第76話 王国軍作戦会議
戦艦「ラ・フィーユ・ビアンコ」を含むソリスティア王国第四王子パラディアスの私設艦隊は、現在イルハンブラ子爵領本星の宇宙港にある軍用ドックに停泊していた。
パラディアス王子率いる王国軍とヒーステン伯爵軍の戦況は一時的にある種の膠着状態にある。
ヒーステン伯爵軍は侵攻した近隣貴族領どころか、自領内の主要惑星やコロニーからも最低限の防衛部隊を残して後退。伯爵領本星である「メイヌース」周辺に集結し、正々堂々小細工無しの布陣で王国軍を待ち構える体勢を見せている。
対する王国軍はこれに応じ、真っ向からぶつかって決着をつける方針だ。
そしてそのための戦力はまもなく集結する予定である。
「殿下、先程軍参謀本部より連絡があり、再編成が完了した王国軍艦隊の到着は5日後になるとのことです」
ラ・フィーユ・ビアンコ艦内にある作戦会議室にて、艦長であるグレン・ピアーズ大佐が王国軍本部より届いた報告を読み上げている。
ハキハキした芯のある声、実直な彼の性格をそのまま表したかのような喋りだ。
これを聴くのは、楕円形のリング状のテーブルを囲むように座る面々である。
その最上位席にはパラディアス王子の姿もあった。
「また、召集した各地の貴族軍並びに傭兵部隊は遅くとも6日後には全部隊の到着が完了する見込みとなっております」
グレンは手元のマーズフォン端末を操作し、各出席者の前に資料を投影させる。
今回のヒーステン伯爵討伐戦に参加する各貴族の名前と、それぞれの戦力を表にしたものだ。見れば、領地の大小に関係なく、かなり供出戦力に差がある。
「ご覧の通り、世論の反発もあり各貴族軍の派遣戦力にはばらつきが出ており、有り体に申しますと、いわゆる第三王子派閥は最大限、それ以外は最小限と二極化しております」
「だろうな」
パラディアス王子はさもありなんと頷く。
因みに彼は派閥貴族を抱えていない。強いて言えば自前の私設艦隊が第四王子派閥だろう。
「愚兄のやらかした事を知れば、心情的にはヒーステン伯の肩を持ちたくもなろう。余も、許されるのであれば真っ先にアレを成敗して伯爵に詫びを入れに行ったさ」
「殿下、それは……」
実の兄に対して不穏な発言をするパラディアスを諌めようとするグレン大佐。だが、当のパラディアスはそれを手で制した。
「グレン、みなまで言うな。今はまだそれができないのは余も承知している。全ては長兄殿が次代の王となってからだ」
「……はっ、差し出口をいたしました」
「よい、気にするな」
パラディアスは軽く手を振る仕草をし、グレンに続きを報告するようにと目線で促した。
「――続けます。先程も述べました通り、民衆の反発がありますので、各貴族家にはさらなる増援は要請いたしません。これにより不足する戦力につきましては、王国傭兵ギルドに依頼し、戦力を派遣してもらうことで補っております」
グレンが端末を操作することで資料が変わる。
今度は傭兵部隊の総数と、主だった人物の名前が記載されている表だ。その名簿の上から3番目にはシド・ワークスの名前もあった。
パラディアス以下、出席者全員がそれにざっと目を通す。
「一時は他国の傭兵ギルドにも依頼することを検討しましたが、参謀のコウメイ殿と協議し、必要十分な人数を雇用できたと判断しましたので、それは中止しました」
グレンの言葉を補足するべく、軍師コウメイが席を立った。手には相変わらず愛用の白羽扇を持っている。
「今回、Sランクの《剣姫》エスパーダ卿のお名前も名簿にありますが、卿ご本人の要望により、直接伯爵軍と戦わず、帝国との国境の警備を担当していただくことになりました。ですが同じくSランク級の実力者であり、一個艦隊に匹敵する戦力であるシド・ワークス殿の雇用に成功しましたので、十分だと判断しました」
