第71話 《剣姫》クラウディア
『――双方、少し待ってほしい』
グリムとアンダーソンが今まさに戦艦「アイスキューブ」破壊作戦を開始しようとしていたその時、「威風」のブリッジに凛とした女性の声が響いた。
声の出どころは、グリムはギルドメンバーと情報を共有するために繋いでいたオンライン通話システムからだ。
アイスキューブ落下の件があまりにも慌ただしくて気がつかなかったが、いつの間にかそこに新しいメンバーがログインしており、女性はその一人だ。
「この声はっ!」
この声に聞き覚えのあるグリムが驚きの表情を浮かべると同時、正面の大モニターにパイロットスーツに身を包んだ息を呑むような美しさの女性が映った。
『グリム司令官、状況は把握している。初撃は私に任せてほしい』
彼女は自身の倍ほどの年齢であろうグリムに対し、憚ることなくキリリとした喋りで用件を告げる。
どこか高貴さを感じさせる顔立ちのその女性を一言で表すのならば、彼女の二つ名がまさにそうなのであろう。
誰もが羨むであろう透き通るような肌をしており、鼻筋が通っていて、目には強い意志の光がある。
髪は神秘的に輝くホワイトシルバーの長髪で、緑の瞳はライムのように鮮やか。対照的に色味の薄い唇はとても可憐である。
年齢はシドと同じく今年で22歳。
均整の取れたプロポーションをしていて、手足はスラリと長く、弛まぬ鍛錬により完成された細くしなやかで強靭な肉体は日本刀をも思わせる美しさだ。
ソリスティア王国の人間であれば一度ならず彼女の美貌をテレビで見たことがあるであろう。
音に聞こえたその名を、グリムは喜びと共に口にした。
「おおっ、ご無事でしたか、クラウディア・リナ・エスパーダ殿!」
そう、彼女は惑星ミュコーに囚われていた、《剣姫》こと、Sランク陸戦兵クラウディア・リナ・エスパーダその人である。
戦闘機のコクピット内と思わしき場所から通信を送っている彼女は、カメラへと真っ直ぐに視線を向け、こくりと力強く頷いた。
『格納庫を制圧し、私の機体を奪還することができた。これから、この機体で落ちてくる艦を四つ切りにする。そうすれば破壊もしやすいだろう』
「承知しました。よろしくお願いします」
グリムは敬礼をして返事をする。
なお余談だが、本来ならば平民であるグリムは、Sランク傭兵で貴族位を持つクラウディアに対してもっと敬った言葉遣いをしなければならない。名前も、かしこまるならば「エスパーダ卿」などと呼称せねばならないであろう。
だが、傭兵の社会は腕っぷしが全てで、その手の礼儀作法が苦手な(もしくは全く知らない)無骨者が多いため、そもそも正しい応対を期待するだけ無駄だ。
なのでSランクになった者も、同業者にはそこまで厳格な作法を求めないのが慣例となり、そこら辺がなあなあになっていたりするのである。
閑話休題
『ハオラン・リーとブリッツ・アルノーも宇宙に上がる。合わせてくれ。では、通信終わる』
クラウディアは手短に用件を伝え終わると、プツリと通信を切った。
戦艦を“四つ切り”にするという耳を疑うような発言があったが、艦橋内を見回してもその言葉を疑問に思っているクルーはいない。
それどころか先程までの暗い表情が一転し、喜色を浮かべる者すらいる。
彼女への信頼度はかなり高いようだ。
女性オペレーターがやや弾んだ声で報告をする。
「クラウディア・リナ・エスパーダ氏の乗機『ミハーイール』の機影を捉えました! モニターに表示します!」
「おおーっ!」
「あれが《剣姫》の……!」
「速いっ! なんて出力だ!」
ざわめくブリッジ。
正面の大モニターに映し出されたのは一機の戦闘機だ。
上から見れば縦に長い二等辺三角形のようシュルエットをしたデルタ翼のその機体は、通常のものよりサイズがやや大きく、全長がエールダイヤの1.3倍ほどある。
