第107話 勅使来訪
(『テレビの前の皆様ご覧ください! たった今、白馬コロニーの宇宙港に到着した軍艦より、ヨハン3世陛下の勅使であらせられるターキム侯爵様が降りてこられました!』……てな感じのニュースがちょうどいま流れてんだろうなぁ……)
姿勢を良くしようと背筋を痛いほど伸ばし、現実逃避気味にそんなことを考えていたシドは、目の前の戦艦からエスカレーター式のタラップで降りてくるターキム侯爵を見上げた。
やけに背が高い御方だ。歳は50半ばを過ぎた頃か、彫りが深くてキリッとした俳優のような顔立ちだ。顔にやや小皺があるがそれが渋さとなっており、色気を増させている。
色鮮やかな金髪をオールバックにし、有爵者が着ることを許される大礼服を見事に着こなしている。スタイルも良く、若い頃はさぞ世の女性を魅了したであろう。
身分も高ければ家も裕福でオマケに顔も良いと、まるで恋愛ゲームの中に出てくるような貴族様である。
ターキム侯爵もシドが見ていることに気づいたのか、フレンドリーな笑顔を浮かべ右手をスッと上げてきた。
「――っ!」
ターキム侯爵から挨拶され、シドは反射的にバッと音がしそうな勢いで腰を90°近くまで曲げるようなお辞儀をしてしまう。
いささか過剰な反応だ。
隣りに並んでいたシャモニー子爵からは「もっと軽くでいいよ」と笑いながら注意されてしまった。
(うぅ……礼儀作法を習ったけど本番になるとやっぱ飛ぶな……)
額から羞恥の汗を流しながらシドは姿勢を戻した。事前に色々と指導を受けていたが、本番となると緊張で頭が真っ白になり、こうして細かくミスを重ねてしまう。
これなら先日の大会の決戦の方がよっぽど気が楽だった。
彼は今、白馬コロニーの宇宙港にて陛下の勅使であるターキム侯爵を出迎えている最中だ。
隣には領主であるシャモニー子爵とその夫人。他には多数の警備員と、軍関係者。コロニー行政の長である市長や、このコロニーの防衛艦隊の司令官であるタック准将の姿もあった。
各報道局のカメラもズラリと並んでいて、世間の注目度の高さが伺える。つまり今のシドの大袈裟なお辞儀もバッチリ映像に収められているということである。
タラップを降り切ったターキム侯爵が床に敷かれたレッドカーペットを踏みながらこちらへ近づいてくる。
シャモニー子爵が前へ進み出てにこやかな笑顔で握手を求めた。こちらも大礼服だ。侯爵と並ぶと体型に差があるが、こちらはこちらで自然に着こなしている。
「ようこそおいでくださいました。勅使殿のご来訪を心より歓迎いたします」
「ありがとう、シャモニー子爵殿。貴公の歓迎を嬉しく思う」
ターキム侯爵は差し出された手をがっしりと握り返し、ニカッと白い歯を輝かせて笑顔を見せた。
近くで見ると本当に高身長だ。シドよりも20cmは背が高く、適度に筋肉が付いていそうだ。もしかしたら若い頃はスポーツマンだったのかもしれない。
チラリとシャモニー子爵がシドに目配せをした。ここが侯爵に挨拶をすべきタイミングらしい。
シドはガチガチに緊張しながらもなんとか歩を進め、子爵の隣りに立つと、胸に手を当て静かに小腰を屈めた。
「お初お目にかかります、ターキム侯爵様。私は傭兵ギルド白馬コロニー支部所属Sランク戦闘機乗りのシド・ワークスと申します。お目にかかれて光栄でございます」
シドは頭を垂れたまま、何度も頭の中で練習した口上を述べる。
つっかえることなく言い切れたのでまずは一安心だ。
侯爵の反応も好意的である。
「ターキム侯爵家当主ヘンリー・ヴェルズ・コール・フォン・ターキムだ。シド・ワークス殿、キミには先のメイヌース会戦で我が軍が世話になった。ずっと礼を伝えなければと思っていたのだ」
侯爵は親しげにシドの肩に手を置いて頭を上げさせると、反対の手で力強く彼の手を握りしめ、周囲に友好をアピールするかのように何度も振った。
「ありがとう。キミの活躍のおかげで我が軍は快勝。面目を保てた。心より感謝している」
パシャパシャとカメラのシャッター音が喧しいほど聞こえてくる。
シドは、ターキム侯爵が自分にどうして欲しいのかを何となく察した。
きっとここで笑顔を作らねば侯爵に恥をかかせることになるのだろう。そう思い、シドはいつも取材を受ける時のようなスマイルを浮かべた。
「過分なお言葉を賜り、誠にありがとうございます。ですがあの会戦の折は、私の方こそターキム侯爵軍の皆様に助けられました。危うい場面を救われたことも一度や二度ではありません。どうかあの素晴らしい将兵の皆様に御礼申し上げさせてください」
