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第60話 ワークス家お宅訪問 前編

 〈レッドドラゴン海賊団〉事件から5日ほど経った、ある日の昼下がりのこと。

 その日は珍しくシドの自宅に客が来る予定があった。

 準備を整えて待っていると、約束の時間バッチリにピンポンとインターホンが鳴る。


「おっ、来たか。はいはいっと」


 シドがインターホンの所まで行き画面を見ると、そこにはマンションのエントランス入口に立つ男女3人組の姿が映っていた。

 来たのは傭兵仲間のノアとフジタ、そしてギルド受付嬢のモニカの3人だ。

 シドの住むマンションはそこそこセキュリティがしっかりしているので、建物内に入るには入居者の開錠が必要となっている。

 来訪者は入口にある機械に部屋番号を入力してインターホンで呼び出し、そこの住人に入場許可を貰う形だ。

 3人の一番前に立っていたノアが顔を近づけてカメラを覗き込み、早く中に入れてほしいと催促してきた。


『先生、着いたっスよー。開けてくださーい』


 ノアの格好はボーダー柄をしたグリーンのロンTに裾の広いルーズフィットのデニムパンツ。足元はスニーカーで、肩にはショルダーポーチを斜めがけにしている。

 小柄でショートカットの彼女によく似合う、活発さと可愛らしさを合わせたコーデだ。

 薄く化粧もしていて、いつもより僅かに瞳がぱっちりとして見える。

 きっと彼女を見て腕利きの傭兵という血生臭い職業と結びつけられる者はいないだろう。


「わかった、今開ける」


 シドはインターホンを操作し、入口の自動ドアをオープンする。


『ありがとうございまーす』

「入って右側にエレベーターがあるので、それを使ってください」

『はいっスー』

 

 敬語なのは後ろにモニカとフジタがいるからだ。

 3人がマンション内に入っていったのを確認し、シドはインターホンを切った。

 そして同居者のロナに声をかける。


「さてと、みんな到着したけどロナはどうする?」

『コアチップ周辺だけ切り離してシドの部屋の引き出しの中にでも隠れてます』

「わかった」


 目線を下げたシドが話しかけるその先には、輝くような美少女がいた。……ただし体長80cmのだ。

 オークションで競り落としたメタモルシェルと合体し、大きくなったロナである。

 ただ、大きくなったと言っても体長80cmは人間だと赤ちゃんサイズだ。彼女の容姿もそれに合わせて嬰児(みどりご)のような幼さがある4頭身の姿にしてある。

 別に7頭身だろうが8頭身だろうが成れるのだが、どんな美女の姿をとっても小人にしか見えず、違和感があるのでこのようにしているのだ。

 肩まで届くサラサラの黄金色(こがねいろ)の髪に、大人びた切れ長の目。幼なくとも将来の美貌を予感させるような整った顔立ち。

 容姿は赤子だが、シドを見上げるその表情には、成熟した女性にしか出せない色気がある。

 手足も本物にしか見えないプニプニの肌具合だ。これに容易く成れるのだというから、世の女性陣からすれば羨ましい話であろう。

 メタモルシェルをフリルの付いたベージュのサロペットとフワフワのスリッパに擬態させ、オシャレに着飾っている。

 本物の洋服ではないのは、さすがにシドの名前で本物の幼児服を購入するのは気が引けたようだ。


『余ったメタモルシェルはその場に放置しておきます。遊ぶなら持っていっていいですよ』

「おう。そん時は借りるわ」

『因みに、全質量を使ってドレスを着たクマのぬいぐるみに擬態することも考えましたが、もしかしてそっちの方が良かったですか?』

「……やめてくれ、変な誤解をされるだろ」

『ふふっ、それも面白いかもですね』


 ロナは笑いながらペタペタとスリッパを鳴らしてシドの私室に入っていく。シドとしてはクマちゃんでないことを祈るばかりである。

 その背中を見送り、シドは一人首を傾げた。会話していて感じていたのだが、彼女の機嫌が妙に良かったのだ。


(にしても上機嫌だったな。戦闘中に勝ちを確信した時と同じような雰囲気を出してたけど、どうしたんだろ? 嫉妬深いロナが女性が家に来ることを喜ぶわけないし……)