コウメイの頭の中では既にこの決戦の結末までの絵図が何十何百パターンと描かれている。
ヒーステン伯爵が叛乱を起こさなければ埋もれたままであったであろう「シド・ワークス」という不世出の天才を確保した以上、そのどれに於いても他国の傭兵の雇用は不要だと判断し、この決断をしたのだ。
確認するようにコウメイがパラディアスに目を向けると、彼は了解したと首を縦に振った。
「よい、彼の手並みは余も知っている。そなたのよきにはからえ」
「はっ!」
恭しく頭を垂れるコウメイ。
パラディアスは再度名簿に目を向けた。その目は、2番目に名前があるクラウディアのさらに上に向いている。
「ふむ……《夜霧》殿は伯爵領に潜入中。引き続き情報収集に動いてもらうとして、《星座落とし》のご尊老はやはり不参加か……。どうなのだ、ケイよ?」
パラディアスが問いかけたのは、末席にちょこんと座る小柄な女性である。
ケイと呼ばれたその若い女性は、名前を呼ばれたことで席を立つ。
年齢は18歳だが、立ち上がっても身長が低く、スラリとした体型に黒髪にショートボブという髪型もあって子供のようにも見えた。
やや眠たそうな目つきが特徴的だが、所作は整っていて、良いところのお嬢様のような印象を受ける。
特注サイズの小さい軍服が、まるで子供が大人の真似をして着ているようで微笑ましい。
彼女は純心そうな見た目通り、大人しめな声で、
「申し訳ございません、殿下。祖父は腰痛が酷いらしく、本人からも『ご下命に応じ、馳せ参じたいのは山々ですが、どうしても参戦できない』と伝えてほしいと――」
「と?」
「コタツで野球を観ながら言っておりました」
と、表情一つ変えずにとんでもない内容をぶっちゃけた。
彼女はSランク傭兵《星座落とし》の孫娘のようだが、事実上、彼が王子からの命令を突っぱねたことの暴露である。
本来なら不敬であるとして処罰の対象になるのだろうが、パラディアスは呵呵大笑してこれを認めた。
「ハッハッハ、そうかそうか! ならば仕方ないな」
「重ね重ね祖父が申し訳ございません。よろしければ無理矢理引っ張ってきますが?」
「よいよい。無理に連れ来ても、かの御仁の性格ならば一射たりとも標的に当てないであろうよ。高名な《星座落とし》に、腕が鈍ったという誤解を受けさせるのは心苦しい。ゆるりと野球観戦を楽しんでもらえ」
この会話に頭を抱えているのがグレンである。真面目な彼にはついていけないのであろう。
ケイがペコリと頭を下げて着席したのを見計らい、頭痛を堪えるような表情で話を先に進めた。
「こほん、友軍の編成については以上となります。各部隊の配置図は別資料をご参照ください。続いて行軍ルートに関してですが、これは伯爵領内の惑星およびコロニーの全てを素通りし、一直線に本星であるメイヌースを目指すルートを計画しております」
道々の敵拠点を占領していかないのは、伯爵軍側がそれらに脅威となるほどの戦力を残していないのもあるが、国民感情に配慮する意味もある。
万が一でも第三王子派閥の貴族軍がそこで掠奪でもしようものなら、王家の威信は地に落ちる。ならば最初から寄らない方が得だという判断だ。
これに関してはコウメイ以下、参謀たちの意見は一致していた。
「では、ここまでで何か質問がありますか?」
出席者を見回してそう尋ねたグレンだが、真っ先に挙がった手を見て渋面を一層深くした。
「はいはーい! 大将に質問でぇーす!」
主張激しく挙手してパラディアスに向かって言ったのは機動ロボ乗りのアイビス・ドーン大尉だ。
パラディアスが「なんだ?」と聞き返すと、周りがギョッとするような質問を無遠慮に投げかけた。
「ギュンター王子って今どこで何してんスかぁ?」
「ドーン大尉!」