尾翼にトリカブトの花をモチーフにしたエンブレムを付けたロイヤルブルーのその機体は、機体サイズに見合った大型のブースターを全力で吹かし、空に一筋の飛行機雲を靡かせて凄まじい速度で一直線に天へと昇っていた。
「ミハーイールは現在地上100キロメートル地点を超え、なおも高速で上昇中! 間も無くアイスキューブと接触します!」
大気圏を突破し、宇宙へと到達したミハーイールは、落ちてくる戦艦アイスキューブとの距離を急速に詰める。
その時、ミハーイールのボディに変化があった。
ブリッジで誰かが「くるぞ!」と歓声を上げる。
ミハーイールの機体各所が展開し、変形を始める。
機体底部からは機械の腕と脚部が伸び、折り畳まれた胴体の内側からは西洋甲冑のメットを模した頭部が飛び出した。
甲冑を着て背に翼を持つその姿は、さながら天使兵。
この戦場にいる多くの人間が注視する中、可変戦闘機「ミハーイール」は速度を落とすことなく戦闘機から人型ロボットへと姿を変えたのだった。
ミハーイールは腰にあたる部分に手を伸ばし、そこから西洋剣の柄に酷似した機器を取り外した。
そして両手でグリップを強く握りしめ、横に振りかぶるように構えると、この機体の代名詞とも言える巨大兵器を起動した。
「あれが噂の『聖ミカエルの大剣』か……!」
「大きい……」
その威容に、戦艦「威風」のブリッジに感嘆とも驚愕とも取れる声が漏れる。
ミハーイールが持つのは、Sランク傭兵クラウディアのために特別に開発された超高出力のビームソードだ。
最大出力で起動したそれは、10メートル20メートルと剣身を伸ばし、最終的にミハーイールの全長を遥かに超える60メートルほどの長さにまでなる。
人呼んで「聖ミカエルの大剣」。大天使の名を冠する超兵器が眩い光を放ち、宇宙に顕現したのだった。
◇◇◇
「すぅー……」
高速で上昇するミハーイールのコクピット内でクラウディアは息を整え、闘志を内に抑えて静かにその瞬間を待つ。
見上げる先にはこちらへと落ちてくる戦艦アイスキューブ。
もうその距離はほとんど無く、あと数秒後には両者はすれ違っているだろう。
だが彼女の心には焦りも緊張も恐れもない。
彼女はSランク陸戦兵でありながらAランク戦闘機乗りとしても認定されており、地上戦だけでなく宇宙戦の経験も豊富だ。
地上ではパワードスーツを着た敵兵を、宇宙では反撃してくる戦艦を幾度となく両断してきたクラウディアにとって、ただただ落ちてくるだけの物を切ることなど児戯に等しい。
そしてアイスキューブと最接近したその瞬間、クラウディアの口から裂帛の気合いが発せられた。
「はあああああぁぁぁぁっ!!」
光刃一閃。
クラウディアは白く光り輝く巨大ビームソードを下から上へ、あたかも天を切るかのような軌道で振り抜く。
高熱の剣身が、まるで温めたナイフでバターを切るかのようにスルスルと戦艦の装甲を焼き溶かし、ミハーイールの腕の動きに合わせてアイスキューブを横一文字に切り開いていく。
引っかかりなどない。
規格外の長大さと出力を誇る聖ミカエルの大剣は面白いほど容易く戦艦を真っ二つにした。
だが、クラウディアはそれで終わらせる気はない。
「せぇぇぇえええぇぇぇいっ!!」
振り抜いた剣を縦に構え直し、機体を空中で捻って体勢を整え、クラウディアは今度はビームソードを唐竹割に叩き込んだ。
切断されたことで小規模の爆発を起こしている艦体に再び振り下ろされる剣身。
横方向と同じく、縦もまた抵抗なく刃が進み、アイスキューブはあっさりと4つに分かれた。
「グリム司令官、あとは任せた!」
クラウディアはそう「威風」に通信すると同時に機体を再度変形。
戦闘機形態になるとブーストを全開にして速度を上げ、ワープ装置を起動。その場から退避するのであった。
◇◇◇
「ミハーイールのワープを確認!」
