ACT.18 ラストバトル・最終章
白鶏のことを記録に残すために書き続けてきたこのノートにおける僕の最大のミスは、「ラストバトル」の章立てだ。僕はラストバトルを「序章」「ラストバトル」「終章」の3章で終えるつもりだった。だが間もなく、そんなもんじゃ済まないことに思い至った。だから僕は前編・後編に分けることにした。そして前編を書き終わる頃、それでも半分にも満たないことに気づいて次の章を「中編」にした。そして後編、終章と書き続けていき、絶望的な気分になった。終章で、なお終わらないじゃないか……。
僕は悩みに悩んだ末、この「最終章」という言い訳がましい表現を思いついた。
僕は眠っていた。楽しかった白鶏での日々は短く、悪魔GMDMとの戦いは長かった。けれど、キアト中佐が敵の最終兵器となり、ウスイ大佐が中佐の手で葬られた今、僕たち白鶏隊はゆっくり眠って構わないだろう。僕のブラスターSTが、隆起する悪魔GMDMの触手の斜面を落ちていく。
遠くで声が聞こえる。僕はもう楽になりたい。放っておいてくれ。
「……ウスイ!」
誰の名前だ、そして誰の声だ?
僕は飛び起きた。頭をしこたま何かにぶつけ、目の前に星が出た。
「……いっって~……」
僕は一瞬で完全覚醒した。
「う、丑五郎侍少尉! 大丈夫ですか! 失礼いたしました!」
僕が勢いよく頭を起こしたので、乗りだしていた丑五郎侍少尉のあごに強烈な頭突きをお見舞いしてしまった。
「だ、だいじょうぶ……多分」
丑五郎侍少尉はあごを押さえながら言った。
僕がもう一度謝って前に向き直ると、地面のずっと向こうに小さな人影が見えた。
「ウスイ大佐!!」
大佐はザッコの残骸の下から這い出して、狂ったように増殖する触手のまっただ中に立っていた。大佐の淡々とした声が通信装置から響いてくる。
『いやあ、危機一髪。キアト先輩、本気で狙ってたよ。ザッコのコックピットを超合金でコーティングしといてもらってよかった。無事ですんで報告まで』
よく見ると、大佐はザッコのコックピットから通信機を引きずり出してマイクを手にしゃべっていた。
『ウスイくん!』
『ウスイ先輩!』
つかの間の喜びが広がった。果てしなく育っていく悪魔GMDMの触手の中で、次に僕たちにできることなんかなんにもないというのに……。
――いや、そうか? そうなのか? 僕たちに残された手段は、本当にないのか?
僕の脳裏に、中佐に見せられたアニメの映像が鮮やかに広がった。最後には、たった一人の男の、心からの叫びが巨大な悪魔のロボットを倒した。ラストバ少将はアニメのとおりには行かないと言った。だが、果たして本当にそうなのか?
僕はいつの間にかマイクに向かって必死で叫んでいた。
「ウスイ大佐! 聞こえますか!」
大佐は周りを見回し、僕のブラスターST(というより、もはや壊れ果てた金属塊)を見つけ、向き直った。
『……シンジンくんか』
大佐は答えた。僕は夢中で叫んだ。
「大佐はわかっているはずです。悪魔GMDMの倒し方を。キアト中佐の救い方を!」
触手の咆哮と地響き以外の、すべての物音が消えた。
最後に奇跡をもたらすもの、それは……
そうなんだ。いつだってそうじゃないか。本当は誰もが、わかっているはずじゃないか。
「大佐!」
僕は呼びかけ、大きく息をした。
「大佐のたった一言で、中佐は僕たちの元へ戻ってくるのではないんですか! なぜ、何も言わないのですか! なぜ、友情なんか気取ってすましているんですか!」
ほんの少し、触手の動きが鈍くなり始めた。
「大佐! 僕は、大佐が誰よりも中佐を気にかけていることを知っています! そしてそのことを、中佐は気づいているんですか? 言葉にして、伝えたことはあるんですか? 中佐が他の男性に好意を示してみせるのは、寂しいからじゃないんですか! 中佐はずっと、大佐の一言を待っているんじゃないんですか!」
触手の動きはゆっくりと、ゆっくりと静まり始めた。僕は、今こそ奇跡が起きるのだと感じた。
「大佐、たった一言、中佐に思いのたけを伝えてください! そして、二人で見ていたアニメのように、悪魔GMDMに最後の一撃を……、あの愛の技を放ってください! お二人になら、できるはずです!」
僕が言い終わった時、世界から物音は消えていた。あれほど激しく吼え狂っていた悪魔GMDMの成長は嘘のように静まり返っていた。僕は大佐のはるか後ろの空にそびえる悪魔GMDMの胸元を見上げた。キアト中佐は目を閉じ、何かを待っているように見えた。いや、待っているのだ。奇跡を起こすたった一つの言葉を……。
ラストバ少将も今は立ち尽くしていた。時間が止まったように、すべてのものが動きを止めていた。時間が止まっていないことを示すのは、立ちのぼる煙と時々はじける火の粉だけだった。
大佐はじっと僕を見ていた。長い間、……それとも、短い時間だったのだろうか?