 パートナーになってそれなりに経つのでシドでもこのくらいは察せられる。

 ノアやモニカが家に来るなど普段の嫉妬心が強い彼女なら嫌がりそうなものだ。

 不思議がるシドだが、玄関のチャイムが鳴ったので考えを打ち切り、ノアたちを出迎えることにするのだった。


 ◇◇◇


「こんちわっス!」

「お邪魔します、シドさん」

「おう、来たぜ」


 シドが玄関扉を開けると3人がそれぞれ挨拶を口にした。

 フジタは黒のパーカーにジーパンと普段着丸出しだが、ノアと同じくモニカは少し気合いの入った服装をしている。

 薄黄色のロングワンピースに幅広の帽子を合わせた初夏らしい涼しげな組み合わせだ。美人でスタイルの良いモニカによく似合っている。

 首には猫をモチーフにした可愛らしいネックレスを下げ、手には同じく猫をモチーフにしたチャームをつけた生成り色のトートバックを持っている。

 足元は水色のサンダルを履いていて、チラリと見える白い素肌が眩しい。

 おっとりしたモニカの雰囲気と相まって、まるで良いとこのお嬢様のような装いだ。


「いらっしゃい。ささっ、どうぞ入ってください」


 シドは、モニカのいつもの仕事用の服装とは違う外行きの格好に見惚れるのもそこそこに、彼女らを部屋の中へと招き入れた。


「スリッパ使ってください」

「ありがとうございます。お借りします」


 この時代、家に入る時に客は玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えるのは世界共通のマナーとなっている。

 シドもこの日の為に無難なデザインの来客用のスリッパを買い揃えてある。


「へぇ〜、ここが先生のお家っスか〜。ビックリするくらい片付いているっスね」


 リビングルームに入るなりノアが開口一番でそう言った。男の一人暮らしと聞いていたからもっと散らかっている想像をしていたのかもしれない。

 意外そうにキョロキョロと部屋を見回している。ちょっと無遠慮な仕草だ。

 

「そりゃお客さんが来るんだから片付けくらいするだろ」

「それもそうっスね」


 呆れたようにシドが言うと、ノアも素直に納得する。

 が、話がややこしくなるので言わないが、実は最近はいつも整頓されていたりする。

 サイズアップしたロナが積極的に家事をやろうとするようになったので、住環境が劇的に改善されたのだ。


「でもすごいです。床もピカピカで。シドさんがお掃除されたんですか?」

「えっ? あー……いや、まあハハハ……」


 だからこういう風に聞かれるとシドは困ってしまう。

 自分がやったと嘘をつくのもロナに悪い気がして、とりあえず曖昧に笑って誤魔化した。


「ん〜? なんか怪しいっスね。先生、何か隠し事でも……?」

「ないない! ほら、床とかそんなことより、俺の部屋を見に来たんだろ? 案内するから」


 工作員に不審そうな目を向けられたが、シドは強引に話題を逸らした。

 そもそも今日彼女たちがこの家に来たのは、ノアが彼のゲーム機器や配信機材を見たいと言い出したからだ。

 自分もゲームをするから、プロのゲーム環境に興味があるとのことだが、年頃の女性が一人で異性の、しかも明確に好意を示している相手の部屋に入り込もうとしているのだ。まあ、そういう意図というか下心があるのだろう。積極的なことである。

 その話をギルドでしていたら丁度モニカが通りかかり、抜け駆けは許さないとばかりに、私も行きたいと言い出したのだ。これ以上ノアに外堀は埋めさせないつもりらしい。

 なお、その時点ではシドは二人にどう断るかしか考えてなかった。

 ロナのこともあるし、なにより若い女性二人が一人暮らしの男の部屋に来るなど、彼女たちの外聞に傷がつくと思ってしまったのだ。

 ここら辺はお堅い父親の影響であろう。若さに似合わない感覚である。

 なので二人にその旨を遠回しに伝えて一度は断ったのだが、さらにそこにフジタが通りかかり、「じゃあ俺も行くわ。なら良いだろ?」と言ったことで話は変わった。

 フジタも来るならシドも(ロナのことはともかく)断る理由が無いので、今日の訪問になったのだ。


「荷物とかはイスの上とか好きな場所に置いてくれて全然構わないんで」

「おう、ありがとよ。――おっと、そうだ! シド、これ手土産だ。冷蔵庫にでも突っ込んでおいてくれ」


 フジタがビニール袋ごと差し出したのは紙箱入りのワインだった。

 シドはお酒に詳しくないので値段とかわからないが、ビニール袋がコロニーにある百貨店のものだったので、安いものではなさそうだ。

 それを見てモニカとノアの二人も持参した手土産をシドに渡した。


「私はケーキを持ってきました。私が作ったものなのでお口に合うかわかりませんですが、よかったら食べてください」

「自分は(店売りの)クッキーっス。常温で大丈夫なやつなんで、テーブルに置いておくっスね」

「あっ、これは皆さんご丁寧にありがとうございます」


 シドはぺこぺこと頭を下げてワインとケーキを受け取る。

 それらを冷蔵庫にしまい、改めて彼女たちを仕事部屋兼寝室である自分の部屋に招き入れるのであった。

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