「本艦周辺の護衛機の収容完了。シド・ワークス氏もいらっしゃいます」
「伯爵軍艦隊、ワープアウトしました。光子魚雷の発射を確認!」
「よしっ、我々もいくぞっ! 全艦ワープ開始! ワープアウトと同時に残りの残骸に向けて各艦順次に主砲を発射せよ!」
「「「了解っ!」」」
グリムの指示で一斉にワープするギルド連合の艦隊。
ワープアウトした彼らが目にしたのは目を焼くような光子魚雷の爆発であった。
観測していたオペレーターから即座に報告が上がる。
「直撃はしてませんが効果は大! アイスキューブの約50%が消失しました! 残る艦前方部分はなおも落下中です!」
「全艦砲撃開始! 搭載機も出撃させ、ありったけ撃ち込むんだ!」
『ワープ開始。なんとか間に合ったな』
『俺らも手伝うぜ、グリム司令官!』
ギルドのオンライン通話システムからまたもや声が聞こえてきたかと思えば、「威風」の隣に一隻の武装艇がワープアウトしてきた。甲板部には長大なビームスナイパーライフルを持った機動ロボも乗っている。
ロボが甲板から離れると、武装艇の各部に山ほど搭載されたミサイルポッドのハッチが一斉に開いた。
『ハオラン、さっさと撃て!』
『うるさいぞブリッツ。言われなくともやる』
ハオランと呼ばれた男が忌々しそうに吐き捨てると、武装艇から100発を超えるのではないかという数のミサイルが発射され、各戦艦のビーム砲と共にアイスキューブの残骸に殺到した。
巻き起こる大爆発。これだけで残骸の25%は吹っ飛んだかもしれない。
『よしっ上出来だ。次は俺の仕事だな』
『なにを偉そうに……』
ブリッツという名前の男が操縦する機動ロボがビームスナイパーライフルを構える。
照準を合わせるのは一瞬。男はタンタンタンとテンポ良くトリガーを何度も引き、ライフルを連射する。
雑に撃っているように見えて狙いは正確で、放たれたビーム弾は一発残らず命中し、大気圏で燃え尽きそうにない大きめの破片を砕いていった。
「Aランク艇長《爆炮船》のハオラン・リーにAランク機動ロボ乗り《アップテンポ・トリガー》のブリッツ・アルノーか! 心強い!」
二人の活躍にグリムが笑みを浮かべる。
両者とも、クラウディアと同様にミュコーに囚われていた伯爵領の傭兵だ。
この一大事に、取り戻した愛機で宇宙まで駆けつけたのである。
「よしっ、砲撃を続けろ! 残りは僅かだ!」
檄を飛ばすグリム。
あと少しとなったアイスキューブの残骸に攻撃が集中する。
もちろんシドとロナもこれに参加していた。
『シド、大きい破片は他に任せます。私たちは難易度の高い細かいのを狙いますよ!』
「わかった、どんどん撃つぞ!」
再出撃したエールダイヤもビームガンで狙撃に加わっている。
彼らの活躍でアイスキューブはみるみる間に砕かれ、結果、地上への被害は最小限まで抑えられたのである。
◇◇◇
「グリム司令官、地上への被害はほぼ無し。首都の一部でやや大きめの雹ほどの破片が落ちてきたそうですが、今のところ人命に関わるような被害の報告はありません」
状況終了後、オペレーターからその報告を受け取ったグリムは緊張の糸が切れてぐったりと艦長席にへたり込んだ。
「やれやれ、人生で1番か2番くらい焦ったよ。この有様じゃあ《極楽とんぼ》の看板は返上かな?」
「司令官、伯爵軍との停戦ですが……」
「ここから殺し合いって気分にはなれんでしょうよ。撤退するなら攻撃しないと通達しておいてくれ」
「了解です」
「さあて、とんでもないトラブルはあったけど、これで作戦は成功か。……でもこれから後処理が山積みなんだよなぁ。はぁ、誰か代わってほしい……」
泣きそうな声でボヤくグリムを無視し、「威風」のブリッジクルーは各所への連絡を済ましていく。
こうして惑星ミュコー解放作戦は一応の成功に終わり。ギルド連合の勝利で幕を閉じたのであった。




