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第105話 約束された称号

「――ってことがあったんですよ。その日はなんとかお帰りいただいたんですが、ポストがもうパンフレットでぎゅうぎゅうで」


 ちょっとした手続きのために傭兵ギルドをシドは、昨日あった営業マン集団殺到事件の話を他の傭兵たちにしていた。

 その胸に輝くのは金色のギルドバッジ。Aランク傭兵の証だ。

 すぐにSランクになるので本来は不必要なのだが、メイヌース会戦で活躍したのにBランクのままなのも不自然すぎてSランク昇格が世間にバレバレになるからと、ギルド本部から認定されたのだ。

 ギルド内ではバッジの着用が義務なので、こうして胸元に付けているというわけである。


「それハお前が悪いナ、ワークス」


 話を聞いていた内の一人、色黒で長身のマンバンヘアの男性が、外国訛りのある喋りでシドをバッサリと斬った。Bランク戦闘機乗り(ファイター)のマッケンジー・ウォルシュだ。

 シドもそれは自覚しているので、バツが悪そうに首の後ろを掻いた。


「そうですね。まさかちょっと『新しい機体に乗り換える』と言っただけであんな大騒ぎになるとは思っていなくて……。軽率な発言でした」

「……ワークス、やはりお前、なぜ各メーカーが必死になっテいるか理解していないナ」


 反省しているシドだが、マッケンジーは呆れたようにそう言うと、額に手を当てて顰めっ面で大きなため息をついた。

 (こと)はシドが考えているよりも大きいと言いたいらしい。


「えっと……」


 シドが困惑を顔に浮かべて周りを見ると、何人かの傭兵が苦笑いをしている。彼らもマッケンジーの言いたいことがわかっているようだ。


「先生はもっと自分のとんでもなさを自覚した方がいいっスよ」


 困った子を見るような目でそう言いながら、小柄なCランク工作員(エージェント)のノア・レンダは、わざわざ腕を持ち上げ、シドの肩をポンポンと叩いてきた。


「ノアまで……」


 彼女はギルドでシドの顔を見るなり「先生、昨日は優勝おめでとうございます! しっかしヤッバイ事を言いましたね!」と話しかけてきたくらいだ。何が問題なのかわかっているのだろう。

 いつまで経ってもピンとこないシドの様子に業を煮やしたマッケンジーは、少しイラついた様子で――といっても彼が不機嫌そうなのはいつもだが、丁寧に説明をしてくれた。


「いいカ? 今この世界デ《宇宙最強》の称号を得テいるのは、帝国の戦闘機パイロット《剣帝》ダ。……それはいいナ?」


 こくりとシドは頷く。

 本来であれば議論が巻き起こるであろう「世界一強いのは誰か?」という問いに対し、“戦場であれば彼以外に考えられない”と言わしめる存在。それがレルヒドール帝国のとある戦闘機パイロットだ。

 これは全世界的な共通認識であり、そこらの子供でさえ知っている事だ。


「そしテ今、その《剣帝》に匹敵するパイロットが現れタ。――お前ダ、ワークス」


 マッケンジーは長い指でビシリとシドを指差す。

 周りの傭兵たちも同意するようにウンウンと頷いていた。


「つマりお前は、現在世界2位のパイロット。しかシ、《剣帝》は知っての通り高齢ダ。いつ退役しテもおかしくナイ」


 《剣帝》は50年ほど前から活躍している帝国軍のパイロットである。マッケンジーの言うようにいつ退役してもおかしくない年齢だ。

 すると世間はどう考えるか?


