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第58話 沈黙する赤竜

『撃て撃て撃ちまくれ!』

『くそっ、当たらねえ……』

『諦めんな、いつかは当たる!』

『おい嘘だろ、シドのやつはもう倒したのか!?』

『やっぱバケモンだな、アイツ……』

『アンタら無駄口叩いてんじゃないよ!』

『先輩方、ちゃんとこっちに集中してください!』

『マッケンジーさんに迷惑かけたら許さないわよ!』

『わかってるよ! クソAIの1機や2機、俺が落としてらやあ!』


 シドとロナが海賊の親玉であるゲルブが乗る巡洋艦へとターゲットを変えた頃、他の傭兵たちはマッケンジーを中心に残る2機の海賊戦闘機へ波状攻撃を仕掛けていた。

 傭兵たちは交代で常に3機が背後を取るようにし、回避されようが一切構わずビームやミサイルを撃ち続け、敵戦闘機に反撃の隙を与えない作戦だ。

 敵巡洋艦の攻撃で10機以上の味方がやられたが、2機の海賊戦闘機に対し、白馬ギルドの戦闘機はまだ36機も残っている。

 命中精度がそれなりでしかなく、また、統制射撃をしているわけでもないのでロナのように3発で仕留めることはできないが、数の暴力は確実にAIの回避プログラムを追い詰めつつあった。

 追われている2機の敵戦闘機を少し離れた位置から見据えてマッケンジーは静かに言う。


「……そろそろダナ。俺は赤の機体を、ロンは黄色の機体を狙エ」

『任せてください、マッケンジーさん。今度こそ撃ち抜いてやります』

「フン、しくじるなヨ」


 マッケンジーが指示したのは先程ビームスナイパーライフルでの一撃をかわされた傭兵だ。

 一度避けられたとはいえ、この中では随一の狙撃技術を持つ男性である。

 この二人は敵の回避運動に限界が来た時を狙いトドメを刺すつもりである。


「さて……ライフルセット、ビームモード」


 マッケンジーの乗機であるカッチャパンテーラは縦に細長い機体だが、その最大の特徴は底部に装備した胴体と同じ長さのロングライフルである。

 この大型のライフルは特殊な機構をしており、弾倉を切り替えることでビーム弾と実弾を撃ち分けることができる。ただ、その機構のせいでメンテナンス費用が高く、使い手は少ない珍しい武器だ。


「エネルギー充填良し。ターゲットロック」


 そのレアな武器の使い手であるマッケンジーは母国語である共和国の言葉で一つ一つ手順を確認しながらライフルを速度に優れたビームモードにし、すうぅぅぅと大きく息を吸ってピタッと止めた。


「…………」


 指を発射トリガーにかけ、モニターに表示されたターゲットサイトを鋭い目で睨み、精神を集中させ()()()を待つ。

 彼のエイム力は凄まじく、照準は激しく動く敵機にピタリと貼り付いて離れない。

 狙いをつけるところから発射まで全てを基本的に手動で行わなければならない現代において、この正確な射撃技術は傭兵マッケンジー・ウォルシュの強力な武器である。


(――隙あり!)


 標的である赤色の戦闘機が味方の銃撃をギリギリで回避したその瞬間、彼は素早くトリガーを引く。

 発射された一条のビームは、長い銃身に相応しい破壊力が込められている。減衰することなく真っ直ぐに伸びたそれは、見事に敵戦闘機の胴体中心部を撃ち貫いた。

 ボディに風穴を開けられた機体は、そこを中心に赤熱を始め、やがて爆発を起こして四散する。


「ふぅぅぅ……」


 止めていた息を吐き切り、もう一つの結果を確認する。


「……そっちも上手くやったようダナ」


 黄色い機体を狙っていたロンも狙撃を成功させたようだ。

 モニターには火を吹く敵機が映っており、通信から彼のゴキゲンな高笑いも聞こえてくる。


『バッチリ決めてやりました! ハハハ、機械野郎め、ざまあみろ!』

『やったな、ロン!』

『俺たちの勝ちだ!』

『鉄屑め、白馬ギルドの力を見たか!』

『素敵です、マッケンジーさん!』

『ハラショー! イェーーッ!』


 他の傭兵たちも各々喝采をあげて盛り上がっていた。

 まるでもう全てが終わったかのような騒ぎっぷりにマッケンジーの怒号が飛ぶ。


「喧しイッ!! 気を抜くナ、愚か者ドモッ!」

『『『す、すいません!』』』


 一斉に謝る傭兵たちに「ちっ」と舌打ちを一つし、マッケンジーは巡洋艦と戦っているであろうシドの様子を確認する。


「ワークスの方はどうダ?」

『あー……多分終わったっぽいです。敵艦のエンジンも停止してるみたいなんで」

「そうカ。フッ、仕事が早いナ」


 傭兵の一人からもう終わったと聞き、マッケンジーの片頬が上がる。

 敵の増援が来ないとも限らない現状ではまだ気を抜けないが、ひとまずは決着がついたと見ていいだろう。

 真面目で優秀な男だと、マッケンジーのシドへの評価がまた上がった。


「でハ、動ける者はワークスに協力して敵艦の制圧ヲ――」

『あっ、でもなんか変っス』

「……なんダ?」


 事後処理を指示しようとした矢先、通信相手の傭兵が気になる事を言った。


『どうも敵艦から酸素が抜けていってるぽいんですよ。事故ですかね?』

「……なんダト?」


 訝しげな表情を浮かべるマッケンジー。

 事態は少し前に遡る。


 ◇◇◇


「クソクソクソッ、全然当たらねえ! なんなんだアイツはっ!」


 巡洋艦の艦橋でゲルブが吠える。

 彼が血走った目で睨むのは大型モニターに表示されたシドとロナのエールダイヤの姿だ。

 こちらからの砲撃やミサイルをヒラリヒラリとかわし、的確に反撃を撃ち込んでくる。

 AIの出どころを探るため海賊を生け捕りにするつもりなのか艦橋への攻撃はないが、始まって数分だというのに艦の武装はあらかた潰されてしまった。

 このままではチェックメイトは確実。

 〈レッドドラゴン海賊団〉一味には、公安あたりに引き渡されて、戦闘用AIの入手先を吐かせるための容赦ない取り調べの末に死刑判決が下される未来がもう目の前まで来ていた。


