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第74話 ミュコーリュンクスと戯れながら

『か、可愛いっ! すごく可愛いですっ!』


 雲ひとつない青空の下、シドの耳元に装着したイヤホンからロナのはしゃぎ声が聞こえてくる。

 ここは惑星ミュコーにあるミュコーリュンクス会館内の「ふれあい広場」である。

 背の高いフェンスで囲われた芝生の広場に10数頭の人慣れしたミュコーリュンクスが自由に歩き回っており、実際に触ったり餌やりが体験できる施設である。

 ロナの黄色い悲鳴は、可愛い動物好きにはたまらないこの光景を目にしたからである。

 戦時下でもこの施設が通常営業をしていると知ったシドとロナは、作戦終了の翌日、開館時間直後にここに来たのだ。

 惑星近郊で戦闘があった昨日の今日なので市民も落ち着いておらず、他に客はいない。職員も今日は少ないようで、実質貸し切り状態である。

 シドの足元には、初めて見る客に興味津々のミュコーリュンクスが一匹。野生味を感じさせる凛々しくも愛らしい顔でこちらを見上げいる。

 陽光に照らされ金色に輝く、ヤマネコに似た姿のこの生物は、警戒心がやや強いとパンフレットに書いてあったが、この子はお仲間より肝が据わっているようだ。


『シド、シド、この子わたしたちを見上げてますよ! 撫でて欲しいのかもしれません! ほらっ、早くしゃがんであげてください!』 


 急かすように言ってくるロナ。

 彼女に瞳があったらハートマークになっていそうなデレデレっぷりだ。


「はいはい、わかったよ」


 シドは苦笑しながら腰を落とす。

 足元のミュコーリュンクスは――パンフレットの写真からおそらく「ツッピー」という名前の女の子だと思うが、逃げることなくその場でちょこんと行儀良く座り、無遠慮にシドの顔を見ている。

 シドがそーっと背中を撫でてもそのままだ。

 えらく人慣れした子である。


『撫でられても一切動じていません! シドが危害を加える気が無いのを察しているのでしょう。ツッピーちゃん……ですよね? 賢い子です!』

「ホント、堂々としてるな。――おっ、そうだロナも撫でたらどうだ?」

『えっ、私がですか!? で、では……』


 シドに促され、ロナは彼の右手首に嵌めたバングル型PCの裏からそろりそろりと紐状に変形させたメタモルシェルを伸ばす。これが彼女の腕代わりだ。

 周りには職員もおらず、他に客もいない。撫でたりするなら今が絶好のチャンスである。


『ツ、ツッピーちゃん、こんにちは〜』

 

