第75話 Bランクになって
「うーん……」
『さっきからギルドバッジを見て何を唸っているのですか? それがどうかしましたか?』
「いや……本当にBランクになっちまったんだなぁ……と思ってな。あっ、でもこの称号はロナが手に入れたようなものか」
『違います。パートナーでしょ、私たちは? でしたら一緒に獲得したものです』
さも自分は無関係かのような態度でいるシドを、ロナは少し拗ねた口調で訂正する。
シドは空いている方の手で首の後ろを掻きながら「そうだな」とバツが悪そうに呟いた。
自身の先程の発言は、得られた栄誉だけでなく、したことの責任をも全て彼女だけにおっ被せるようなものだったと気がついたのだ。
「パートナー……だな、俺たちは」
『はい』
彼が自室のベッドに仰向けに寝転びながら指で摘んで眺めているのは、昨日ギルドから渡されたBランク傭兵の証である銀色のギルドバッジだ。
惑星ミュコー解放作戦を成功させたことでシドはFランクを卒業し、一足飛びで白馬ギルド二人目のBランクへと昇格した。
Bランクは世間からは一流の傭兵と認識される。
(シドは例外だが)業界での知名度も上がり、一角の実力者と認められ、メディアからの取材依頼がぼちぼち来る頃合いだ。
反AI思想から、機械的なものや画一的なものがあまり好まれていないこの時代では、飛び出た活躍をする個人は羨望の的だ。
そもそも戦闘従事者と聞くと粗暴で血生臭いイメージがあるが、宇宙海賊や敵国の脅威が身近な宇宙時代においては、それらから市民の安寧を守る仕事をしている軍人や傭兵の人気は「子どもの将来なりたい職業ランキング」の上位に常に入るくらいに高い。
当然そこで活躍している者の人気も凄く、テレビや雑誌に取り上げられるのみならず、場合によってはグッズすら作られる時もあるほどだ。
シドが最初に気軽な考えで傭兵ギルドに入ったのも、人殺し集団である前に、この「善」のイメージがあったからである。
『感慨深いですか?』
所有するメタモルシェルをフルに使った幼女形態のロナが揶揄うように問いかける。
彼女は床にビニールシートを広げて工作作業中だ。いつも使用しているバングル型PCを分解し、内部パーツを取り替えて性能をアップさせているようである。
だからか服装もエンジニアが着ているようなカーキ色のツナギに変形させている。さらには手には軍手、頭には帽子をも被っているという芸の細かさだ。
「まさか。コロニー防衛戦のあの日からあれよあれよという間にだぜ。思い耽るほどの時は過ぎてねえよ。……密度は濃かったけどな」
『そうですね。……いえ、長々とGランクだのFランクだので足踏みさせられたことを考えれば、むしろスローペースかもしれません』
「いや、十分早いだろ……これからさらにSランクって話だぜ……」
シドの昇格スピードは、貴族によるゴリ押しでのランクアップが禁止されるようになってからだと最速ペースだという。
元軍人などといった前歴の無い、完全な素人スタートであることを加味すれば一番だそうだ。
実質Sランクにも内定している状態なので、正式にそれが認定された暁にはギネスに最速記録で申請するとマッテオギルド長が息巻いていたりする。
『またお祝いになりますね』
「毎度毎度よくまあ騒ぐよな。二次会だとか三次会だとか勘弁してほしいよ。主役だからって連れ回されるし。……帰ってきたの何時だっけ?」
『この部屋に着いたのが午前1時すぎでした』
シドは手に持っていたギルドバッジをベッドサイドのテーブルの上に置き、「よっ」と声を発して上体を起こした。
昨晩はミュコー解放作戦に参加したメンバーと、打ち上げとシドのランクアップ祝いを兼ねた飲み会をしていたのだ。
「みんな騒いでたなー。何機落としたとか、どこで死にかけたとか。ワンダさんの、スペースデブリをタッドポールと見間違えてガチのマニューバからミサイルを撃ち込んだ話は笑ったよな」
『ええ、確かに滑稽でした。あと他に面白かったのは彼の滅入りっぷりですね。お通夜とはああいう感じなのでしょう?』
「あー……」
傭兵クラン〈フォックス・ファイヤー〉のケネスが音頭をとって開催し、大変盛り上がった会になったのだが、実はその中に一人しょげかえっていたメンバーがいたのだ。
「ジュリウスさんスゲー落ち込んでたな……。やらかしている間の記憶が全部残っているとか気の毒に……」
飲み会にはモヒカンを下ろしたジュリウスも参加していたのだが、その落ち込み様は酷いものだった。
シドには何度も「失礼しました」と頭を下げ、他のメンバー全員にも謝罪をしていた。
もっとも、誰も彼に腹を立てていないので、そこまで謝る必要はないのだが、彼は申し訳なくてたまらなかったそうだ。
『そう言えば人間はアルコールを大量に摂取すると翌朝体調を悪くすると聞きましたが、シドは平気そうですね』
「なんでか割と強いんだよ。たぶん父方の祖父に似たんだと思うけど」
『そうなんですか?』
「おう、ザルだぞ。逆に親父はめっちゃ弱いんだよ。ジョッキ一杯でアウトらしい。そこは似なくて良かったと思ってる」
『へえ』
相槌を打ちながらロナは凄まじいスピードで部品を組み立て終え、今度はズボンのポケットにあたる部分からケーブルを伸ばしてPCに接続した。内部のプログラムも弄くるらしい。
シドはそれをぼんやりと眺めながら話題を変える。
「そういやさ、いつも使っているクレジットカード会社からブラックカードのインビテーション(招待)が来たんだけど……」
『Bランクになったからですかね? 使う額も多いですし、申し込んだらどうですか?』
ロナはカードを変えるのに賛成らしい。
確かに傭兵を始めてからというもの、シドの銀行口座の動きは激しい。
エールダイヤの必要経費はどうしても高額になってしまうし、ロナもメタモルシェルの購入など高価な買い物をシドの名前でしている。
だが、出る額が増えた分、本業副業の両方の仕事で入ってくる報酬も桁違いとなった。
堅実で真面目な両親の影響か、シド本人に浪費癖が無いので生活にそこまで変化がないが、預貯金額は確実に増えているのである。
そこに王国傭兵ギルドBランクという地位も加わったので、クレジット会社の審査基準に達し、招待が届いたのであろう。
「じゃあそうするかー。……てか年会費高えな」
『それくらいいいじゃないですか。ネットで調べましたが、そのカードの優待特典に、王国首都星で行われる有名ゲームのタイトル大会観戦チケットの先行予約もありますよ』
「……それ、俺は観客じゃなくて選手として行きたいんだけど……」
シドはブスッとした顔でロナを軽く睨んだ。
部屋には鈴を転がすような笑い声が響くのであった。




