐縮です」


 やっぱりと言うべきか、おばちゃん店員はシドの顔を知っていた。

 別に下げる必要はないが、小市民気質のあるシドは自然とペコペコ頭を下げてしまう。


「てことは例の決戦の準備か。必要なのは携帯食料かい?」

「はい」

「あっ、先生は専門店に来るの初めてらしいんで、せっかくだから一通り見繕ってほしいっス」

「わかったよ。ちょっと待ってなシド先生」


 そう言うとおばちゃん店員は買い物カゴを手に取り、店内を回ってヒョイヒョイと素早く商品を集め始めた。

 シドの顔を見て用件がヒーステン伯爵領への遠征だとすぐに察したりと、すごく話が早い店員である。


「おばちゃんはベテランっスから任せて大丈夫っスよ」

「助かるな。……でも先生呼びか」

「いいじゃないっスか」


 ノアの口調が移ったのか、おばちゃん店員にまで“先生”と呼ばれてしまったシドであった。


 ◇◇◇


「先生、上の階も見ていきますか? ここは置いてある拳銃の種類も豊富っスよ」


 目的の品を購入したシドはさっさと店を出ようとしたが、ノアがそれにストップをかけ、上階も見て行こうと誘ってきた。


「あー……拳銃かぁ……」

「確か持ってなかったっスよね? なら見るだけ見ていきましょうよ」


 射撃の腕に自信がない……というかリアルでは一回も撃ったことのないシドは拳銃と聞いても乗り気にはなれない。

 扱える自信がないのもあるが、単純に武器を持つのが怖いのである。


『寄ってはいかがですか? いざという時の備えは大事ですよ』


 耳元のイヤホンからはロナの声が聞こえてくる。彼女もシドが武器を持つのには賛成のようだ。

 気の早いノアはもうシドの手を引っ張っている。


「……じゃあ見るか」


 ロナの意見と、ノアにエレベーターの方まで強引に引っ張られたこともあり、シドは諦めて銃を見ることにした。


「4階っスね」


 常連のノアは慣れた様子でボタンを押す。

 他に乗る人もいなかったので、エレベーターはすぐに目的の階に到着した。

 ドアが開いてシドの目に飛び込んできたのは、所狭しと各メーカーの銃火器が並べられている光景である。

 シドの口から思わず「おおぅ」と声が漏れた。

 

「火薬式拳銃とかブラスター銃とか、なんならショットガンもありますけど、お好みとかあります?」

「好みって言われてもなぁ……そもそも俺は本物を撃ったことないし」

「練習すればいいんスよ。自分がコーチします」


 ノアはシドと肩が触れそうなほど近い距離で一緒に商品を見ている。

 さらには後日また共に出かける約束まで取り付けようとしていた。

 ライバルがいることを知っているからか、中々に積極的である。

 なんなら今日はこの後、何かしらの理由をつけて再度シドの部屋に上がり込むことを計画しているくらいである。


「うーん……やっぱ練習しといた方がいいのかな? ――あっ、これは見たことある」

「ゲームによく出てくるっスからね。型は古いけど、扱いやすい銃っスよ」


 シドが指差したのは20年前に開発された「オルガ・モデル4」という名前のブラスター銃だ。プラズマ光弾という小さな弾を撃つタイプで、もちろん民間人の所持は禁止されているが、傭兵のシドは届け出をすれば持つことができる。

 飾り気のないメタリックシルバーの銃身で、大型というわけでもなく、男の手には持ちやすいサイズである。

 なお、軍用ではなく、主に警察で採用されていた銃だ。


「これなら入門編にちょうどいいかもっスね。どうします?」


 値札を見ると8万スレイとあるが、今のシドならポンと出せる額だ。

 持つのは怖いが、仕事中は危険なので、いい機会だからという気持ちもあり、少し悩んでしまう。


「あっ、でもお店としては先生にはもっと高いの買ってほしいんっスかね?」

「ん? どうしてだ?」

「ほらっ、アレっス」


 シドが腕を組んで真剣に悩んでいると、ノアが突然そんなことを言ってきた。

 彼女の指差す方に目を向けると、


「『Sランク陸戦兵(レンジャー)クラウディア・リナ・エスパーダ女準男爵様御愛用モデル』……なるほどな」


 クラウディアの姿をした等身大のパネルと、その脇には一丁だけでガラスケースに入った銃があった。

 値段を確認すると32万スレイとある。


「そのうち隣りに先生の買った銃も並ぶかもっスね」

「……勘弁してくれ」


 クラウディアならともかく、素人同然の自分がどのツラ下げて隣りに並べばいいというのだ。

 そう思い、シドはがっくりと肩を落とすのであった。

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