 PCのスピーカーをオンにし、ロナがツッピーに恐る恐る話しかける。囁くような声量だが、内心の喜びを隠しきれていない声色だ。

 実は動物と触れ合ったり話しかけたりは初めてで、ちょっと緊張していたりする。

 ツッピーは突然聞こえてきた声に反応し、ピンっと尖ったお耳をピクリと動かしたが、目線は自身に近づいてくる謎の紐(ロナの手)に固定している。

 そしてツッピーは、紐があと数センチで額に触れそうだというところで右前脚を跳ね上げ、雷光の如き速さの猫パンチをそれに叩き込んだ。


「うおっ!?」


 驚くシド。

 ツッピーの攻撃は終わっていない。素早く前脚を振りかぶり、目にも止まらぬスピードで2度3度と連撃を打ち込み、ペペペンペンと小気味良さすら感じるリズムで叩いている。

 ツッピーの毛が逆立っている様子もないので、どうやらオモチャだと思って遊んでいるようだ。


『きゃあ、見てください! ペシペシしてますよ、ペシペシ!』


 叩かれているロナも嬉しそうだ。普段の冷静さはどこへやら、完全にツッピーにメロメロになっている。

 撫でるのはいったん中止し、遊び相手になるようだ。

 ロナは伸ばしたメタモルシェルを猫じゃらしへと変化させ、ツッピーパンチを回避し、彼女の目の前でフリフリと振っておちょくる動きをさせた。


『ふふふっ、一個艦隊を相手にして無傷だったこの私に当てるとは中々やりますね! いいでしょうツッピーちゃん、ここからは本気ですっ!』


 再び炸裂するツッピーの右パンチ。だが本気となったロナはそれをサッとかわす。

 ツッピーはめげずに何度かアタックするもそれも回避。ついには左も解禁するが、ロナはさらにスピードを上げてこれに対処した。

 宇宙最高峰の戦闘用AIとしての性能を、動物の遊び相手として遺憾なく発揮している。


『ふははは、まだまだですねツッピーちゃん! 1匹では難しいなら、お友達を呼んで来てもいいですよ? まとめて遊んであげましょう!』

「……あーあ、はしゃいじゃって。まっ、楽しそうでなによりだよ」


 ハイテンションで年頃の女の子のようにツッピーと遊ぶロナを、しゃがんだ姿勢を続けているシドは微笑ましく見守る。

 今日ここに来て良かったと心から思った。


 ◇◇◇


 それからしばらく遊んでいると、不意にロナがシドに話しかけてきた。

 スピーカーではなく、イヤホンを通してだ。いつの間にか伸ばしていたメタモルシェルも引っ込んでいる。


『シド、あなたにお客のようですよ』


 どうやら背後にある広場入口から人が来るらしい。


(お客? 誰だ?)


 と疑問が浮かんだが、いまやシドは有名人。誰が話しかけてきても不思議ではない。

 ロナの口調から敵ではなさそうだと判断し、腰を上げて何気ない動作で振り返ると、そこにいたのは、


「えっ!? クラウディア・リナ・エスパーダ……様?」

「休暇の邪魔をしてすまない。少しキミと話をしたいのだが……構わないか?」


 芝生の上にスラリと立っていたのは、昨日大活躍したSランク陸戦兵(レンジャー)クラウディア・リナ・エスパーダであった。

 予想だにしなかった大物の登場に、シドは思わず目を白黒させる。

 ロナが彼女の名前を告げなかったのも、この自然なリアクションを彼から引き出すためであろう。


「え、ええ、大丈夫ですが……」

「ありがとう」


 凛としているクラウディアとは対照的にシドはどこか及び腰だ。

 彼女とは同じ王国傭兵ギルドの仲間同士。

 怯える理由など無いはずだが、


(ヤベーな《剣姫》。オーラがハンパねえ)


 シドはクラウディアの姿をテレビで何度も目にしたことがあるが、直で見る本物は風格が違う。

 太陽の日差しに溶けて消えそうなほど可憐で美しいホワイトシルバーの髪。見つめられるだけで赤面してしまいそうになる精緻な美貌。

 着ているのは軍のロッカーから拝借してきたかのようなデザインの無地のシャツとズボンという色気の無いものだが、中身が別格なのでそのままファッション誌にも載れそうだ。

 そして何より、強者のオーラというものなのか、全身から圧倒的な存在感を感じる。テレビ越しでは伝わってこなかったものだ。

 ありていに言えば、シドはそれに当てられてビビっているのである。

 