明らかに問題のある質問だ。
すかさずグレンが叱責しようとするが、パラディアスはまたもや彼を手で制した。
「よい、答えよう。皆が抱いて当然の疑問だ」
「はあ……殿下がそうおっしゃるのであれば……」
パラディアスがそう言うのであればとグレンは引き下がる。
自分で尋ねておいてちょっと驚いた様子なのはアイビスだ。
「えっ、ダメ元で聞いたんですけど、答えてくれるんスか!? アザーっす」
アイビスはイスにだらしなく座り、敬意も何もない態度で礼を口にするが、ギロリとグレンに睨まれたので「ありゃりゃ」とふざけた笑いを浮かべて座り直した。
これにはパラディアスも苦笑を浮かべていた。
「愚兄は音信不通だ。居場所についてはサッパリわからん。だが、おおかた派閥の貴族家にでも匿われているのだろうよ」
ギュンター王子はスキャンダルが明らかになったその日から姿をくらましている。
声明も発表しておらず、弟や家族ですら居場所をしらない完全な雲隠れだ。
それを聞いたアイビスは呆れ顔になった。
「どーりで顔を見ないわけだ。16のガキンチョに薬盛ってムリヤリ嫁にしようってセコイ悪党だと思ったら、やっぱり肝っ玉もちっちぇえな」
「ドーン大尉、少しは言い方を考えろ……。仮にも王子だぞ……」
そう、それがギュンター王子がやった事だ。
クーデターを目論んでいるギュンターは武力と軍資金を求めてヒーステン伯爵家に目をつけた。
そして最も手っ取り早い手段として伯爵家の入り婿になることを考えたのだ。
だがギュンターの怪しい動きは薄々察知されている。素直に婚姻を申し込もうとしても、帝国との国境を支える伯爵家への婿入りは、子供にどこまでも甘い国王はともかく、王太子や周りの重臣が絶対に阻もうとするだろう。
なのでギュンターが取った手段は、伯爵令嬢であるマリーアをチャリティー関係を名目に呼び出し、食事にとある薬を混ぜて既成事実を無理矢理にでも作るという卑劣なものであった。
マリーアは薬を盛られてしまったが、護衛として彼女に同行していた伯爵家の騎士がギュンターの態度を不審に思い救助に入り、幸い大事には至らなかった。
既成事実を用いて伯爵家を脅し、ゆくゆくは次期ヒーステン伯の座を狙っていたギュンターは計画失敗で手を引くことになるが、娘を狙われたヒーステン伯爵が激怒して始まったのが今回の叛乱劇である。
なお、ギュンターはパラディアスの2歳上のアラサーであり、マリーアは未成年である16歳だ。それだけでも犯罪的である。
「強引なのは嫌いじゃねえけどよ、クスリはいただけねえぜ。やっぱ男ならテメェの魅力で口説いてほしいわな。おチビはどう思う?」
アイビスが話を振ったおチビとはケイのことだ。
「ドーン大尉、私語は慎みましょう。ですが一つだけ言わせてもらえば、私も強引なのは嫌いではありません。もちろんお薬は御免被りますが」
「はっはっは、気が合うじゃねえか」
大笑いするアイビスに周りの出席者は諦め顔だ。
パラディアスは「やれやれ」とキザな仕草で肩をすくめると、
「乙女の秘密は胸の内に秘めておくもので、大っぴらに話すものではないぞ」
「へーい、大将」
アイビスがそう言って口を閉じたのでこの話は終わりだ。
「なお、ついでだから話すが国王陛下は愚兄のやらかしをヒーステン伯の流したデマだと信じきっている。私に『傷ついた兄の代わりに卑怯な叛逆者を誅伐してやってくれ』と仰せだ」
パラディアスは心底呆れた様子でこう言った。
子煩悩なのは周知の事実だが、ここまでくると酷いものだ。
言う必要のないことを「ついでだから」と口にしたということは、パラディアスも相当腹に据えかねているのだろう。
暗君という言葉が全員の頭をよぎったが、さすがのアイビスもこの言葉だけは口にしなかった。




