第67話 ひっくり返る蜻蛉
『シド、後方から接近中のミサイルを回避後、2時方向にカウント5でビームガン発射。敵戦闘機「リージュ-36」を二枚抜きします』
「了解っ!」
敵陣に飛び込んだシドとロナのエールダイヤは、まさに鬼神のごとき強さであった。
奇襲を受けてのスクランブル発進で足並みが揃っていないミュコー駐留部隊を、まるで鎌で草を刈るようにサクサクと落としてゆき、最初の接敵からまだ3分と経っていないのに撃墜した敵機の数はもう8機になる。
そして今、エールダイヤ底部に取り付けられた二連装ビームガンの一撃により、その撃墜スコアを10に増やした。
本作戦に際し、エールダイヤは追加の武装として二連装ビームガンと、両肩に1基ずつミサイルポッドを装備している。ビームバリアを持つ戦艦との戦いも見据えた重武装バージョンだ。
操縦席に座るシドのメンタルも落ち着いている。四方八方で人が死んでいる戦場の真っ只中だが、初陣のようなパニックは無い。
ロナへの信頼もあってだが、本人も悪い意味で感覚が麻痺しているのであろう。
顔には怯えなど微塵もなく、他人から見ればエースパイロットの貫禄ばっちりである。
『敵機撃墜! 次は……おっと、目立ち過ぎましたか』
「どうした?」
『付近の敵戦闘機の動きに変化がありました。私たちに狙いを絞り、集中砲火で仕留めるつもりのようです。――ですが、黙って準備が整うのを待ってなどあげません。先んじて指揮官機を落としましょう』
エールダイヤに付けられた月に踊る乙女のエンブレムを確認してパイロットがシドだと気付いたのか、それとも厄介な敵を最優先で排除するためなのか、伯爵軍の戦闘機部隊がこちらを包囲する動きを見せた。
いち早くそれを察知したロナは、一斉射撃をされる前に統制を乱すべく、周辺機を指揮しているであろう機体をターゲットにする。
「どいつだ?」
『動きから推測するに、7時方向上方を5機で編隊飛行している部隊の中央機が怪しいです。ターンをして攻撃を仕掛けますので、ビーム機銃の準備を』
「わかった、いつでもいいぞ」
『ならいきますよ!』
ロナの声と共に操縦桿などコクピット各部が動き出し、機体が機敏な動きで機首を跳ね上げる。
エールダイヤは横向きにVの字を描くような軌道で左後方に向けてターンをし、敵編隊を射線に収めた。
『今です機銃掃射ッ!』
「ッ!」
ロナの合図でエールダイヤ機首のビーム機銃が火を吹いた。
まずは中央の指揮官機。そして右へと照準を動かし、立て続けに2機のリージュ-36のコクピットを撃ち抜く。
合計3機分の爆発が宇宙に巻き起こった。
ロナはすかさず次の指示を飛ばす。
『続いて前方の巡洋艦を撃破し、前線を突破します! 接近しますので、ミサイルの発射をっ!』
「了解っ!」
ブーストの勢いそのままにロナは前方約10キロメートル先の敵巡洋艦へと狙いを定める。
「撃ってきた!」
『当たらないので問題ありません! 正面突破します!』
迫り来るエールダイヤを迎撃せんと敵艦から矢継ぎ早に放たれる機銃と速射砲の弾丸。そして周囲の敵戦闘機も味方を守ろうとバラバラに攻撃を仕掛けてくる。
それらを全てかわして巡洋艦に肉薄したエールダイヤは、右肩部にあるミサイルポッドから2発のミサイルを発射したのだった。
◇◇◇
「白馬のシド・ワークス氏が敵巡洋艦『ルマール』撃破! 敵前線を抜け、本陣に向かっています!」
「……やれやれ、『人の噂は話半分に聞け』と言うが、彼の場合には当てはまらないようだ」
オペレーターからの報告を受け、ギルド連合部隊旗艦である戦艦「威風」の艦橋にてAランク司令官グリム・カールソーは感嘆のため息を漏らした。
円形になるよう設計された艦橋に置かれた、面白みのないデザインの艦長席。
本作戦の指揮官である彼はそこにゆったりと座り、どこか呑気さを感じさせる表情で正面にある大型モニターの戦況図を眺めていた。
3Dで投影された図からは、先陣を切った白馬や他支部の活躍、そしてシド(ロナ)が10数機の戦闘機と巡洋艦1隻を撃沈して通り抜けたことで奥までの細い道ができたのが見て取れる。