「ふふっ、そう身構えないでくれ。何も取って食うつもりはないさ」

「はあ……」

「それに様付けも不要だ。キミの戦闘データを見せてもらったが、明らかに他とは別格。Sランク級の実力だ。ならばキミと私は同格だろう?」


 クラウディアはニコニコと友好的に話しかけてくる。

 どうやら事前にシドのことは調査済みのようだ。

 なお、彼女の足元にはツッピーがさっそく近づいていて、まじまじと見上げている。本当に動じない子である。


「ええと……ありがとうございます?」


 シドが素直に礼を言うと、なぜかクラウディアが軽く吹き出した。


「ははっ、面白いなキミは。この業界の実力者には癖が強い者が多いが、キミは……なんと言うかまるで一般人みたいに普通だ」


 そりゃあまあ一般人だからなとシドが思っていると、クラウディアが慌てて訂正してきた。


「ああいや、侮辱する気はない。“好感が持てる”という意味で言いたかったんだ。気に障ったのなら謝罪する」

「いえ、別にそんな……。気にしてないんで大丈夫です」

「なら良かった」


 クラウディアはホッとした様子を見せると、今度は恥ずかしそうに頬をかいた。

 クールなイメージがあったが、意外と表情豊かである。


「新しくSランク仲間ができると思って、我ながらはしゃいでしまっているな。――もし良かったら敬語も止めてくれ。同い年だろ、私たちは?」


 それはシドも知っている。同い年に凄い人がいるなあと同級生と話したこともあるのだ。


「ええと……」


 そんな大スターのクラウディアにいきなりタメ口で話せるかと言えば、そうはいかない。

 シドが言い淀んでいると、クラウディアが苦笑を浮かべた。


「いきなりは不躾だったな。すまない。……だがまあ、おいおいでいいから気さくに話してくれたら嬉しい」

「……はい、努力します」

「ああ、頼む」


 そう言ってクラウディアは嬉しそうに頷くのだった。


 ◇◇◇


 その後、シドはクラウディアからの提案で彼女と連絡先を交換する。軽く右手首が痛かったが、断るのも失礼なので我慢した。

 交換が終わると、クラウディアは地面に片膝をつき、優しい手つきでツッピーを撫で始めた。

 タコのある手だ。彼女の鍛錬の成果であろう。


「不謹慎だが、ミュコーに囚われている間は随分とのんびりできた。いい休暇になったよ」


 リラックスした表情でクラウディアは笑う。


「そうなんですか?」

「キミもSランクになればわかるが、世間からの注目度がグッと増えるぞ。特に王国傭兵ギルドだと、私しかメディアに出るSランクがいないからな。色々と大変なんだ」

「他のお二人は出ないんですか?」


 ソリスティア王国傭兵ギルドに所属するSランク傭兵は現在3名。

 クラウディア以外にも2名いるが、そういえばその人たちについては名前すら聞いたことがないのをシドは思い出す。

 王国のSランク傭兵と言えばクラウディアで、他は全く話題に上がっていないのだ。

 その訳はクラウディアが説明してくれた。


「《夜霧》さんは工作員(エージェント)、《星座落とし》の御老公は狙撃兵(スナイパー)でな、どちらも表に顔を出したがらないんだ。だからキミがSランクになってくれれば私も助かる。早く認定されて、広報の仕事を半分受け持ってくれ」

「ははは……」


 テレビ映えする美人のクラウディアの仕事が減るとは思えないが、それは言わぬが花であろう。

 シドのいるプロゲーマー業界でも、やはり美男美女の方が紙面が割かれる割合が大きかったりするのだ。


「……さて、名残惜しいが私はそろそろ戻るとするよ。今後についてギルド本部と話し合わなくてはいけない事があってな」


 そう言ってクラウディアはツッピーを撫でるのをやめ、スッと立ち上がった。

 素人目に見ても隙のない流れるような動作だ。彼女が武術の達人だという話は有名だが、こうも違うのかと驚くばかりである。


「話し合うことですか? もしかして……」

「ああ、お察しの通りだ。ギュンター王子の件は聞いただろう?」

「はい、朝からネットはその話題で大騒ぎになってます」


 日付が変わった頃から一斉に発信されたギュンター王子に関する大スキャンダル。それが今、王国どころか宇宙全体を騒がせている。

 以前アイハムの言った通りになった形だ。


「我々ヒーステン伯爵領の人間は既に知っていた情報だ。おそらくギルド本部も掴んでいただろうが、こちらからも報告をする必要がある。……それともう一つ」

「もう一つ……ですか?」

「我々は報酬を貰えば誰とでも戦う傭兵だが、ヒーステン伯爵軍とは長年協力関係にあった仲だ。肩を並べて帝国や海賊と戦ったことも一度や二度ではない。……諸々の事情を含め、可能ならば戦いたくない相手だ」


 そう話すクラウディアの表情は暗い。

 ギュンター王子のしでかした事件もあり、ヒーステン伯爵への同情心もあるのだろう。

 解放作戦の時も、地上ではギルド員が伯爵軍の兵士を殺さないよう戦っていたと聞いている。

 長くヒーステン伯爵領にいた彼女たちの戦意は著しく低いと見て間違いないだろう。


「我々ヒーステン伯爵領のギルド員は、本部に掛け合って後方支援か、帝国の侵攻に備えた国境警備部隊に回してもらうつもりだ」

「……それがいいと思います」


 Sランク傭兵であるクラウディアの要望なら本部も無碍にはしないはずである。

 クラウディアは小さく「すまんな」と溢したあと、何かを振り払うように2度3度と首を横に振り、元の微笑を浮かべた表情に戻った。


「では私はこれで失礼する。皆の武運を祈っているぞ。――それと、次に会った時は私のことは名前で呼んでくれ、()()


 彼女は最後に茶目っけを込めてそう言い、颯爽と帰って行く。

 その後ろ姿を見送っていると、シドの耳元のイヤホンが起動し、おどろおどろしい声が聞こえてきた。


『……随分と楽しそうでしたねえ、()()?』

「……そうでもないぞ?」


 美女と話しているシドの姿にやきもちを焼いたのであろうが、彼の返答は割と本心である。

 実際シドはクラウディアが見えなくなると疲れたようにため息を吐いている。

 だがロナは疑わしげだ。


『名前まで呼ばれてドキドキしてたくせに……心拍数だっていつもより上がっていましたよ』

「測ってんのかよ……まあ、それはいいけどさ」


 脈拍等を細かくチェックしているロナである。嘘や誤魔化しはすぐにバレる思い、シドは正直に答えた。


「美人過ぎて気後れしたんだよ」


 だが正直に言えばいいという話ではない。

 その答えがお気に召さなかったロナにより、シドの右手首はギュッと締まる。

 広場に響く悲鳴。

 すぐそばにいたツッピーは一目散に逃げ出していた。

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