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第65話 本人のあずかり知らぬ二つ名

「どうも、白馬ギルド所属Fランク戦闘機乗り(ファイター)のシド・ワークスです」


 シドがそう名乗りオンライン通話の画面に顔を出すと、大きな騒めきが起きた。

 インカメラをオンにしていなければ音声が9割以上カットされる仕様だが、1,200人ほどもいればかなりの騒音である。


『白馬コロニー防衛戦の英雄……!』

『そうだ、白馬には彼がいた!』

『本物か?』

『動画よりマシなツラだな』

『まだFランクだったのか……!』

『ビックリだわ』

『おっ、よく見たらパッチワークドレスの乙女のエンブレムを付けたエールダイヤがいた! あれがシド・ワークスだ!』

『やっちゃったわね、アンドレ』


 どよめく声は止まらない。

 見れば、モニターに映るハマナ傭兵ギルドのアンドレは額から脂汗を流し、口をパクパクさせて戦慄いていた。

 この業界は基本的に実力が全てだ。

 アンドレも同業者、しかも同じ戦闘機乗りとしてシド(ロナ)の技量の高さは知っていたようだ。

 そんなシドに知らなかったとはいえ足手纏いだとか雑魚だとかと言い放ったのだ。業界の先輩で、今のところランクが上だから許されるかは難しいところである。

 格下に舐められたら殺すというスタンスの者が珍しくないヤクザな世界なのだから。


「アンドレさんから見れば若輩者ですが、精一杯働かせていただきますので、どうかこのまま作戦に参加させてください。お願いします」


 そう言ってシドは両手を膝に置いて頭を下げる。

 本人にしてみれば穏便に場を収めようと礼儀正しく挨拶したつもりだが、周りから見ればそうはならない。特にアンドレにとっては最悪だ。

 内心でハラワタが煮えくり返っているのを隠し、表面上は慇懃な態度を取っているようにしか見えない。アンドレの耳には副音声で「後で殺す」という声も聞こえていそうだ。

 この1分たらずでアンドレの顔は真っ青だ。彼は先程までの強気の態度をかなぐり捨て、操縦桿に頭をぶつけるのではないかという勢いで頭を下げて謝罪した。


『舐めた口を利いてすんませんでした! ワークスさんだとは知らなかったんです!』

「ええと……」

『この機体、最近新調したばかりでローンが残っているんです! だから翼は……翼は勘弁してください!』

「つ、翼……?」


 シドは「べつに構わないですよ」と言おうとしたが、必死に謝ってくるアンドレの勢いに押されてしまう。

 しかも翼だなんだとよくわからない事を言われては困惑するしかない。

 さらにそこにアンドレと同じハマナギルドの連中までが話に加わってきた。


『ワークス、うちのアンドレがすまなかった。この通りだ、どうか翼だけは許してやってくれ』

(わたくし)の方からも謝罪させていただきます。存じ上げなかったとはいえ、ワークスさんに大変なご無礼をいたしました。アンドレには(わたくし)どものギルドでキツく灸を据えるので、ここはどうか……』

『自分、地元で一番のパン持ってきてます! これでなんとかアンドレさんの翼はご容赦ください!』

『俺もパン持ってきてます! これもどうぞ!』


 次々とモニターに現れるハマナギルドの面々。

 Bランクの銀バッジを付けた者や若い衆まで出てくるし、なぜか執拗にパンを渡そうとしてきて、これ以上黙っているとさらに収拾がつかなくなりそうだ。

 シドは大慌てで「もういいです」と叫ぶ。


「もういいです! もう十分に皆さんの誠意は伝わりました。作戦開始前なんだからトラブルは無しでいきましょう。その……翼? も壊しませんし」

『ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!』


 シドのその言葉に助かったと安堵するアンドレ。額から汗をダラダラ流しながら何度も何度も「ありがとうございます」と頭を下げている。

 個人間通信の画面ではケネスが良い笑顔でサムズアップしていた。


(つ、疲れた……)