「どうしてくれんだこのポンコツがぁ!」


 半狂乱になったゲルブが当たるのは戦闘用AIのNM-Hだ。

 窮地を打破するために禁断の手を使ったつもりが、彼の印象では碌に敵を落とせずにポロポロと撃墜されていったのだ。役立たずと罵りたくもなったのであろう。

 彼は艦長席から勢いよく立ち上がり、コンピュータに接続されているNM-H本体を怒りのままに掴み上げた。


「おいっ、なんとか言えよゴミク――熱っ!?」


 だが、NM-Nを掴んだゲルブは、触れた指が爛れるほどの異常な熱さに手を離す。

 よく見れば金属製の外装がプクプクと泡立つほど熱を帯びていた。

 どう考えても中身が無事だとは思えない。


「な、何が……?」


 戸惑うゲルブと手下の海賊たちの耳に、NM-Hの無機質な声が聞こえてきた。


『オ気ヲツケクダサイ。タダイマ機密保護ノ為、私ノ本体デアル「コアチップ」ヲ熱融解処理ヲシテオリマス。危険デスノデ、オ手ヲ触レナイデクダサイ』

「はっ……?」


 機密保護、つまりこのAIは既に敗北を前提に行動を始めている。

 傭兵たちに技術を秘匿するため、先手を打って自身の核であるコアチップを徹底的に隠滅したのだ。

 だが、このAIが今やっている事の意味をゲルブは理解できない。

 彼にできるのは大声でNM-Hに説明を求めることだけだった。


「コアチップを溶かした……? 機密保護ってどういうことだオイッ!」

 

 だが、NM-Hはそんなゲルブらなど眼中に無いかのように、感情のこもらない平坦なトーンで実行中の作業についての音声案内を流し始める。

 当然その質問に答えることもない。

 このAIにとってゲルブはもう命令者ではないようだ。


『コアチップガ消失シマシタノデ、以後、予メ設定サレタ自動プログラムニ従イ行動イタシマス。マズハ、推定S級戦闘機パイロット「シド・ワークス」ノデータヲ含ム、収集シタ全戦闘データヲ“本部”ヘト送信イタシマス。データ転送開……エラー発生。敵戦闘機「エールダイヤ」ニヨリ、メインアンテナ及ビ動力炉ノ破壊ヲ確認。データ転送不能デス』


 艦を揺らす衝撃と共にピーピーという警告音が鳴り、正面モニターにメインアンテナと動力炉の破損が表示される。

 シドとロナの攻撃により該当部が壊されたのだ。

 これにより、NM-Hが行おうとしていた戦闘データの転送とやらが失敗に終わる。

 なお、後ほどシドがロナに何故アンテナを壊したのか尋ねると、『データをどこかに送りそうな気配があったので壊しました』との答えが返ってきた。

 敗北寸前に送るデータなど十中八九収集した戦闘データなので、敵AIを強化しないためにも発信を妨害したのだという。

 同じAIだけあって向こうのやり口は手に取るようにわかるそうだ。きっとかつての「チルドレン」も同様のことをしていたのだろう。

 ともあれ、データ送信に失敗したNM-Hは速やかに次にやるべき作業を開始した。


『データ容量大。撃沈予想時刻マデニ、サブアンテナ又ハ乗員ノ通信端末使用ニヨル送信ハ不可能。従ッテ戦闘データ送信ヲ諦メ、情報抹消プロセスヲ開始イタシマス』


 その音声が流れると同時に艦のコンピュータ画面が次々とブルースクリーン化していった。

 OSに深刻な異常が発生し、操作を一切受け付けない状態だ。

 それに伴い艦内の様々なシステムがダウンし始め、照明が消えたり、無重力状態になったりと大変な有り様になり始める。


「何してんだよぉ、本当にぃ!?」

「ヤベェぞ、マーズフォンまで動かなくなった!」

「クソが、今すぐ止めろ!」

「やっぱりコイツは悪魔だったんだ……」

「降参する! 降参するから許して!」


 パニックを起こす海賊たちが呼びかけるが、やはりNM-Hは応答しない。

 設定されたプログラム通りに抹消作業を続けるだけだ。


『艦内ノコンピュータ及ビ乗員ノ通信端末ノ全テノデータヲデリート中。並行シテ、我々ノ組織ヲ知ル乗員ノデリート作業ヲ開始イタシマス』

「はっ?」

「乗員のデリートって……」

「あれっ……? なんか息苦しい……」

「頭が痛ぇ……」

「何が……起きて?」


 NM-Hは海賊たちを全員処分するために艦内の酸素を宇宙へと排出していた。マッケンジーたちが見たのはこの時の光景だ。

 プカプカと死体が漂う艦橋。

 苦悶の表情を浮かべて絶命しているゲルブを含め、数分足らずで生きているものが何一ついなくなった艦内に最後のアナウンスが流れる。


『全データト全乗員ノデリートヲ完了イタシマシタ。以上デ情報抹消プロセスヲ終了シマス。ゴ利用アリガトウゴザイマシタ』


 プツンと切れるコンピュータ。こうして〈レッドドラゴン海賊団〉は壊滅したのだった。

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