第61話 ワークス家お宅訪問 後編
シドのマンションはオートロック付きで築20年の中流層向けの1LDKである。
10畳のリビングダイニングキッチンと6畳のベッドルームがあり、全室フローリング張り。壁紙の色は白で、いたってシンプルな内装だ。
22歳という彼の若さで住むには十二分に上等な部類の部屋であろう。
ただし、部屋に置かれている家具や食器などは殆どが大手大衆向け家具屋から調達されており、物件のレベルに比べるとややチープだ。
マトモなのはテレビ等の家電くらいで、それ以外は間に合わせで買ったものばかり。ぱっと見でもインテリア類に対するシドのこだわりの無さがわかる室内であった。
だが、そんな彼でも仕事道具には金をかけていた。
「おおっ! ガチのハイエンドマシンじゃないっスか!」
「そりゃプロだからな」
シドの案内で仕事部屋兼寝室に入ったノアは、そこに置かれていたゲーム機器や配信機材の数々に目を輝かせている。
彼女もゲーマーのはしくれだ。初めて見るプロのゲーム環境に興奮を抑えられないようで、尻尾をブンブン振る子犬のように大はしゃぎしていた。
「こっちがマイクとカメラっスか! うわぁ、本物のプロのゲーミングブースって、メッッッチャ格好良いっス!」
「そ、そうか? 普通だって」
「そんなことないっスよ! 凄くクールっス!」
「へへっ、そう褒められるとちょっと恥ずかしいな……」
そう言って頬を掻くシド。ストレートな言葉で褒められて、まんざらでもなさそうな表情だ。
「こっちはスーパーレトロゲー用のマウスとキーボードっスよね? VR内でなら触ったことあるっスけど、リアルのは初めてっス」
「なんなら後でワンプレイしてくか?」
「いいんですか?」
「もちろん」
「やった! 先生、ありがとうございます!」
自分の仕事場を楽しそうに見学するノアに、シドの好感度がわかりやすく上がっている。
以前一緒に密輸業者を摘発した際、最後に危ない感じになったので彼女に対して内心警戒心を覚えていたはずなのだが、この短いやり取りであっさりと気を緩めていた。
女性経験の少なさ故なのか、ちょろい男である。
「ふーん、よくわからねえがスゲェんだな。モニカ嬢ちゃんはわかるか?」
「いえ……私もゲームはアプリのやつを少ししかしないので……」
盛り上がる二人に対し、置いていかれているのがモニカとフジタである。
フジタは子供時代以来ゲームをしておらず、モニカも暇つぶし程度にマーズフォンアプリのパズルゲームをする程度だ。
良さそうな設備が整っているのは理解できるが、何がそんなに凄いのかまではピンとこないのだ。
「あー、でもこっちのポスターならわかるな。テレビで見たことあるやつだ。確かどっかのバスケチームだったか?」
ゲーム機器を見ていても面白くないので、何か他にないかとキョロキョロと室内を見回していたフジタが壁に貼ってあるポスターに目をつけた。
シドが贔屓にしているプロバスケットボールチーム「マカダン・ハピネス」のポスターだ。
これにはノアとモニカも反応を示した。
「それは、先生の配信でお馴染みの『マカダン・ハピネス』のポスターっス」
「いつも背景に映ってますよね。私も見てます」
「モニカさんもご存知でしたか。いや〜、いつも見てる動画の背景に自分がいるって、なんか感動するっスね」
「わかります、ノアちゃん。不思議な気分ですよね」
「ほらっモニカさん、こっちのマスコットぬいぐるみも!」
「あっ、この子も見たことあります。可愛いですよね〜」
「ね〜」
やはりというべきか、ノアもモニカもシドの動画を視聴しているようだ。この時ばかりは恋敵ではなく同好の士として、仲良くキャアキャアとはしゃいでいる。
ただし、フジタはそこまでバスケチームに興味があるわけではないので「ふーん」といった様子で一瞥したあと、今度はベッドの方をジロジロと見ていた。
なお、ベッドの上にフリフリドレスのクマちゃんぬいぐるみが無かったので、シドはホッと胸を撫で下ろしていたりする。
◇◇◇
ひと通りルームツアーを堪能したあと、シドたち4人はリビングルームに戻ってお茶にすることにした。
お茶請けはモニカのケーキとノアのクッキー、そして彼女たちが来ると知ったロナが前もって作っておいた軽食だ。
ロナから必ず出すようにと念を押されていたのでテーブルに並べたのだが、その彼女が作った軽食の数々を目にし、シドを含めた全員が唖然とした。
「……シド、スゲェ量だな」
「いやぁ……ハハハ……思ったよりありましたね……」
野菜を挟んだミニサンドウィッチやベーコンとほうれん草のキッシュもあれば、オレンジマーマレードとクリームチーズを乗せたクラッカーや小ぶりの手作りクロワッサンまでもある豊富な軽食類。
さらには艶やかなマカロンやバター薫るマドレーヌなどの焼き菓子に、甘い香り漂うシュークリームに色鮮やかなフルーツタルトなどの生菓子。
極めつけはチョコレートやレアチーズなど、全て種類が違う10個のミニケーキだ。
所狭しとお皿が並ぶ様は、まるでパーティでも開いたかのようなメニューの多さである。
「……ビックリっスね」
「はい……」
女の子の夢とも言えるであろう魅惑的な光景に、ノアとモニカの二人も少し戸惑い気味だ。
それもそうであろう。
もしこれと同じメニューがどこかの高級ホテルのラウンジとかで供されたのであれば手を叩いて喜んでいたのだろうが、ここは独身男性のリビングだ。不釣り合い極まりない上に、なぜ出てくるという疑問が先にくる。
二人はシドを手伝ってこれらのお皿を運んでいたのだが、最初の一品二品は驚きこそすれ不審には思わなかった。
が、それが七品八品となれば「まだ出てくるのか」という気持ちにもなる。
また、なぜか冷蔵庫からお菓子を出していたシドの顔が引き攣っていたので、なおのこと怪しく感じてしまう。
「なんか食べるのがもったいないっスね」
「わかります。こんなに手の込んだお菓子ばかりで……シドさん、これはお店で買ってきたんですか?」
「えっ!? ああ……いや、まあ……そんな感じですかね?」
そしてこれだ。
買ったなら買ったと言えばいいのに、シドはあやふやに言葉を濁す。
モニカは女の勘が囁くのを感じた。
「――もしかして、誰かに作ってもらった……とかですか?」
ビクッ、とシドの肩が跳ねる。ビンゴだ。
「実は……はい、そうなんです。知人に、ちょっと摘めるものをと頼んだのですが、張り切って作っちゃったみたいで……」
目を泳がせながら話すシドに、モニカは女の影を見た気がした。
「そう……でしたか。お気遣いいただきありがとうございます」
「いえいえ」
――もしかして彼女さんですか?