 たったこれだけのやり取りだったが、シドはドッと精神的な疲れを感じた。

 自分が傭兵業界からAランク以上の実力者だと評価されているのは知っていたが、ここまで恐れられているとは思っていなかったのだ。

 白馬ギルドの面々が割とフレンドリーに接してきているので意外な気分だ。


「つーか、俺の好物ってパンで通ってんのか? お供え物じゃないんだからさぁ……」


 呆れ顔のシドはため息まじりに溢す。

 作戦終了後には山ほどパンが届き、当分は食に困らなそうだ。

 スピーカーからロナの涼やかな声が聞こえてきた。


『ネットにはアナタの大好物と書かれてますよ。Gランクミッションの際に脱走兵から奪い返したのが話題になったからでしょう』

「だから最近ファンからオススメのパン屋の情報とかが送られてくるのか……」


 メールで貴族御用達のパン屋や地方の宇宙ステーションに入っているパン屋を紹介されることがあったらしい。

 ドームで売っているスポーツ観戦のおとものホットドッグは好きだが、パン単体に強い思い入れは無いので、返信に困ったそうだ。


「てか聞きたいんだけど、傭兵の世界ってケジメつけるときは指の代わりに戦闘機の翼を切り落とすのか? なんかみんなツバサツバサ言ってて怖いんだけど……」

『いえ、そんな事はありません。ネットに、シド・ワークスを怒らせると敵機体の翼を壊してダルマ状態にするとあるので、それででしょう』

「ロナが原因じゃねえかっ!?」


 衝撃の事実にギョッと目を開く。

 謂れのない……とは、惑星イマリの時や、それこそ脱走兵の時の事を思い出すと言いがたいが、知らぬ間に鬼畜なキャラ付けがされていたことに驚きを隠しきれない。

 照準はロナの仕事なので抗議の声をぶつけたが、彼女はちょっと不服そうだ。


『失礼な。私が翼を狙うのは必要な時だけで、基本的にコクピットや動力部を狙っています』

「それが世の中に伝わってないだろ! 俺のイメージどうなってんだよ!」

『《羽()ぎ》などという二つ名まで付けられているくらいですから、あまりよろしくないでしょうね』

「俺ってネットでそんな風に呼ばれてんの!?」


 本人の知らぬ間に敵キャラのような異名が付けられていたようだ。

 アンドレが妙に怯えるわけである。

 もう一つ明らかになったこの事実に、シドは愕然とするしかない。

 スピーカーからロナの呆れたような声が聞こえてくる。


『自分のことなのに、シドは何も知りませんね』

「……逆に聞くけど、もしかしていつもエゴサしてるのか?」

『……別にいいじゃないですか』


 ロナが顔を背けたような気がした。


 ◇◇◇


 シドが許したことでアンドレの失言による一件は落着したかに思えたが、なんとここで話を急に混ぜっ返す者が現れた。


『おいおいつまんねーなぁ。シドのオシオキが見れると思って期待してたら、もう終わりかよぉ』


 モニターに映ったその男のニヤついた顔を見て、この場にいる傭兵のほぼ全員が「げっ……」という声を漏らした。

 男は一目見てわかるほど奇抜なファッションをしている。

 上裸に黒のレザージャケットを直接羽織り、手には指抜きグローブ。下も同色の黒の本革バイクパンツに黒のブーツを履いている。

 本来なら安全のためにパイロットスーツを着用すべきだが、そんなものクソ食らえだとでも言いたげな格好だ。宇宙に投げ出されたら1発アウト。命知らずのかぶきものである。

 だが、何より目を引くのはその髪型だ。

 男のヘアスタイルは、天高く真っ直ぐに伸ばした金髪のモヒカンになっているのである。

 そのモヒカン男は良いことを思いついたとばかりに、


『そうだ! なんだったら俺様が代わりに翼をぶち抜いてやるぜぇ? ヒャハハハ!』


 と、いやにテンションの高い笑い声を上げたモヒカン男は、自身が乗る戦闘機を操作し、ミサイルをロックオンした。……ハマナギルドどころか、全く無関係の友軍機に。


