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第70話 緊急事態発生

「ロナ、これってよく見方がわからないんだけど、俺らが勝ってる……でいいんだよな?」

『ええ、そうです。それで合っていますよ』


 エールダイヤのコクピット内、シドはモニターに表示されている戦況図の見方が正しいかをロナに確認していた。

 現在彼らは、前線から少し離れた位置にいるギルド連合旗艦「威風」のすぐ脇で護衛任務を遂行中だ。

 最前線で敵部隊を蹂躙し大活躍をしてしまったシドとロナは、他ギルドとの貢献度の偏りを危惧した司令官のグリムの要請により、戦闘の無い最後方まで下げられてしまったのだ。

 政治的な思惑しかない命令であるとはいえ、叶うなら戦場になど出たくないシドにとっては嬉しい采配である。

 ロナの方は少し不満がありそうだが、ここで更に戦果を挙げてもやっかみの感情がシドに向けられるだけなので我慢をしている状態だ。

 そして今、この惑星ミュコー解放作戦も大詰めとなりつつあるようである。


「あっ、なら良かった」


 ロナに味方が優勢であると太鼓判を押してもらえたことでシドはホッと一安心する。

 シドとロナが護衛任務という名目で待機させられている間、味方であるギルド連合は伯爵軍の戦闘機を多数撃墜。さらに巡洋艦や駆逐艦を数隻大破ないしは中破し、ジリジリと敵本陣へと近づいていた。

