Come Home! 4
意外に話が盛り上がってしまった二人は、いつもより時間をかけて夕飯を食べ終えた。男がさっさと食べ終えた皿をシンクへ運んでしまう。
かちゃかちゃと小さな音を出しながら、惺は丁寧ではあるが手慣れた手つきで皿を洗っていく。何故か惺の背後でうろうろと背後霊よろしくやっていたタクミが、近くにあった布巾を手に取った。
そして、洗い終わって水切り用のカゴに入れられていく皿を拭き始める。惺はやらなくても良い、と一言言ってみたがタクミはその動きを止めようとはしなかった。これくらいは世話になるにあたり、やっておきたいと思ったのだろう。キッチンに男二人が並ぶという奇妙な光景であったが、頭一つ分の身長差があるせいかさほど違和感はなかった。
「タクミ」
「何?」
夕飯の前から気になって仕方がなかった事を聞く。そう、ヌイ子の事だ。
「お前が大切にしていたヌイ子って何だ?」
「あぁ、惺さんにヌイ子を紹介していなかったんだっけ」
紹介、という単語に一瞬生物だったのかと惺は首を傾げた。ソファの近くに置いてある紙袋から、大切そうにタクミが何かを取り出した。取り出されたそれは、明らかに生き物ではなさそうだった。
「じゃーん、これがヌイ子だ!!」
「……は?ミシン??」
振り向きざまにタクミが見せたのは、使い込まれたと一目で分かるミシンだった。どうだ、すごいだろうと言いたげに惺に向けて両手でミシンを突き出す。
突き出された側である惺はどうしてほしいのか全く分からず、笑顔を凍らせていた。当然ながらそんな様子に脳天気なタクミが気付くわけはなく。
「俺の衣装、作らせると高いんだよ。
だから自分で作ってるんだ」
偉いだろう、と自慢げに言う青年はきらきらと輝いて見えた。流石はバンドの花形。そう感じさせるほどのものであったが、個人の家――それもファンではなくマネージャーの家である――でされても全くの無駄である。
「そうか、だから衣装の経費がお前のだけ安かったのか」
「そゆこと。衣装代、他のメンバーのとは作らせると桁が違っちゃうからさー」
珍しくタクミが苦笑いをする。惺はそんな彼を見て、一体どれくらい桁が違うのか気になり始めた。
「万じゃ足りないんだってさ。一回衣装作ってもらおうと思って、相談した事が前にあるんだけど。
数十万かかるって言われた。それだったら自分で作った方がいーと思わね?」
「……何でそんなに桁が違うんだ」
惺が現役だった頃、衣装にそれだけかかった事は数回しかない。その数回というのも大規模なライブやバンドの宣伝に使うアー写やプロモーション映像用の衣装だけである。一般のごくごく普通のライブではそんなにかかる事はないはずだった。
だからこそ何故そこまで金がかかるのか理解できなかった。
「ビジュアル系になっちゃったから、だと思うけど。
そもそも、和服って高いじゃん?それに加えて和服と洋服が混ざったみたいな服が俺多いし。
作るのがややこしいんだ。だから値段高くなるんだと思うよ」
ただそれだけの理由で誰もが衣装を作れたらどんなに楽な事だろうか。作ると言ったって、そう簡単な事ではない。しかしタクミの衣装は素人であるタクミ自身が作ったとは思えない程、よく作り込まれていた。
「すごいんだな、お前……
歌唱力はまだまだの癖に」
関心していながらも、ぽろりとこぼした一言をタクミは軽く流せなかった。無意識だろうが、興奮しているせいか顔が赤くなっている。
「な……っ
いつか俺の声で惺さんをめちゃくちゃにしてやる!」
「めちゃくちゃって……何だそりゃ」
惺の頭に――今日に入ってから、もう何度目になるか分からない――疑問が浮かぶ。それらの疑問の大半はタクミ関連だった。疑問と言うよりは一生理解できない「何か」なのかもしれないが。
「めちゃくちゃは、めちゃくちゃだけど?」
「わかった。よくわからんが、ヌイ子が役に立つヤツだって事はわかった」
既に皿を洗い終え、聞き流しモードに突入した惺は適当に話を切り上げた。パソコンの方へ向かう様子を見たタクミは慌てて皿拭きに戻る。
惺のパソコンを操作する音が静かに響き始めた。二人の間に会話が無くなり、沈黙が広がる。静かな空間が生み出された。
不思議な空間だった。普段は惺一人きりでいる夜の時間だ。今も彼はいつもと等しくパソコンを操作している。しかしその静かで緩やかな部屋には、静寂を楽しみながら皿を拭く青年の姿があった。
「タクミ」
「なにー?惺さん」
ふと、温かな静寂が破られた。皿拭きが終わり、まったりとソファに転がっていたタクミが間延びした返事をする。
「先に風呂入れ。
湯がある方が良ければ、今から湯を……」
「ん〜、今日はシャワーだけでいいや。
先に入っちゃって、本当に良いの?」
変なところで遠慮する事が身についているらしい。
「構わないよ。
俺はまだしばらく仕事するから入らないし」
「分かった。じゃ、先に入るな〜」
「……入るな?何だ、その日本語は」
がさごそと荷物を漁るタクミにその呟きが届くことはなかった。少しの間、何かを探すような音が続いた。その音が止むと、今度はタクミが惺の方へ近付いていく。
「バスルーム、どこ?」
「……あぁ、案内するから少し待ってくれ」
半分上の空に返事をした惺はそれから数分パソコンを操作し、ゆっくりと立ち上がったのだった。
「惺さん、お風呂ありがとー」
シャワーだけにすると言っていた割には、一時間以上も入っていたらしいタクミの満足そうな声がかかった。振り向いて彼を見てみると心なしかつやつやしている。
「ここのバスルームって、すげーな。
色々あって、気が付いたら時間が過ぎちゃったよ」
「お前は……一体何をしたんだ」
「何か、いろんな機能あったから面白くて」
質問に対する答えになっていない返答をしてソファにこてんと転がってしまう。
「あ、でもちゃんと片付けはしたよ。
入浴剤入れ過ぎちゃってスゴイ泡風呂になっちゃってさー」
「転んで怪我しなかったなら、それでいいさ……」
細かい事を一々つっこんでいると自分が疲れるだけだと理解し始めた惺は、話を早々に切り上げたのだった。
次回、ちょっとだけハプニング。