大佐は、ゆっくりと悪魔GMDMの方を、……キアト中佐の方を向いた。静かな世界に緊張だけが広がった。
そして、大佐は……なぜかまた僕の方に向き直り、やはり淡々と、言った。
『……シンジンくん、俺とキアト先輩には、愛の技は撃てないんだ』
火の粉が一つ、音を立ててはじけた。
『俺とキアト先輩が協力して出せる必殺奥義は、愛の必殺拳じゃなくて、友情の拳の方だと思うよ』
僕には大佐が何を言っているのかわからなかった。
『ホントに誤解する人が多いんだけど、俺とキアト先輩は心の底から「マブダチ」であって、それ以上でもそれ以下でもないよ。そーいう意味では、俺、キアト先輩のこと、何とも思ってないんだけど。わかる? 言ってる意味』
そんな……。
「た、大佐! そ、それじゃ、そこに、愛はないのですか?」
情けない声で、僕は訊いた。
『うーん、愛は、あるんだけど……いわゆる男女間のじゃなくて、どっちかというと男の友情とか、兄弟愛とか、……うーん……』
言葉を探す大佐に、僕は未練がましく言葉を投げた。
「じゃあ、大佐が、キアト中佐に対して抱いている感情は、一体、なんなんですか?」
大佐はまた少しだけ考え、だがそれほど迷わずに答えを見つけた。
『うーん、忠誠心』
一体、僕はどうしたらいいんだ? この、静まり返ってしまった最終決戦の会場を、どう収拾したらいいんだ?
「大佐、そ、それじゃあ、キアト中佐の方は……」
ウスイ大佐は、ついに僕にとどめを刺した。
『シンジンくん、キアト先輩が、どんなときでも絶対に右手の薬指から指輪外さないこと、気づいてなかった? その指輪の贈り主は、断じて俺ではないよ。あ、タクヤマくんでもないよ、言っとくけど』
僕は脳をフル回転させて、出会ってから今までの中佐の姿を掘り起こした。そして、大佐の言っているのが事実であることに気づき、血の気が引き、その直後に反動で一気に顔と頭に血が逆流するのを感じた。
誰かこの静けさを何とかしてくれ!! 僕はただ、ただ……
「あっっはははははぁ!」
静まり返ったカリン島に、突如笑い声が響きわたった。
一瞬、どこから声がしたのかわからなかった。けれど、誰の声かはすぐにわかった。僕たちは、一斉にその声の主がいるはずの方向を見上げた。
キアト中佐が、おかしくてたまらないというように身をよじって笑っていた。僕はその瞬間に救われた。いたたまれない空間が壊れ、みんなの注意がそれた。
けれど、ちょっと待てよ……。異常じゃないか? この笑い方は。確かに、僕はめちゃめちゃおかしな見当違いをやらかして、このラストバトルをたいそう盛り上げてしまった。このことは、僕の一生のトラウマになるだろう。そして、そういう誤解をされても仕方ない雰囲気を振りまきまくっていた大佐と中佐を心の底から恨んでやろうと思う。そのくらい僕はやっちまったわけだが、それは認めるが……。
悪魔GMDMの中央頭脳であるキアト中佐が、やけに嬉しそうじゃないか? そして、触手の成長は相変わらず止まったままだ。キアト中佐は僕の見当違いがおかしくて笑ったのかと思ったが、これは、もくろみがうまくいったときに悪の親玉が自己満足に浸りながら、こみ上げる笑いを隠そうともしないという笑い方だ。
「ど、どうした、なにがおかしい、中央頭脳……悪魔GMDM?」
ラストバ少将は悪魔GMDMとキアト中佐を交互に見比べながら、動揺した顔で声をかけている。
「あ、はははは、は、は、は……。いやあ、ちょっとばかし、時間がかかり過ぎちゃったねえ。ウスイくん、スマンスマン。キミの大事なザッコをドカンとやっちまったよ。ははは。生きててくれてよかったよ、夢見が悪くなるからなあ」
悪魔GMDMがしゃべっている。悪魔GMDMの胸に取り込まれたキアト中佐が、へらへら笑いながらしゃべっている。
キアト中佐は身をよじり、悪魔GMDMの肩口にいるラストバ少将を振り払った。彼は慌てて飛びのき、肩口から胴体部分へ、そして地面へと滑り降りた。キアト中佐を抱きこんだ悪魔GMDMの上半身がずるずるとのび、ラストバ少将を正面から見据えた。
「ラストバ少将、ゲームセットだよ。悪魔GMDMは制圧した。私はここに、TRTの解散と、地球連合国の復活を宣言する」
再び、カリン島は静まり返った。