 伯爵軍も、未だ健在な4隻の戦艦を主に戦力をまだ残しているが、数の差は明白である。素人目にもここからの逆転は不可能に思われた。

 ロナによれば、もう決着はついたも同然だという。


『既に趨勢は決しています。これ以上の戦闘はお互い(いたずら)に戦力を消耗するだけ。続けるだけ損です。現に伯爵軍は撤退するそぶりを見せ始めていますね』

「あーっと……そうなのか?」


 シドにはその「そぶり」とやらはよくわからないが、ロナがそう言うのなら確かなのだろう。

 強いて言えば伯爵軍全体がやや西側――近隣のコロニーがある方角に寄るような陣形へと変化し始めたのが見てわかるくらいである。

 聞けば、グリム司令官もこの動きに気がついていて、早期決着のために伯爵軍の退路を開けるように指示を出しているらしい。

 傭兵の信条は「命あっての物種」なので、無理をしてまで敵の数を減らす気はないのだろう。安全策を取ったという訳だ。


『もし私たちが前線にいれば、今後の戦局を考慮し、一縷の望みをかけて全軍をもって討ち果たそうとしてたかもですね』

「それは……骨が折れそうだな」

『いいえ、楽な仕事です』


 戦艦4隻から集中砲火を浴びせかけられる光景を想像してゲンナリとした表情になるシドに、ロナは容易く返り討ちにできるとさらりと言い放つ。

 なんにせよエールダイヤは前線にいないのであるから、たらればの話に過ぎない。


『伯爵軍はさすがに正規軍だけあって動きが速いですね。全部隊の撤退完了までおそらくあと10分もかからないでしょう。我々の勝利です』


 ロナが鈴を転がすような声でそう結論付ける。

 ――だが、超高性能AIでも予想できぬトラブルはどうしても起きてしまうものだ。

 この時刻より5分後。()()は手柄を焦った一人の傭兵の攻撃により起きた。


 ◇◇◇


 シドとロナの駄弁りから5分後、ギルド連合旗艦「威風」のブリッジに女性オペレーターの悲鳴まじりの報告が響いた。


「大変ですっ!! 我が方の戦闘機による攻撃により敵戦艦『アイスキューブ』の操舵系が故障! 針路を大きく変え、ミュコーへと落下するコースを取っていますっ!』

「なんだとっ!?」


 思わず艦長席から立ち上がるグリム司令官。

 その驚き様は先程のシドの一件以上だ。

 それはそうであろう。一隻とはいえ戦艦が宇宙から地表に墜落したら、その質量と内包した大量の爆発物により、とんでもない被害が地上に巻き起こるのだ。

 さすがのグリムも、《極楽とんぼ》などと呑気に構えていられないほどの大事件である。


「落下予想地点の計算を急げ! それと直ちにヒーステン伯爵軍に停戦の呼びかけを! 全ギルド員にも即時戦闘中止を指示する!」


 故意ではないとはいえ大チョンボをやらかした犯人の特定は後回しにし、グリムは全ての戦闘行為の中断と落下地点の特定を急ぐことを決定する。

 惑星ミュコーにいるのは同じ王国民。人命が最優先である。

 その気持ちは伯爵軍も同じだったらしく、グリムがギルド員に事情を説明し攻撃を中止させたのと時を同じくして、伯爵軍から一時停戦の申し出を受け入れるとの連絡が入った。

 こうして、極めて簡略的ではあるが両軍に停戦の合意が結ばれたのである。


「落下予想地点の計算が終了しました! 落下地点は……首都メッコゥー!? そんなっ!?」

「よりにもよってか……くそっ、最悪だ……! 針路をずらせないのか!?」


 オペレーターの口から惑星ミュコーの首都の名前が読み上げられ、グリムは苦虫を噛み潰したような渋面になる。

 言うまでもなく首都はミュコー最大の人口密集地。そこに戦艦が落下すれば被害は計り知れない。


「アイスキューブのクルーが八方手を尽くしましたが、艦が操舵を全く受け付けないそうです」

「伯爵軍より入電。アイスキューブクルーは、現在自力での解決を諦めて脱出艇に移動中。もう間も無く全乗員の退艦が完了するそうです」

「既にミュコーの住民はシェルターへの移動を始めています! ですが……!」


 ブリッジのオペレーターたちが順次報告を上げるがどれも悪い知らせばかりだ。

 クルーの顔色も暗くなっていく。


「今からでは全住民の避難は間に合わないね……。アイスキューブの速度は?」

「エンジンは緊急停止させたようですが、ブレーキが作動せず、速度を維持しております。ミュコーの大気圏に突入するまであと3分!」

「ぐうぅ……時間が無い! こうなったらやれる事は全てやるぞ!」


 手立てを講じるには時間が足りなすぎる。

 グリムらにできるのは、少しでも被害を減らせるようにすること。

 つまり、落下中のアイスキューブに攻撃を集中させ、その質量を削ることである。

 やはり同様の考えを伯爵軍側も持ったらしく、「威風」にあちらの指揮官から直接通信が入った。

 正面の大モニターに軍服姿の中年男性が映り、挨拶を飛ばして早口で用件を伝えてきた。


『こちらはヒーステン伯爵軍大佐、アンダーソンだ。緊急時につき単刀直入に言おう。我が方はアイスキューブに対して光子魚雷での破壊を試みるつもりだ。だが、我々が現在所有する光子魚雷は1発のみ。大気圏内の気流の影響を考慮すれば直撃はほぼ不可能だと考えている』


 光子魚雷は重級戦艦すら一発で消し飛ばせる強力な兵器であるが、それは直撃すればの話である。

 ワープで近づいて発射しても、その頃には大気圏に突入していて直撃は望めないであろう。

 それでも有効な手札には違いない。グリムはアンダーソンへと返事を返した。


「傭兵ギルド連合、Aランク司令官(コマンダー)のグリムだ。アンダーソン大佐、光子魚雷の遠隔起爆は可能だろう? 全壊は無理でも、僅かでも削れるなら儲け物だ。残りは両軍の艦での一斉射でアイスキューブを可能な限り破壊しよう」

『承知した。ワープ直後の砲撃はビームの出力が著しく低下するが、やらないよりはマシだ。さっそく実行に移る』

「ああ、あとは運を天に任せよう」


 両軍の方針が決まり、今にも作戦が開始されようとしている。

 だが、グリムとアンダーソンの両司令官が部下に指示を飛ばそうとしたその瞬間、新たに通信が入り、


『――双方、少し待ってほしい』


 と、ブリッジに凛とした女性の声が響いたのだった。

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