第106話 妬む者たち
――シド・ワークス氏、王国傭兵ギルドの新たなSランク傭兵に認定。
――ソリスティア王国紋章院が声明を発表。「国王陛下はシド・ワークス氏へと名誉準男爵位を授けると仰せになられた」。
――王室はシャモニー子爵領内白馬コロニーへ勅使の差遣を決定。勅使はメイヌース会戦にてワークス氏と肩を並べて戦ったターキム侯爵に。
これらのニュースが世界中に流れると、シドの生活は一変した。
凄腕の傭兵として活躍した時点でとっくに一変しているのだが、さらに輪をかけて変化したのだ。……悪い方に。
『シド、アナタの名前がネットの全宇宙トレンドワード1位ですよ。これは快挙です! チャンネル登録者数もうなぎのぼりですし、いっそ記念にライブ配信でもしませんか? 同時接続者数でも記録を狙えるかもしれませんよ』
リビングのテーブルの上でフリルだらけの洋服を着てビスクドールのような姿をとっているロナは、袖の下からメタモルシェルを変化させたケーブルを伸ばしてパソコンに接続し、楽しそうにネットサーフィンに勤しんでいた。
シドの名声は自分の名声とほぼ同義である。
世界中から注目を浴び、ロナはいたく満足そうだ。
が、注目の的である当の本人は目が回るような忙しさに追われていた。
「やってる暇ねえよ! それよりもこっちを手伝ってくれ! 仕事用のアドレスにメールが山ほどきてパンクしそうだ。ロナが適当に捌いてくれていいから、返信頼む!」
シドは悲鳴のような声でロナに助けを求めた。
現在彼の元には、各メディアからの取材依頼の問い合わせに、様々なイベントからのゲスト出演依頼、ブランドアンバサダーへの就任依頼、自伝執筆のお誘い等、その他多種多様な仕事の話が舞い込んできている。
因みに私用のマーズフォンについては腕から外してテーブルの上に放置してある。
友人連中からの祝福のメッセージはいいのだが、前々から増えてきた見知らぬ親戚が一気に3倍に増え、怪しげな勧誘の電話が数え切れないほどくるので嫌気がさしたのだ。
『仕方ありませんね。私の裁量で仕事を受けますので、文句は言わないでくださいよ?』
「わかってる。任せるよ」
ロナが了承すると、柄物のTシャツにジーパンというラフな格好をしたシドは、手に持っていたタブレット型の端末を彼女の前に置く。
ロナはパソコンに繋いでいる方とは反対側の袖からケーブルを出し、タブレットに接続。ネットサーフィンをしながらメール処理もするようだ。
タブレットの画面上では、次々と凄まじい速度で文章が入力されメールとして送付されていく様子が流れている。
この手の作業で人工知能に適うものはいないだろう。さすがの手際である。
「助かったぜ。これでこっちに集中できる」
ロナに返信を任せている間にシドがやろうとしているのは物件探しである。
それというのも、シドのSランク認定と準男爵位授爵決定のニュースが流れた翌日、マンションの管理会社から引っ越しをしてほしいとの連絡があったからだ。
曰く、「うちのマンションは一般市民向け住宅で、テロ対策等のセキュリティが万全ではなく、貴族様が住むには相応しい場所ではありません。諸々の防犯設備も整った高級住宅地へ住居を移した方が安全です」とのことだ。
要は、お貴族様が住んでいて何かあっても困るし、身分のある人物がこんな狭い部屋に住んでいるのも見ていてみっともないから、身分相応の場所へ引っ越ししてくださいと言いたいようだ。
この言い分はシドもわかる。
仮にどこかの男爵様が住宅地の一画にある庶民的な一軒家に住んでいると耳にしたら「貴族なのに豪邸に住んでないのか?」と普通に思うであろう。
だから管理会社の言い分もわかる。わかるが、ただでさえ忙しいのに引っ越しまでさせられるのは勘弁してほしかった。
「落ちぶれてならともかく、出世して家を失うことなんてあるんだな……」
予備のタブレットで不動産情報を見ながらシドはぼやいた。
白馬コロニーから移る気は今のところないので、コロニー内に設けられている24時間ガードマンが警備している特別居住区画にある富裕層向け住宅を調べているのだが、どれも無駄に建坪が広い気がして困ってしまう。
「実際は違うけど、世間的には一人暮らしだぞ俺は。こんな部屋数要らねえって。3LDKくらいのは無いのか?」
コロニー防衛艦隊司令官のタック准将や、企業の社長クラスが住んでいるらしいが掃除とか庭の手入れとかをどうしているのか不思議でならない。