戦争とは、どういう風に終わるものなのだろうか。
僕は、ほんの2日ほど前に考えた命題をもう一度考えていた。何となく終結の気配を感じながら、心の準備をしたうえでやってくるのだろうか、それとも……
白鶏隊は、全世界に向けてクーデターの終結を宣言することになった。ラストバ少将が全世界に宣戦布告したあの放送機材を使って、今度は平和を宣言するのだ。
「オレが、基地の中結構わかりますんで」
丑五郎侍少尉が案内役になった。
「道に迷って生身で宇宙に出ちゃったとか、そういううっかりはやらないでよねえ」
中佐が言うと、5人は一斉にハモりながら言った。
「キアト先輩じゃあるまいし」
「ちょっとちょっと! ウスイくんが言うなよ! アンタだって超方向音痴じゃん」
中佐が反論すると、ウスイ大佐は、
「でも俺、先輩と二人で出歩くときは、いつも案内役ですよ」
と言い放った。中佐は渋い顔をした。図星らしい。
「丑五郎侍くんは、方向とか地理とかは大丈夫だよねー。前にも、バス停から歩いて10分以上かかるウスイくんちの別荘に、キアト先輩が書いた地図見てたどり着いたじゃん」
リオリ中尉が笑顔で言った。
「あれはすごかったですよー、『なんか海』『たしかこのへんの道』『なんか木』『曲がるとある』とかしか書いてない地図見て来るなんてー」
タモト軍曹が大きな声で言った。
「いや、だいたいわかりましたよ」
丑五郎侍少尉があっさり言うと、中佐と丑五郎侍少尉を除く全員が、
「わかんねえよ!」
と言った。
白鶏は沈んでしまったが、僕は、「帰ってきたんだ」と思った。彼らがいれば、白鶏はどこにでもあるんだ。
「じゃあ、平和宣言でもしに行こうか」
リオリ中尉が促した。
「キアト先輩」
大佐は、悪魔GMDMと一心同体になったままのキアト中佐に声をかけた。
「先輩が声明を出しますか?」
中佐は呆れ顔で、ふーと大きなため息をついた。
「ウスイくん、私が放送流したら、新たなる恐怖政治の始まりでしょう。今のこの姿でどんなに平和と愛に満ちた声明を出したって、悪魔の勝利宣言にしか聞こえないわ」
そりゃあ、そうだ。
「悪魔GMDMは、脱げないんですか?」
「うーん、目下のところ極めて気に入られているようだねえ。一生このまんまなのは困るからなんとかするけど」
「そうですか」
「だから君らだけで行ってらっしゃいよ。私、目立つのは好きだけど、政治的に名が知れるのはイヤだわ。凡人は『暗殺』だけはされる可能性がないのよ」
「凡人を殺したら殺人であって、暗殺とは呼ばないから『暗殺された凡人』がいないんでしょうが」
「そのくらい知ってるわよ! 私の言い回しの微妙なニュアンスをちっとも理解しないんだから。もっと国語の勉強をなさいよ」
大佐と中佐がバトっていると、リオリ中尉が呆れた声でブレイクに入った。
「はいはい、行くよウスイくん。ウスイくんが声明を読み上げるんだからね」
「ええ! やっぱ俺? なんか、基本的にみんなが責任とりたくないことって俺に回ってこない?」
白鶏の主要メンバーが基地の地下に降りていこうと悪魔GMDMに背を向けた。
みんなの注意が悪魔GMDMを離れたその時、立ちつくしていたラストバ少将が突然悪魔GMDMに向き直り、軍服の左腕をまくり上げた。腕には長い砲身をもった銃が巻き付けられていた。少将は腕をまっすぐキアト中佐に向けて伸ばし、右手の指を引き金にかけた。恐ろしい速さだった。僕たちは油断していた。ラストバ少将のことなんか、もう誰も気にかけていなかった。彼はそのチャンスをずっとうかがっていたのだろう。
気がついた僕は、「危ない」と叫ぼうとした。しかしたった一瞬の間にたくさんのことが起こりすぎて、僕が「危ない」の「あ」を発声したときにはもう銃声がこだましていた。
銃声を追って、僕の声はむなしく響きわたった。
「あぶない、キアト中佐!!」
ゆっくりとスローモーションのように世界は展開した。銃声と同時としか言いようがない速さでスズミー少尉が振り返り、コンマ一秒の差でウスイ大佐が振り返った。これがAA級の反射神経かと感心した。現実が遠く感じる。白いもや、一瞬だけ走った閃光、そしてこだまする音、そして次々振り返る白鶏の英雄たち。
悪魔GMDMの胸元から上がるかすかな煙。硝煙のにおい。一体どれがどの順番で起こったんだ?
