第108話 伝達式祝賀会 前編
ターキム侯爵が乾杯の音頭を取り祝賀会が始まると、案の定シドの周りにあっという間に人垣ができる。
多くは近隣の領主貴族だ。
伯爵クラスの領主はまずターキム侯爵とシャモニー子爵の元へと挨拶に行っているので、シドの周りにいるのは子爵男爵クラスの小領地の領主ばかりになる。
彼ら彼女らは王国貴族社会の中では軽輩ではあるが、シドにとっては「貴族」という括りで侯爵と同じ存在だ。当然、応対することによる精神的負担は大きい。
シドは失礼があってはいけないと恐怖しながら、群がってくる領主たちの話に耳を傾けた。
「ワークス殿、準男爵位授爵おめでとう。私はトウゥリ男爵領を治めているキリオ・チューザレ・ダレム・フォン・トウゥリである。近隣領地のよしみだ。仲良くしようではないか」
「いやめでたい! キミのような立派な若者がいれば王国の未来は安泰だ! しかし貴族社会は色々とわかりにくい事もある。マーズフォンの番号を教えておくから、困ったことがあれば遠慮なく子爵であるこの私を頼りなさい」
「あらまあ、テレビで見るよりイイ男ねぇ。彼女さんはいるのかしら? ウチにワークス殿と同い年の娘がいるのだけど、よかったら今度会ってみない?」
「ワークス様、私はイルハンブラ子爵家に家令として仕えている者でございます。主はどうしても外せない用事があり、不肖この私が代理として出席させていただきました。我が主イルハンブラ子爵は、ぜひシド様とよしみを結びたいと申しております」
にこやかな表情で握手を求めてくる貴族たちを、シドは営業スマイル全開で応対していく。
ただ挨拶に来て言祝ぐだけではない。彼ら貴族はなんとかしてシドと繋がりを持とうとしてくる。
あわよくば自領に引っ張り込めないかと画策する者もおり、シドは下手に言質を取られないよう気をつける必要があった。
(お茶のお誘いだけでもう5件目だぞ。ご領主様が「断る時は『しばらくは授爵式の準備が忙しいので』と言えばいいよ」と教えてくださったから今のところなんとかなってるけど……。父さんと母さんは大丈夫か?)
チラリと人と人の隙間から会場の端を見ると、両親もまた人に囲まれてペコペコと頭を下げていた。
両親の周りにいるのはシドも見覚えのある人物たちだ。
(あれは確かウチの領の大臣たち? ……父さん無理に飲まされなければいいけど……)
シドは酒に弱い父を心配する。
普段なら勧められてもキッパリと断れるだろうが、極度に緊張しているであろうこの場でも同じ振る舞いができるかはわからない。
母もこんなパーティーは初めてだろう。何かあったらとハラハラしてしまう。
「やあ、ワークス君。楽しんでいるかい?」
「あっ、これはご領主様!」
と、そこにこの子爵領の領主であるマウロ子爵がシドへと話しかけてきた。シドは思わずビシリと姿勢を正してしまう。
マウロ子爵は苦笑を浮かべ、
「まあまあ、そう畏まらないで。僕とキミの仲じゃないか」
と周りに聞こえるような声で言い、連れていた彼の家族たちを一歩前に進ませた。
子爵と同じく少しふくよかな体型をした40代半ば過ぎの女性が一人に、標準体型の成人女性と小学生男子が一人づつ。それぞれドレスと子供用のスーツをしっかりと着こなしている。
「改めて準男爵位授爵おめでとうワークス君。僕の家族を紹介させてくれ。妻のマルティナ、息子のロレンツォ、娘のルルカだ」
成人している娘より先に10歳の息子の名前を言ったということは、ロレンツォ少年が子爵家の家督を継ぐ者だという意味なのだろう。マンガで得た知識でシドはそう判断した。
紹介された3人がお辞儀をするのに合わせ、シドもまた頭を下げる。
「お会いできて光栄です。シド・ワークスと申します。両親ともども、ご領主家の皆様には常日頃から大変お世話になっております!」
自分の住んでいる場所の領主一家だ。さすがにシドもこの3人の顔と名前はテレビで観て知っている。
が、実際に目にするのは初めてだ。
領主様のご家族ということもあって、先程喋っていた貴族たち以上に腰を低くして挨拶をした。
「丁寧なご挨拶、恐れ入りま――」
「ワークス殿!」