そう聞けば一発でわかるのだろうが、悔しいし怖いしでその一言が出てこない。
何より失恋が確定したら、シドの家からお暇するまで笑顔を取り繕い続ける自信が無いのだ。
ノアも察したのだろう。呆然とした表情を浮かべていた。
その後、小1時間ほどお茶をしたのだが、この疑念が頭にチラつき、どこかぎこちない会話になってしまった。
料理やお菓子も美味しかったはずなのに、顔も知らない女性に牽制されているような気がして食が進まず、味の記憶もおぼろげである。
ノアとモニカの二人は、帰りの挨拶をした時ですら心ここにあらずであった。
◇◇◇
「「はぁ……」」
「どうしたよ、二人してそんなため息ついて?」
シドのマンションからの帰り道。
人目を憚ることなく大きなため息をつくノアとモニカに、フジタが不思議そうに尋ねる。
彼は娘へのお土産であるシドのサイン色紙を大事そうに抱えてご機嫌だ。どうも6歳になる彼の娘がシドのファンらしく、ねだられたらしい。
色紙にはキチンと「ウィルマ・フジタちゃんへ」と書いてある。なお、父フジタの名前はアレックスだったりする。
今日、彼がついてきたのは、実はほぼほぼこれが目的である。
そんな彼をノアは、人の気も知らないでとジトッとした目で見上げた。
「だってフジタさん、先生に彼女さんがいるっぽいんスよ。そりゃため息の一つもつきたくなるっスよ」
「ん? あんな女っ気の無いやつに彼女? そんな話出たか?」
意味がわからんと首を傾げるフジタに、ノアとモニカは食ってかかった。
「あの料理とかお菓子とか、人に作ってもらったとか言ってたじゃないっスか! 知人って誤魔化してたっスけど、絶対彼女さんっスよ!」
「そうです! お部屋も綺麗でしたし、独身の男性のお住まいにしては整いすぎています」
モニカの意見はやや偏見が入っているような気もするが、隅にホコリが溜まっていた少し前までのシドの家の様子を思えば否定もできない。
実際、物も乱雑に置かれていたのだ。
だがフジタは大きく首を横に振った。
「どうせケータリングとかハウスクリーニングでも頼んだんだろ? 二人が来るからって張り切りすぎたのが恥ずかしくて誤魔化してんだよ、アイツは。俺のバカな弟も大昔におんなじ事してたぜ」
「へっ? ケータリングですか?」
「おう、そうだ」
女の勘には反するのだが、フジタが自信満々に言うのでそうかなと思ってしまう。
何よりフジタの弟が同じことをしたというのが真実味を深めていた。
フジタは更に根拠となる点を伝える。
「だいたい、家に上げて掃除やらなにやらやってもらえるだけの関係の彼女がいるにしては、食器の数とか洗面所やベッドの様子とかに気配が無さすぎるだろ。どう見ても男の一人暮らしの部屋だ、あれは」
既婚者のフジタ曰く、本当に親しい女性が出入りしている部屋なら、隠しきれない点が出てくるらしい。
ましてや、彼女たちが心の中で疑っているような料理上手をアピールしてマウントを取ろうとしてくる女性であれば、そこら辺はむしろ見せつけてくるであろう。
実際は、そもそも彼女が肉体というものを持たないので、その点を失念していただけなのであるが……。
「ということは……!」
「ああ。シドは今フリーだろうよ」
「「――ッ!!」」
フジタの推理が確たる根拠に基づいたものであるかと問われれば決してそうではないのであるが、それでも彼女たちにしてみれば縋りたくなるような説得力はあった。
成就する確率が少しでもあるならそれに賭けるのが乙女だ。
彼女たちの瞳に希望の色が輝く。
「まっ、俺はどっちの味方もしねえけどよ、せいぜい頑張んな、嬢ちゃんたち」
「「はいっ!」」
フジタの適当な推理により、二人の女性が再び恋に燃え始める。
その事実を、ヌルい「匂わせ」をした程度で勝利を確信し、寝室の棚の中で人知れず胸を撫で下ろしているロナはまだ知らない。
戦闘機を駆れば一騎当千の彼女も、女の戦いに関してはまだ詰めが甘いようである。