キアト中佐は凍りつき、それから自分の体をおそるおそる見下ろしていった。彼女の体には傷一つなかった。
大きな音を立てて一人の男が倒れ、スローモーションは終わった。世界は元どおりの時間を取り戻した。鈍い金属の音をたてて、銃が転がった。
倒れたのはラストバ少将だった。一体誰が? 白鶏隊は彼に背を向け、悪魔GMDMはそれを見送っていた。スズミー少尉のご家族は外の様子を見に行っていた。ラストバ少将は肩を撃ち抜かれ、苦しそうにうめいている。一体、誰が撃ったんだ?
僕たちは誰が促すでもなく、呆然と振り返った。
「……いけませんね、負け惜しみなんかで女性に銃を向けちゃあ。……そして、若い人が生身の人間を撃つのは、もっといけません。そのことに慣れてしまってもいけないし、そのために傷ついてもいけない」
地面から上半身だけを起こして対人用ビーム銃を担いだ老人がそこにいた。ナカジマ名誉総大将だった。悪魔GMDMの中央頭脳として数日間を暮らした彼は、今、自分の手で復讐を果たしたのだ。
ナカジマ大将は再び地面に倒れた。今目を覚ましたことすら奇跡のような、恐ろしい憔悴が大将の体に漂っていた。この状態から巨悪を倒すために起き上がれる、それがこの人の英雄性なのだろうと理屈抜きに実感した。
大佐がタクヤマ主任を撃とうとして中佐に阻まれたとき、ビーム鞭が発した衝撃波に弾かれた対人用ビーム銃は地面に落ちた。ナカジマ大将が横たわる、悪魔GMDMの足元に……。キアト中佐の悪運の強さも本当に大したものだ。
「私の護衛をしてくれたとあっちゃあ、無下にはできないわね。手厚く介抱してやって。英雄の化石は、骨董品くらいの価値ならあるものなんだわ」
中佐は僕たちに命じた。命の恩人に、その言いぐさか……。中佐らしいというかなんというか。いや、これが彼女の照れかくしなのかも知れない。
キアト中佐はタクヤマさんを助け起こそうとしてうようよと近づいていった。だが、悪魔GMDMと一体化しているので自分の体が動かせない。仕方なく悪魔GMDMのボディから触手を出し、おそるおそるつついてみたりしていた。一歩間違えるとビームが出たり地面ごとぶち破ったりしてしまうから、彼女は必死だったんだろうが、その様子がおかしくてたまらなかった。
救護船がカリン島に到着し、ナカジマ大将は担架で運ばれて行った。タクヤマ主任も、そして、ラストバ少将も運び出された。救護チームは悪魔GMDMに相当怯えていて、中佐はそんな彼らに触手で敬礼をしてみせたりして楽しんでいた。
ラストバ少将による邪魔が入って中断されていたが、改めて平和宣言を出すために白鶏の面々が出発した。僕もついていくことにした。平和宣言を出す側として放送室に入るなんて、なかなかできることじゃない。
それから5分後、全世界に平和宣言が出された。
「えーと、我々は戦艦白鶏のクルー一同です。テキガワ連邦のクーデターは制圧され、首謀者のラストバ少将は身柄を拘束されました。よって、世界各国はTRT隊の出した要求に応じる必要はありません。また、地球連合国は復活しますので、軍の方は地球の本部基地に集合してください。地球連合国には、テキガワ連邦との和平交渉をしてほしいので、諸々よろしくお願いします。以上です」
ウスイ大佐はそれだけを読み上げて放送のスイッチを切った。全世界に映像つきで平和宣言を出すのはイヤだということで、音声だけだった。
「……超淡白」
「なんか、事務的ですよね……」
「今の放送聞いても、ちっとも平和が来た気がしない」
「どうせ音声だけだったら、キアト先輩に感動的な演説をやってもらってもよかったんじゃないの?」
「悪魔GMDMに世界が征服されるところだったのよ、超大変! でも、白鶏が悪魔GMDMを制圧してTRTの野望はうち砕かれたわ! ……って放送すんの?」
「そう、そして世界は超平和!とか言ってもらうと、なんとなく平和っぽい気がしない?」
「少なくともウスイくんの放送よりは平和っぽいかな?」