グリムは「さあて」と呟き、アゴに手を添えて考えるそぶりをした。
「ワークス君たちが開けてくれた穴を広げないとだな。――第二陣に通達。予想時刻よりだいぶ早いが、各自攻撃を開始せよ。敵中央を分断するんだ」
手元の端末を操作し、グリムは後続部隊に指示を飛ばす。
次々と返ってくる了承の返事。
戦況図にも、味方を示す青い点が前線へと向かう様子が映し出されている。
がたつきながらも横一線での進軍だ。
機種も所属もバラバラ。しかも今日会ったばかりの即席連合なので、軍隊のように進軍速度が整然とは揃わないが、それでも最低限足並みを揃えようとしているのが見て分かる。
白馬ギルドならこうはいかないであろう。
「キャシー君、右翼と左翼の部隊の様子はどうだい?」
グリムがオペレーターの女性に左右に展開させた部隊の様子を尋ねた。
どちらも伯爵軍の戦力を分散させるための遊撃部隊だ。
「右翼部隊は森吉のホマ・ハリーリー氏とハマナのカジィー・ババ氏を中心に敵戦闘機部隊と戦闘中。6機を撃墜し、味方の損害はありません。左翼はクロヤマのナセル・マーセル氏が敵駆逐艦『スパイス』を小破、さらにアッバースギルドの隊が連携して敵戦闘機3機を撃墜しています。同じく味方に損害はありません」
「うんうん、順調だね〜」
聞き取りやすく、ハキハキしたオペレーターの声。
報告を聞いてグリムは満足そうに頷く。
Bランク機動ロボ乗りのホマ。Bランク戦闘機乗りのカジィー。Bランク艇長のナセル。全員がランクに見合った実力者だ。
その上、右翼左翼共に他のメンバーはCランク傭兵で固めている。
それぞれ我が強いが、そう簡単には崩れない強者揃いである。
前線の他の傭兵たちも概ね順調に戦果を挙げており、今のところはギルド連合の優位で戦況は進んでいた。
「現在のワークス君の状況は?」
グリムは再びシドに意識を向けた。そろそろ彼のエールダイヤが敵本陣に接触する頃合いだと考えたのだ。
「シド・ワークス氏はなおも前進中。敵本陣に動きあり。ワークス氏への迎撃部隊のよう――いけません! 敵影多数! 戦艦1、重巡洋艦2、機動ロボ20! ワークス氏が危険です!」
女性オペレーターの悲鳴まじりの報告が艦橋に響いた。
伯爵軍は突出したシドを叩き潰そうと、軍艦3隻に加えて全機動ロボの5分の2を差し向けたようである。
他の30機はワープ奇襲に備えて旗艦の護衛をしていたり前線に出ていたりするので、実質、動かせる機動ロボ全機だ。
敵本陣に単機で近づくシド(ロナ)が悪いと言えば悪いのだが、一機の戦闘機に対してあまりにもなりふり構わない采配である。伯爵軍はなんとしてでもここでシドを落としたいようだ。
この数字に、グリムは困り顔で後頭部を掻いた。
「まずいなぁ……。キャシー君、ワークス君に後退するよう至急伝えてくれ。敵艦と機動ロボはそのまま前進してくるだろうから、中央部隊には増援への警戒を呼びかけるんだ」
「は、はい、ですがワークス氏が……」
「どうした?」
1分1秒を争っている時だというのになにやら困惑した様子のオペレーターに、グリムはやや強めに声を掛けた。
オペレーターは自分でも信じられないといった風にシドからのメッセージを読み上げる。
「『私一人で対処できますので、増援は不要です』と言ってまして……」
「はあっ!?」
思わず裏返った声を出してしまったグリム。彼がこんな声を出したのは30年ぶりくらいである。
こちらが「後退しろ」と言う前に「増援は不要です」と言ってきたのだ。声の一つや二つひっくり返るであろう。
「……まさか勝てるというのか? できるとすれば彼の実力はAランクどころじゃないぞ?」
グリムも、シドとロナが白馬コロニー防衛戦でやってのけた大活躍は知っているが、常識で考えれば無理で、国内向けのアピールで多分に誇張が含まれているのだろうと思っていた。
だが、3隻の軍艦と正規兵20機を相手にして正面から勝つというのであれば、それも真実だったと認めるしかない。
「本当に噂通りだったのか……」
この日、《極楽とんぼ》の異名を持つ彼は久しぶりに動揺を表に出したのだった。




