第66話 惑星ミュコー解放作戦開始
惑星ミュコーはヒーステン伯爵領にある、ごく一般的な居住可能惑星である。
豊かな水資源と自然に恵まれ、人口も多く、広大な農地を有する食糧生産地として有名な星である。
また他の特徴としては、「ミュコーリュンクス」というミュコー固有種の動物が人気である。金色の体毛をしたヤマネコに似た姿をしており、その気高くも愛らしい姿を一目見るためにこの星を訪れる者も多い。
そんなミュコーだが、ヒーステン伯爵の叛乱勃発以降この星は伯爵に非協力的な人物を軟禁する場所として活用され、民間人の他にも一部の軍人や役人、そして王国傭兵ギルドの傭兵で伯爵軍への参加を拒んだ者がこの星に収容されている。
彼ら反伯爵派というべき者たちを解放するのが今回の目的だ。
「――で、確か俺ら白馬ギルドは先陣を切って敵の駐留艦隊に突っ込めばいいんだよな?」
『はい、そうです』
惑星ミュコーに向かう道中、エールダイヤに乗るシドは改めてロナに作戦を確認していた。
既にここは伯爵領内であるが、懸念されていた敵部隊との遭遇は全くない。
正規航路からも大きく外れているため無人の監視衛星の姿も見えず、伯爵軍にはまだシドたち合同部隊の侵入はバレていない……はずである。
敵艦隊がワープで奇襲を仕掛けてくる可能性もあり得るので気は抜けないが、現時点では順調な道のりと言えるだろう。
『要は何も考えずに突撃しろという事です。司令部の、白馬ギルドの人間に高度な戦術機動など無理だろうという認識が透けて見えますね。その通りだと思います』
「それは……まあ、そうだな……」
これこれこのタイミングで動けと命令しても、モヒカン姿のジュリウスを筆頭にマトモに従いそうにないメンバーばかりだ。白馬コロニー防衛戦の時のように突撃ルートを指定するのでせいぜいだろう。
手綱を握るなら、それこそアイハムかマッケンジーレベルの統率力と信頼が無いと駄目だろう。
『慎重さと大胆さを兼ね備えたこの私が、真っ直ぐ進むことしか頭にない原始人と同じ括りに入れられているのは腹立たしいですが、前線に貼り付けるというのなら重畳です。駐留艦隊とやらを手早く片付けてミュコーを解放しましょう』
「……? 急いでるっぽいけど、何かあるのか?」
ロナがやけにやる気である。
戦場で敵を撃墜するのは彼女のアイデンティティのようなものなので好戦的なのはいつものことだが、今日はその上さらに意気込んでいるような印象――なんというか鼻息が荒いようにシドは感じたのだ。
なので何か理由があるのかと思い、右手首のバングル型PCに視線を落として尋ねたのだが、返ってきた答えは、
『本物のミュコーリュンクスを早く見てみたいのです!』
と、今回の作戦とはまるで関係のない理由であった。
ロナは熱弁を振るう。
『シドもネットとかテレビで見たことはあるでしょう? 全宇宙の心を掴んで離さない、あの気品高く可憐な姿! 惑星ミュコーに来たのであれば、見て帰らないのは嘘です!』
いつになくウキウキとした口調ではしゃいでいる。どうやらミュコーリュンクスという生き物はAIの心をも掴んだようだ。
ともあれ深刻な理由ではなかったので、シドはホッと肩の力を抜いた。
「ホント、ロナって可愛いものが好きだよな」
『……別にいいではないですか』
「悪いとは言ってないだろう。そうむくれた声を出すなって」
『……ミュコーに降りたら、「ミュコーリュンクス会館」に行ってくださいね。そこで触れ合い体験をやっているんです』
「はいはい、わかったよ」
『やった!』
戦時下で営業しているかは不明だが、行く約束を取り付けたことでロナのテンションが上がっている。
自宅に居る時のような幼女姿だったら可愛くガッツポーズをとっていたことだろう。
『そうと決まれば尚更急がねばですね。100隻にも満たない艦隊など、すぐに壊滅してみせましょう』
「100隻に満たないっていっても、それなりの数がいるって話じゃないか。気がはやって突出するなよ? 単機で艦隊の中に飛び込むのメチャクチャ怖えんだから……」