『ロックオンアラート!? ちょ、おいバカやめろおぉぉぉ!!』


 ロックオンされた機体のパイロットが血相を変えて叫ぶ。

 シドも顔色を変えてモヒカン男にストップをかけた。


「ジュリウスさん、やめてください! その人は関係ないです!」


 そう、モヒカン男の正体は白馬ギルドのEランク戦闘機乗り(ファイター)ジュリウス・アミンその人である。

 オドオドしていた彼の面影はどこにもなく、別人と言っても過言ではないほど変わり果てているが、間違いなく彼である。

 気合いを入れないと戦闘機に乗れないとジュリウスは言っていたが、その気合いの入れ方がこのスタイルなのである。

 彼は強くて我が道を行く世紀末なアウトローに変身することで傭兵としてやっていけているそうだ。

 ……若干どころではなく暴走しているのは気のせいではないだろう。念のため明記しておくが、ジュリウスがやったのは服装とヘアスタイルを変えただけだ。それで本人の気持ちが昂り、()()なっているのである。


『おっと、そうだったか? へへへ、こいつぁ失敬』


 シドに言われ、ジュリウスは素直にロックオンを解除する。

 一触即発の危機が去り、まずは一安心といったところか。


『テメェふざけやがって……よくもっ!』

『おい、やめろ! コイツは白馬の《クレイジーモヒカン》だ。話の通じるヤツじゃねえ。相手にするだけ損だ』

『Gランクミッションで護衛対象を置き去りにして航路外の海賊団を退治に行くイカれだぞ。関わるな』

『ちっ……クソがっ!』


 ジュリウスにロックオンされた傭兵は憤っていたが、同僚に止められ苦虫を噛み潰したような顔で矛を引っ込める。

 他支部のギルドでは彼のメチャクチャっぷりは有名らしい。通常ここまでのことをされたらタダでは済まされないはずだが、ジュリウスがやることには諦めが入っているようだ。

 ジュリウスも、迷惑をかけた彼らの様子など全く眼中に無さそうである。

 なお、いつぞやモニカがシドに申請すると冗談で言った「Gランクミッション中での最多撃墜数」のギネス記録であるが、保持しているのは彼だったりする。


『にしてもシドぉ、今の俺は“モヒカン・ジュリー”って名前で呼んでくれってぇ、言ったぁじゃねえかぁ。頼むぜぇ?』


 唐突に変な巻き舌で喋るジュリウス。

 挑発する意図は無い……はずである。


「……そうだったな、ジュリー」

『オゥケェー!』


 ジュリウスは両手の人差し指を真っ直ぐに伸ばしてこちらを指してくる。

 かえすがえすも気弱な元の姿とは似ても似つかない。


『――そろそろ雑談は終わりにしてもらっていいかな? 作戦開始のお時間だ』


 渋い声と共に全体通話の画面に現れたのは、本作戦の指揮官であるAランク司令官(コマンダー)のグリム・カールソーである。

 50代半ばで、白髪混じりのグレイヘアーをした、どこか茶目っ気のある表情をした壮年男性である。

 

『各々思う所はあるだろうけども、もう出発しないと予定の時刻に間に合いそうにないんだ。せめて現地までは仲良く行軍しようじゃないか。――モヒカン・ジュリー君もそれでいいかな?』

『オーライ、コマンダー。俺様はいつだってハッピーだぜ』


 意味が通じているのかよくわからないジュリウスの返答だが、グリムは満足そうに『よろしい』と頷いて流した。


『では諸君。開戦以来ずっとヒーステン伯爵軍に攻め込まれてばかりだったが、今度は我々のターンだ。今までの仕返しに、ちょっくら星を一つ貰いに行こうではないか』


 グリムの指揮で約1,200人の傭兵たちが一気に動き出す。

 出発前からトラブルが多かったが、こうして惑星ミュコー解放作戦が始まったのであった。

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