悲しいかな庶民のシドには、人を雇うという発想が出てこないのだ。まあ、ロナがいるので雇うわけにはいかないのだが。
「……もったいないけど使う部屋を絞ればいいか?」
その結論に落ち着いたらしいシドは、ロナの方を向いて聞いてみた。
「ロナは新居になんか要望あるか?」
『シアタールームと広いウォークインクローゼットがあれば構いません。本当はサーバールームが欲しいところですが、建て売りではそれは無理でしょう。諦めます』
ロナからはその二つのようだ。特に難しい注文ではない。
シドは「わかった」と言って候補を絞り込んでいった。
価格はどこも億を超えているが、気にする必要がなくなったのは自分でも恐ろしく感じていたりする。
「あとは不動産会社に連絡だな。ロナの方はどうだ?」
『無理のない範囲で仕事を入れておきました。スケジュールはあとで送ります』
「サンキュー。……変なのは入れてないよな?」
『私が入れるわけがないでしょう。――アナタを称える銅像が市民公園に立つのでその除幕式に出席したり、私が最近観ているアニメのゲスト声優をちょっとやるくらいです』
「……マジか?」
『ええ、マジです。キャンセルはさせませんよ』
キッパリとした口調で言ってくるロナ。
シドは天を仰ぎたくなった。
『他に入れたのは、主に、断れない仕事ですね。例えば来月ですが、子爵軍からの依頼でシャモニー子爵領本星にある軍の広報センターで来場者向けに航空ショーを行うことになりました』
「ああ……それはやらないとだな」
その仕事に関しては文句はない。
シドはため息を一つ吐いて幸せを一つ逃がし、両手をグッと上にあげて伸びをして、不動産会社に電話をかけるべくマーズフォンに手を伸ばすのであった。
◇◇◇
「……ったく、どいつもこいつもシド・ワークス、シド・ワークスで面白くねえ」
酒瓶をテーブルに叩きつけるように置き、悪人面の男が不満を口にした。
着ている服は高そうなのだが、妙に派手で成金くさい。座り方もだらしなく、育ちは悪そうだ。
テレビに映るシドの顔を見て眉間に皺を寄せ、忌々しげに舌打ちをしている。
「そうですよね、お頭。あんなモヤシ野郎がでかいツラしてるのは世の中間違ってますよ」
男に同調するように言ったのは小柄な中年男性だ。小太りで背が低く、媚びへつらうような顔つきをしている。
いま彼らがいるのは、どこかの会社の事務所風の部屋である。
ただし、真っ当な会社ではなく、反社会的な空気が漂っていた。
「ああ、そうだ! お前の言う通りだ!」
“お頭”と呼ばれた男は大きく頷き、酒臭い息を吐きながら、
「正規ギルドの連中め、あんな若造まで担ぎ上げて調子に乗りやがって! ここいらで一つお灸を据えてやる必要があるな!」
と気炎を吐いた。
そうして男はマーズフォンを操作し、どこかへと連絡を取ろうとする。
「お頭……?」
部下らしき小太りの中年は首を傾げる。
すると男はニヤリと笑い、彼が思いついた名案を披露した。
「前々から業界の力を合わせて正規ギルドに一泡吹かせようって話はあったんだ。だったらあのガキはちょうどいい的だ。所詮は戦闘機に乗らないと何もできねえ雑魚野郎。ぶち殺して世間に俺ら闇ギルドの力ってやつを教えてやる」
それを聞いた部下は顔を青ざめさせた。
「シド・ワークスを殺す!? 本気ですかお頭ぁ!?」
「おう、本気だ! 〈ダダディール〉なんてチンケなギルドを潰したからって舐められてたまるか! ちょっと戦争で活躍してチヤホヤされているガキに、裏社会の恐ろしさを思い知らせてやるぜ! ハーハッハッハ!」
この男の名前はドメニコ・カロ。
ソリスティア王国の裏社会で幅を利かせている闇ギルド〈オルタ・グラス〉の首魁だ。
彼はこの後、付き合いのある複数の闇ギルドへと声をかけ、合同でシドの命を狙うことを決定。念のために腕利きの殺し屋を集め、暗殺のチャンスを伺うことにした。
シドを殺す動機は単純に嫉妬と酒の勢い。ただそれだけである。
それだけで彼らは人を殺せるのだ。
他人の命をなんとも思っていない無頼漢どもの魔の手がシドに迫ろうとする――が、
「……ふぅん、ワークス君の暗殺かぁ。馬鹿な事を考えるね。まったく身の程知らずには困ったもんだ」
その企みは、彼らが声高に誇った「裏」や「闇」、その最奥に巣食う人物にあっさりと看破されていた。




