第110話 不穏な航空ショー
授爵伝達式の翌月、シドとロナは依頼されていた航空ショーのためシャモニー子爵領本星メジャクスボンにある軍の広報センターを訪れていた。
その広報センターの名は、首都よりやや離れた海沿いの地方都市ガラガにある「シャモニー子爵軍広報センター シーパークガラガ」。
シーパークとあるように海に面して建設されており、敷地の隣には海水浴場もある、観光地としても人気の場所である。
今回のショーは海上を舞台に行われる予定で、青くきらめく海原の上空には、巨大なターゲットバルーンが既に何個も浮いていた。
空は快晴。日差しはやや強いが、水平線の彼方までよく見通せる、絶好のイベント日和であった。
「イベント開始は2時間後の午後13時半からになります。来館者の皆様は最初1階イベントホールに集まりますので、ワークス様にはそこで簡単な挨拶をお願いいたします」
「わかりました」
広報センター内の応接室で、シドは制服姿のセンター職員とイベントの流れを確認している。
彼らの前には資料とともにフロアマップが投影されており、それを見ながらの打ち合わせだ。
男性職員はシドを前にして少し緊張している様子である。
なお、本日は入館制限が設けられており、開館時間は過ぎているが、館内にはまだ客の姿は一人もいない。
この航空ショーは観覧希望者が膨大となることが予想できたので最初から事前抽選制となっており、本日は当選者200人とマスコミ関係者、そして地元の公立幼稚園の生徒のみが入館できるようにしたためだ。
事実、そうしていなければ今頃大混乱が起きていたであろう。
遠目からでも一目見たいと考えている者は多く、そのため隣りの海水浴場は一週間前から立ち入り封鎖。街中も、地元民以外が入れないよう警察の手により昨晩から通行規制が行われている現状だ。
「事前に貰った資料だと、挨拶のあとに質問コーナーを予定しているとありましたが?」
「はい、事前に当選された方にワークス様への質問をアンケートをし、問題なさそうなものをピックアップしました。……ええと、こちらですね。聞いたらマズそうな質問はございますか?」
シドの前に質問一覧が書かれた資料が表示される。
色々な質問があるが、テレビや記者からさんざん面倒な質問を聞かれてきたシドには、子供が書いたであろう「好きな食べ物はなんですか?」がすごく微笑ましく感じてしまった。
(……俺って擦れたのかな? ちびっ子のものっぽい質問がめっちゃほっこりするんだけど……)
知らず知らずのうちに戦場で心が荒んでいたのかもしれない。思いの外に心がジーンとして、自分でもちょっとフクザツだ。
そんなことを思いつつ資料に目を通し、特にNGはなさそうだと判断すると、目の前に座る職員に大丈夫だと頷いた。
「いえ、どれも大丈夫です」
「ありがとうございます。では、質問コーナーが終わり次第メインの航空ショーに移らせていただきます。来館者の皆様には3階の展望デッキに移動していただきますので、ワークス様は格納庫の方へとお願いします」
シドが質問にOKを出したので、職員は安心して話を先に進めた。
このシーパークガラガには大きく分けて3つの建物がある。
一つは一般客が入る展示棟。この施設のメインであり、展示品やイベントスペースが設けられ、海が一望できる展望デッキも備えている巨大な建物だ。
他の二つは、シドが今いる職員用の事務棟と、航空ショーなどのイベント用に戦闘機等を置いている格納庫だ。
どれも隣接していてそう離れた距離にはない。移動にそう時間はかからないだろう。
資料として新たに一機の戦闘機が表示された。
「本日ワークス様にご搭乗いただくのが、こちらの『リージュ-10』です。かなり古い機体ではありますが、整備はウチのスタッフがしっかりとしておりますのでご安心ください」
シドもゲームで何度も見たことがある軍用機だ。
ゲームでは、良く言えばバランスが取れた機体、悪く言えば平凡な機体として登場していた。
ただ、リージュ-10はエールダイヤよりも昔の時代に活躍していた骨董品のような機体である。シドは一応確認のため中身について尋ねてみた。