「ここまで言えバわかるだろウ? 《剣帝》が退役したラ、自動的にお前が繰り上がりデ《宇宙最強》と呼ばれることになるのダ」

「――ああっ、だからか!」


 ここまで説明されればシドも気がつく。

 実際は他国の人間が簡単に認めるとは思えないので、あくまでも暫定《宇宙最強》だろうが、少なくとも王国の中では最強の戦闘機パイロットの座はシドのものとなるだろう。

 ならばそのシドが乗る機体は、


「先生の機体(イコール)宇宙最強の戦闘機ってことっス。メーカーなら喉から手が出るほど欲しい称号っスね!」


 つまるところノアの言った通りだ。

 だからどのメーカーも目の色を変えて営業をかけてきたのである。


「つーかシドよ、いま見たら、もうネットではお前の発言がニュースになってるぜ。『シド・ワークス氏ゲーム大会で爆弾発言。各戦闘機メーカーが注目』だってよ」

「おっ、マジだ」


 とある先輩傭兵がニュースサイトを開いて見出しを読み上げてきた。

 他のメンバーもそれに習い、それぞれページを開いていく。

 どうも結構な数の関連記事が上げられているようだ。

 シドは知らなかったが、もう世界的な騒ぎにまで広がっているらしい。


「なんか経済エコノミストとかいう奴もコラム記事を出してるな。『シド・ワークス氏がどのメーカーを選ぶかによって、業界の順位や株価にも大きな影響があるだろう』だそうだぞ」

「実際、ワークスのエールダイヤが活躍したおかげでジュエルスター社の株価が上がったんだろ?」

「へぇー、そりゃスゲェな。じゃあシドが選ぶメーカーを聞いといて株を買っとけば大儲けできんじゃね?」

「お前もしかして天才か……?」

「ちょっと待て、親戚から金借りてくる! シドも俺の資金調達が終わるまで返事を保留しておいてくれよ!」

「〜〜ッ、犯罪ダ馬鹿者ども!!」


 ギルドにマッケンジーの怒声が響き、一部の法律に疎い者たちがしようとしていたインサイダー取引は未然に防がれる。

 それはともかく、株価の上下まで関わるとなると責任重大だ。

 そこまで大袈裟な話になると考えていなかったシドは、この後どうしようかと頭を抱えたくなった。


「なんでこんな事に……」

「『身から出たさび』トいうものダ。迂闊な発言を悔やムのダナ」

「はい……」


 叶うなら昨日のコメントを無かったことにしたいが、そうもいかない。

 項垂れるシドに、ノアが「まあまあ」と慰めるように言ってきた。


「言っちゃったもんは仕方ないっスよ。どの道、新しい機体は必要なんスから、選び放題だと思って開き直りましょ」

「そう……かな?」

「そうっスよ! 因みに欲しい機能とか無いんスか? 多分どんなワガママも言い放題っスよ?」


 明るい口調でノアが笑いかけてくる。

 実に可愛らしい笑みだが、さっきからずっと距離が近く、今も肩が触れんばかりだ。そろそろロナがキレるかもしれない。

 それを恐れたのかわからないが、シドは無意識にノアから数センチほど離れ、聞かれた「欲しい機能」について答えた。


「機能……か。耐G性能と耐閃光防御?」

「変わった要望っスね」


 思わずシドは真面目に答えてしまった。

 どちらもロナのハードな操縦に耐えるために必要なものだ。


「あー……でも先生の操縦ヤバいっスもんね。必須かもです。自分も意識トぶかと思いましたもん。……だからこそイイんスけど」


 ノアは前に体験した時のことを思い出しているのだろう。訳知り顔でウンウンと頷いている。

 なお、怪しい言葉をポツリと付け足しながら頬も赤らめているが、シドはそこは見ないことにした。


「先生、いっそ複座式とかどうです? 自分がしっかりサポートするっスよ?」

「……いや、遠慮するよ」


 妙に熱を孕んだ目でノアが提案してくるが、シドは両手を前に出して拒否をする。

 右手のロナからも「断りなさい」という強い圧を感じた。


「えー、いいじゃないっスかぁ。じゃあサブ機体とかどうですか? 偶にはまたコンビ組みましょうよぉ」


 しかし、なかなかノアは折れそうにない。

 それからしばらくシドは、周りからのニヤニヤとした視線を受けながらノアの要求を断り続ける羽目になったのであった。

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