偵察兵からの報告によれば、5隻の戦艦に巡洋艦、駆逐艦を合わせて50隻の艦隊。400機の戦闘機に50機の機動ロボ。ヒーステン伯爵軍第6艦隊の半分ほどの戦力が惑星ミュコーに集められているらしい。
収容されている傭兵の中には複数のAランク傭兵Bランク傭兵に加え、王国に3人しかいないSランク傭兵の内の1人がいる。
合わせればちょっとした艦隊にも匹敵する武力になるであろう彼らを監視するため、惑星ミュコーには結構な規模の駐留部隊が派遣されているのだ。
『それは状況次第です』
決してしないとは約束してくれないらしい。むしろ積極的にしそうなまでもある。
どの口で白馬ギルドのことを言うのかとも思うが、きっと彼女のこれは「時に慎重に、時に大胆に」と選局を見極めた上での選択なのだろう。そう言い張るはずだ。
シドは諦めたようにため息を吐き、話題を変えた。
「にしても、あのSランクの人がミュコーに収容されているとは知らなかったな。最近話題を聞かないと思ってたら、そんな事情があったとは……」
『《剣姫》などと呼ばれている女性でしたね。美人ですからメディアの露出も多かったとか。……もしかしてファンですか?』
「い、いやいや違うって!」
疑るような声色でファンかと聞いてくるロナに、シドはブンブンと首を横に振って否定する。
《剣姫》のことはテレビやネットでしか知らないが、堅物という言葉が似合うようなキリリとした印象の人物で、ちょっととっつきにくそうなタイプだと感じている。
容姿は素直に綺麗だとは思うが、断じてファンなどではなかった。
「知っている名前だったから普通に驚いただけだ!」
シドとしてはどちらかといえば穏やかで優しい女性の方が好みなのだが、それをロナに言うわけにはいかないので、そこは口をつぐんだ。
『……ふーん、そうですか』
だがロナは女の勘で何かを察したのかもしれない。
惑星ミュコーまであと約30分。シドは適当な雑談をしている間ずっと、彼女の探るような視線を感じる羽目になる。
(話題選びに失敗したな……)
そう思うシドであった。
◇◇◇
そうして30分後、シドたちギルド連合部隊は何の障害も無く惑星ミュコーに到達。
ミュコーに駐留する伯爵軍から誰何を受け、これに答える形で攻撃開始を宣言し、開戦の火蓋が切って落とされた。
『ヒャッハー! 待ちくたびれたぜー!』
真っ先に飛び出して一番槍となったのはジュリウス……否、モヒカン・ジュリーである。
機首にバルカン砲が付いたメタリックで無骨なデザインの戦闘機が開幕から全速力で敵部隊へと一直線に向かって行った。
「あれって大丈夫なのか!? ジュリウスさん、袋叩きにされるんじゃ……」
『おそらく問題ないでしょう。無鉄砲極まりありませんが、あれで腕前はそこそこのようですし、〈フォックス・ファイヤー〉のメンバーも後に続いています。敵も浮き足だっているので、そう簡単には落とされないでしょう』
同僚の心配をするシドだが、ロナは冷めた反応だ。
どうでも良さそうに状況を分析している。
前方でさっそく起きた爆発を見ながらシドが疑問を口にする。
「ジュリウスさんって強いのか……?」
『過去の戦闘記録を調べましたが、操縦技術と戦闘勘だけならフジタやマッケンジーと同等かそれ以上です』
「強っ……! そりゃケネスさんも敬語をつかうわけだ……」
つまり戦闘技能だけならCランク以上ということである。
戦闘以外の任務の達成率が低く、会話が通じないのでEランクから上に上がれないが、彼もまた白馬の実力者の一人なのである。
『シド、あんなモヒカン男など放っておきましょう。私たちも仕掛けますよ。雑兵を蹴散らし、味方の侵入口を開けるのです』
「おうっ!」
スロットルレバーが動き、エールダイヤのブースターが火を吹いて速度を上げる。
シドは操縦桿を固く握り、両足でしっかりと床を踏みしめるのであった。