「あの、この機体って性能は当時のままですか?」
その質問に、職員は困ったような顔をする。
「ええと……はい、そうです。――ですが、今まで故障一つしたことのない優秀な機体なんです! ちゃんと飛びますので!」
そりゃちゃんと飛ばなかったら困るだろう。
半世紀以上前の乗り物に乗れと言われて「動きます」と太鼓判を押されても安心できるのかという話である。
しかも行くのはお空の上だ。
「あー……はい、わかりました。飛ぶなら問題ないです」
しかしここで文句を言ってもどうにもならないと思い、シドは折れた。
地方の弱小貴族領で代わりの機体がすぐに用意できるとも思えないし、仮に機体トラブルが起こりそうならロナが気づくだろうという考えもある。
あと、別に戦闘をするわけでもないというのも大きい。
「ありがとうございます! では予定通りワークス様にはリージュ-10で海上をスモークを噴きながらアクロバット飛行し、浮かんでいるターゲットバルーンを機銃で破壊していただくということで」
職員は明らかにホッとした様子だ。顔にも僅かに笑顔が浮かんでいる。
なお、航空ショー用の機体に取り付けられているのは超低出力のビーム機銃だ。
バルーンを壊せる程度の威力しかなく、仮に他の機体に命中しても装甲を少し凹ませることしかできない代物である。
そして飛行中は各施設にビームバリアが展開されるので、仮に流れ弾が観客のいる場所に飛んでも確実に防がれるのだ。
「了解です。皆さんを楽しませられるような飛行ができるよう努力します」
「よろしくお願いします」
全体の流れの確認はこれで充分だろう。二人は互いに頭を下げあって打ち合わせを終了させた。
◇◇◇
「失礼します」
打ち合わせが終了し、職員が部屋の外にでると、入れ替わるように誰かがドアをノックしてきた。
シドが「はい」と返事をするとドアが開き、さっきの職員と同じ制服を着た小太りの中年男性が姿を見せた。
「ワークス様、お忙しいところ申し訳ございません。例の顔合わせの件で参りました」
「ああっ!」
シドはすぐにピンと来た。
彼が言っているのはきっとクラウディアが言っていたSランク傭兵との顔合わせについてだろう。
「皆様は第二会議室でお待ちです。ご案内いたしますので、どうぞこちらに」
「あっ、はい、ありがとうございます」
男性に促され、シドは席を立って彼について部屋を出た。
先を進む男性追いかけ廊下を歩いている途中、シドの耳元のイヤホンからロナの声がした。
『何か変ですね……』
彼女は気になることがあるようだ。
シドは返事の代わりに微かに首を傾げて、どういうことかとジェスチャーで尋ねた。
『あの男性なのですが、どこか妙な違和感を感じるのです。気のせいならいいのですが……念のためシドも注意しておいてください』
ロナと上手く言語化できないようだが、目の前の男性に何かを感じ取ったらしい。
そう言われるとなんだか怖くなってきたシドは心持ち彼と距離を離す。
しかし、目的の第二会議室はすぐ近くにあり、逃げる間もなく到着してしまった。
「失礼します。シド・ワークス様がご到着されました」
男は会議室のドアをノックしてシドの来意を告げる。
室内からはクラウディアのものらしき女性の声で「入ってくれ」と返答があった。
「ワークス様、どうぞお入りください」
男は笑顔でドアを開け、中へ入るようにとシドを手で促す。
「は、はい失礼します」
入らない理由もないため、シドは警戒しながら男の前を横切り部屋の中へ。
シドが室内に一歩足を踏み入れたのと、耳元のイヤホンからロナの焦ったような声が聞こえてきたのはほぼ同時だった。
『しゃがんでシドっ! 早くっ!!』
シドの背後、男が懐から取り出した武器が勢いよく彼の後頭部に振り下ろされる。
いつも拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます!
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