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第109話 伝達式祝賀会 後編

 多くの招待客は、一瞬ホールが光り輝いたのだと錯覚した。

 会場に入ってきたのはSランク陸戦兵(レンジャー)クラウディア・リナ・エスパーダ。

 この場の装いに相応しいドレス姿での登場である。

 元より並外れた美貌の持ち主であるが、大胆に肩を出したオフショルダーのドレスを身に纏ったその姿は、絵にも描けぬほどの美しさだ。

 スラリと引き締まったスタイルの良い身体を包むドレスの色は淡い水色。

 特徴的なホワイトシルバーの髪はハーフアップヘアに結われ、耳元には大粒の真珠のイヤリング。

 両手にはドレスと同色のグローブがはめられ、胸元には一粒のダイヤモンドのネックレスが輝いていた。

 美しさでパーティーの主役が決まるなら、彼女は間違いなく満場一致で選ばれるだろう。

 今の彼女であれば眼差し一つで世の男性陣を恋に落とせそうである。

 シドも思わず心を奪われそうになったが、右腕がキュッと締められたので正気に戻ることができた。


「イテテ……ロナ、やめてくれ……」


 右腕を服の上から摩りながら小声で呼びかけると締め付けが緩む。

 ……しかし、シドと目が合ったクラウディアがパチリとウインクをしてきたため、再びキュッと締められることになる。ドキンと心臓が跳ねたことがバレたのだ。

 感嘆と驚愕。そしてシドが悲鳴を押し殺している声。様々なざわめきが起きている会場を、クラウディアは颯爽と歩む。

 クラウディアはまずターキム侯爵の元へと挨拶に伺い、続けてシャモニー子爵一家の所へ。その次にシドの前にやってきた。


「この度はおめでとうワークス殿。開式に間に合わず申し訳ない。移動に少々時間がかかってしまった」


 そう言ってニコリと微笑むクラウディア。

 惑星ミュコーで「次に会った時は私のことは名前で呼んでくれ」と言い、シドのことを名前で呼んでいた彼女だが、さすがにこの場で「シド」と呼ぶつもりは無いらしい。

 シドは内心のドキドキを痛みで抑えながら、営業スマイル全開で気にしなくていいと返事をする。


「お気になさらないでください、エスパーダ殿。本日はお越しいただき、ありがとうございます」


 さて、ここでシドは次の一言を発するか非常に悩んだ。

 この手のパーティーでは、女性と会話する際に相手のドレスを褒めるのが王国のマナーである。

 事実、さきほど会話したご婦人方のドレスもしっかりと褒めている。

 しかしそうした場合に自分の右腕は無事なのか? それが問題だ。

 だが言わないのはクラウディアに失礼だと思い、ロナに「慣例なんだから許せ」と念を送ってから口を開いた。


「素敵なドレス姿ですね。とてもよくお似合いです」


 わかりやすく定型文にしたのが功を奏したのか、締め付けは強くならなかった。

 ……緩んでもいないが、おかげで鼻の下が伸びないので助かっている部分もあったりする。


「ありがとう。実は久しぶりに袖を通したのだ。いちおう私も貴族令嬢の端くれとして『ドレスは着慣れない』と言うつもりはないが、やはり落ち着かないな。気を抜くとソワソワしてしまいそうだ」

「ははは、エスパーダ殿にも苦手なものがあったのですね」

「もちろんだとも。私だって人間だ」


 クラウディアは、名前に先祖名が入っているように、とある男爵家の出の貴族令嬢だ。

 実家の男爵家は、領地は無いが、王家への武芸指南役として禄を食んでいる、いわゆる法衣貴族である。

 幼い頃に当主である父親が殺害されたため一時その男爵家はお取り潰し寸前まで傾いていたが、彼女が家の名誉回復と再興資金調達をすべく成人と同時に傭兵の道へ入り、瞬く間にSランク傭兵へなったことで持ち直すことに成功。