シャッター音が一層強まった気がする。侯爵も満足そうな雰囲気だ。
事実、侯爵の目的はシドとの友好を世間にアピールし、繋がりを強めることである。
侯爵家としても個人としてもシドに感謝しているのは本心であるし、好意的な態度に嘘はない。しかし、それと同時に大切なのはシドとの関係を築くことだ。
シド本人はイマイチ理解していないが、他者から見た彼は実力だけで貴族位を、つまりは国が率先して特権を与えて囲い込むほどの武功を個人で挙げた傑物である。これは他のSランク傭兵も同じ。全員が化け物揃いなのである。
その武力を味方にできるのであれば、マトモな貴族なら丁寧に接して当然であろう。
誰も単独で戦局を左右できるような連中とはことを構えたくないのである。
シャッター音がひとしきり落ち着いた頃合いでターキム侯爵はシドとの握手をほどき、大きく口を開いて歯を見せ、
「我が軍がワークス殿の力になれたというのなら重畳だ。あの時に指揮を取っていたモンス中将も今回同行している。あとでワークス殿の元に挨拶に行かせよう。その際に直接伝えてやってくれ。彼も喜ぶ」
と笑いながら言った。
シドは「はっ!」と返事をし、低頭をする。今度は適切な角度だ。
◇◇◇
その後、一同は車で白馬コロニアルホテルに移動。大ホールにて勅書の伝達式が行われた。
国歌が斉唱されたあと、ヨハン3世の肖像が掲げられた壇上の中央に立ち、王の代理として勅書を読み上げるターキム侯爵。
シャモニー子爵以下全員が跪いてそれを聞いた。
内容は知っての通り、シドに名誉準男爵位を授けるというもの。そして、その授爵式の日にちはいついつなので登城せよというものだ。
これにてシドの貴族入り内定が正式に発布されたのである。
伝達式が終わったからといって解散ではない。
ホテルスタッフが手際よく会場を整え、記者会見が始まった。
時間いっぱいまで次々と投げかけられる質問を、シドは一つ一つ答えていく。
予めメディアとの取り決めがあったのか、質問はどれも当たり障りのないもので、シドも気楽に答えることができた。
そして記者会見が終わると、今度はホテルの大宴会場で祝賀会だ。
その様子はメディアへは完全非公開。王室の広報部だけが中に入り、後日ネットに上がるそうである。
「あー……疲れた……」
『シド、あと少しです。頑張ってください』
「へいへい、頑張りますよ」
この頃にはシドも結構な疲労を感じているが、主役なので顔を出さないわけにはいかない。
用意された控え室で一人になると、マーズフォンを介してロナとちょっと会話をする。
ロナはいつもと同じくシドの袖の中に隠れているが、さすがに公式の場で耳元にイヤホンをつけていられないので、こうした形にしているのだ。これなら不意に扉を開けられても一応は言い訳できるというわけである。
「今頃ホテルに招待客が到着しているのかな?」
『ええ、そのようですよ。テレビでも中継されていますからサイトを開いてみては?』
「んっ、そうする」
ロナに促され、シドはマーズフォンでネットのニュースサイトを開き、トップ画面に表示されている「シド・ワークス氏授爵伝達式祝賀会ライブ中継」の映像を見る。
そこにはホテルのエントランスの様子と、ゾロゾロと入ってくる招待客たちの姿が映っていた。
祝賀会へは、領内の有力者の他にも、近隣の領主も招待されている。
下は男爵から上は伯爵まで。
当主本人か、もしくは名代が必ず出席している。
これほどの面子が集まるのも、それだけ貴族が増えるということが一大事だからであり、シド・ワークスという存在が地域にとって無視できない存在だからである。
映像で見ても、いかにも上流階級の者ばかり。今から気後れしてしまいそうだ。
因みにシドの両親は伝達式の時点から参列しているので、とっくに会場入りをしていたりする。しかし、後から次々入ってくるのは偉い人ばかり。もしかしたら一番居場所がないのはこの二人かもしれない。
『始まったら挨拶の列ができそうですね』
「……ほっておいてほしいんだけど……」
『ほぼ全員がアナタと親交を結ぶために来ているのですよ。テーブルの下にでも隠れますか?』
「……検討しとく」
冗談を言っているうちに会場の準備が整ったらしく、ドアがノックされ、ホテルのスタッフが「どうぞ会場にお入りください」と告げてきた。
シドは「わかりました」と返事をし、胸元につけた勲章の位置を整え、ペットボトルの水を飲み干し、気合いを入れて控え室を出た。