顔を上げた子爵夫人が返事を言い切るより早く、ロレンツォ少年が素早く前に出て、シドの手を掴んできた。
「ぼ……私はロレンツォ・ルカ・アルジェントと申します! ワークス殿のご活躍はいつもテレビで拝見してます! 今日はお会いできて嬉しいです!」
キラキラした眼差しで自己紹介をするロレンツォ。その顔にはしっかりと「尊敬」の二文字が浮かび上がっている。どうもシドの大ファンのようだ。
年齢はちょうど9歳。
色鮮やかな茶髪を整髪剤で整え、子供用のスーツを着て大人びた装いだが。憧れのヒーローを前に顔を上気させ、ワクワクドキドキを隠しきれない様子でシドを見上げている。
「これロレンツォ、ワークス殿に失礼よ!」
子爵夫人は慌てて息子の肩を掴んでシドから引き離し、困ったような笑みを浮かべた。
「――ホホホ、お見苦しいところを失礼いたしました。まだまだ息子は幼くて、とんだ粗相を……」
「い、いえいえ、そんな! 御令息様にお見知りいただき恐悦至極です!」
よくわからない敬語を口走りながら、シドは何も問題ないとばかりに手と首をブンブン横に振る。
夫人が「いえ、こちらこそ」と言い、お互いに謝罪の応酬になりかけたところでマウロ子爵が間に入ってきた。
「いやすまんね、ワークス君。息子はキミの大ファンで、つい興奮してしまったようだ」
「ははは……」
「今日はキミも忙しいだろうからこれで失礼するが、良かったら今度遊んでやってくれたまえ」
「はいっ、喜んで! ……あっ、申し訳ございませんご領主様」
まだ他にも挨拶をしたい貴族がいるからと離れようとしたマウロ子爵をシドは呼び止める。
ちょうど彼の助けを借りたかったのだ。
「ん? なんだね?」
「ええとその……」
足を止めた子爵に、こんなことを頼んでいいのだろうかと恐縮しながらもシドは耳打ちをする。
「ウチの両親なのですが、慣れない場で疲れているみたいでして……。別室で休ませても大丈夫でしょうか?」
「ふむ……」
マウロ子爵はシドの両親がいる方へと目を向け様子を確認すると、コクリと小さく頷いた。
「もちろん構わないよ。無理はダメだ。――ルルカ、聞いていたね? ワークス殿のご両親を控え室にご案内して差し上げなさい」
「はい、お父様」
弟と同じ色鮮やかな茶髪の女性――子爵令嬢のルルカは優雅な礼をし、水色のドレスを翻して、しずしずと両親の所へと向かった。
てっきりホテルのスタッフにお願いするとばかり思っていたシドは恐縮しきりだ。
「そんな、お嬢様のお手を煩わすなんて……」
「ははは、構わないさ。あの子が行けば誰も止められないよ」
「ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして」
礼を伝えたシドにマウロ子爵は気にするなと手を振り、今度こそ子爵一家はこの場から離れた。
「では、ワークス君。来月の航空ショーの件は頼んだよ」
「ワークス殿、その時はぜひ我が家にまたお立ち寄りください! お話を聞かせて欲しいです!」
「この子ったら本当にもう……ワークス殿、重ね重ね失礼いたしました」
三者三様の表情で去っていくシャモニー子爵の3名。この後は別の貴族のところに挨拶に行くのだろう。彼らも忙しそうだ。
「さて、父さんたちは……」
シドが両親が向かっているであろう出入り口の方へと視線を向けたその時、会場がワッと騒めいた。
「な、なんだっ!?」
シドはビクッと肩を震わし、何が起きたのかを確かめるため視線を彷徨わせた。
恐怖や動揺の騒ぎ声ではない。歓声や驚きに近いものだ。
(あそこか。……誰か入ってきたのか?)
騒動の中心は今まさにシドが目線を向けようとしたその先、この会場の出入り口だった。
扉が開かれており、ちょうど外に出ようとしていた両親とルルカが驚いた顔で道を譲っているのが見えた。
入ってきたのは女性。それもとびきりの美女である。
誰かが見惚れたように言う声が聞こえてきた。
「クラウディア・リナ・エスパーダ様……まさかお越しになるとは……」
そう、入ってきたのはシドと同じSランク傭兵クラウディア・リナ・エスパーダだった。