 現在、家は彼女の弟が継いでいるのは有名な話だ。

 シドもドキュメンタリー番組で何度となく目にしている。


「これは失礼しました。テレビで様々なご活躍を拝見していたので、ずっと完璧超人のように思っておりました」

「テレビはすぐ誇張するからな。ワークス殿も身に覚えがあるだろう?」

「ええ、まあ……」


 思えばシドもさんざんに活躍や美談を盛られた記憶がある。

 誰かから見れば、シドも超人になっているのかもしれない。


「因みにだな……」


 クラウディアは不意にイタズラな笑みを浮かべたかと思うと、シドにだけ聞こえるよう小声で囁いた。


「実は足にホルスターを巻いていてな。その銃の重さで安心感を得ているのだ」

「えっ!?」


 そう言われると視線がついスカートの方を向いてしまう。

 外からは見えないが、レッグホルスターを巻いているクラウディアの生足を不意に想像してしまい、シドの耳が赤くなった。


「エスパーダ殿……」


 恥ずかしそうにシドが顔を上げると、彼女はしてやったりという顔をしていた。


「貼り付けた笑顔より、そちらの方が良い表情だぞ、ワークス殿」

「……それはどうもありがとうございます」

「ククッ、まあそう睨むな。私はこれで失礼するが、最後に伝えておくことがある」

「なんでしょう?」


 小首を傾げるシドの耳元に、クラウディアはそっと顔を近づける。

 内緒の話なのか、唇を読まれないよう取り出した扇子で口元を隠す念の入れようだ。

 ふわりと鼻腔をくすぐる香水の香りと、頬に触れる彼女の艶やかな髪にドギマギしながらも、シドは耳に意識を集中させた。

 吐息のくすぐったさを感じるほどの距離でクラウディアの美声が囁かれる。


「……シドは私以外のSランク傭兵に会ったことはないだろう?」


 コクリとシドは無言で頷く。

 シドが会ったことがあるのはクラウディアただ一人だ。

 そしてさりげなく名前呼びである。


「来月、シドがシャモニー子爵領本星の広報センターで航空ショーをやる話は聞いている。ちょうどその日、他の二人のスケジュールも空いていてな。さきほど子爵の了承も貰ったので、そこで顔合わせをしたいと思っているのだ」

「えっ!」


 王国傭兵ギルドに登録されているSランクはシドを含めて現在4名。

 残りは《夜霧》と《星座落とし》と呼ばれる二人である。

 なぜわざわざ軍の広報センターで、しかもイベントに合わせなのか?

 その点についてクラウディアはこう言った。


「本当はしかるべき場所を用意したいが、今シドが動くと必ずカメラが着いてくるだろう? あの二人は表に顔を出したがらなくてな。イベントで忙しいところ悪いが、一般人の出入りが多い方が紛れやすくて都合が良いのだ。すまないが合わせてやってほしい」


 他二名の事情によるものとの説明だ。

 シドも特に問題があるわけではないので「構いません」と返答した。

 クラウディアは「助かる」と一言安心したように言って身を離した。

 再度彼女の髪の毛が頬を流れてくすぐったい。

 誰の目から見ても明らかな内緒話に、周囲の注目をバッチリ集めてしまってはいたが、ここにいるのは多くが貴族階級の者たちだ。パーティー中の密談はよくあることと聞き耳を立てるような真似は誰もしていない。

 むしろ、自分も同じことをすることがあるのでお互い様と流している。


「ではなワークス殿、また会える日を楽しみにしているぞ」


 扇子を閉じ、花が咲いたような笑顔で別れを告げてくるクラウディア。

 どんな朴念仁の心をも撃ち抜くような破壊力だ。

 何度も言うようだが、ロナが加えてくる痛みがあって本当によかったとシドは思っている。

 これにより彼女の愛嬌ある仕草に心を奪われず、正気を保てているのだから。


「ロナ、ありがとうな……」


 分不相応な恋(シド自身の視点では)に身を焦がすことなく、ただの同業者として接することができたのも全てロナのおかげ。

 その思いから、クラウディアが離れた後ついシドはそう口走ってしまった。


『!?!?』


 瞬間、右腕に巻き付いたロナが理解できない不気味なセリフを聞いたとばかりに震えたのだった。

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