「イタズラ放送だと思われるのがオチですよ」
僕らはそんな話をしながらキアト中佐の元へ戻ってきた。
「なに、あの超つまんない放送。もっと劇的にはできなかったの?『我々は宇宙の平和を取り戻した白鶏隊である!』とかなんとか」
案の定、中佐はおかんむりだった。
「ところで、どうするんですか? その悪魔GMDM。まさか一生そのまんまでいるわけですか?」
大佐が言った。そう、それが一番の問題だ。中佐が取り込まれていては、核で吹っ飛ばすわけにもいかない。
「うーん、もう少ししたら最終形態になってもう少しコンパクトになれると思うのよ。そしたらカリン島からも出られるんだけど。さすがにカリン島ごとあちこち遊びに行くわけにはいかないし……」
どうやら当分はこのままのようだ。だが、きっと中佐は気合いでなんとかすることだろう。
ところで、この世界征服騒ぎを、全世界がどう受け止め、どう報道したかというと……
「戦艦 白鳥の方々は、実に強かった。そして、彼らは平和を取り戻してくれました。私もねえ、覚えているんですよ、正義と平和のために私を撃とうとした気高い女性の尊い魂をねえ。私もねえ、やはり人を撃つことの辛さはわかりますからねえ、でも、彼女は結果的には、撃てなかったんですよ。手元が狂ったんでしょうね。人はねえ、やはり、人なんですよ。いろいろ近頃の若者は、なんていうんですか、ドライな、っていうんですかね、何でも天秤にかけて割り切ってしまうところがあるっていうかね、3人助かるなら1人殺すのは仕方ないとかね、そういう考え方をする。私はね、みんなで力を合わせて、命がけで戦ったはくちょう隊を、真の英雄だと思いましたね。仲間とか友情とかですね。とくに、身を挺して敵の兵器を止めた彼女の大きな愛はね、私はぜひこういうのをね、レジェンドというんですかね、もっと皆さんに感じてとってほしい。……」
ナカジマ大将は相変わらずの調子で延々とトークショーを繰り広げていた。キアト中佐の策によって白鶏を追われて捕虜になったことも、キアト中佐に「年寄りはいいんだ」とあっさり撃たれそうになったことも彼は全く自覚していない。
そして、ナカジマ大将はその「気高い女性」ことキアト中佐を守るために引き金を引いた。彼の英雄としてのたったひとつの仕事は、僕たちのちょっと困った英雄を守ることだった。だが、世の中はそんな彼を一人英雄に祭り上げ、戦艦白鶏のクルーは極めてどうでもいい存在になってしまっていた。
マスコミはナカジマさんを追うばっかりで、彼の話す「身を挺して兵器を止めた女性」を探そうともしない。マスコミにとって英雄はナカジマ大将でなければならず、どうやらそれ以上に活躍したと思われる無名の女性なんかに出てこられては困るのだ。
しかもナカジマ大将がとにかく「はくちょう」「はくちょう」と連呼したもんだから、「戦艦白鶏」の名は全く知れわたらなかった。軍の中ではよく知られるものの、一般大衆にはまるっきり知られていない英雄におちついたのである。
はじめは納得いかない顔をしていたキアト中佐だったが、やがて気が変わったようだった。
「私、お金は欲しいけど権力と名誉は要らないわ。権力を持つことって、責任を持つことなんだもの。私、白鶏の面倒を見るだけで大変だったんだから。名誉があったって、こんどは自分が窮屈な思いをするだけだし。ちょっとばかしハメを外したら速攻名誉が傷つくんじゃ、うっかり私利私欲に走れやしないわ。なんか、ナカジマさんの引っ張りだこぶりを見てたら疲れちゃった。しかもこの悪魔GMDMをぶら下げてテレビに出たら、超見せ物。英雄係は彼にやらせときましょう。でも、ちゃんと身内とか友人とか軍の中では我々が英雄じゃなきゃイヤよ。今回のことの報酬は、私は、断固現ナマがいいな。地球連合軍、特別ボーナスくれないかしら」
……これが、僕らの気高い英雄である。
「なんにしても、結局、何が起きて、どうなって平和が訪れたのか、わけわかってない人が多いんでしょうね」
リオリ中尉が言った。
「実際にあの悪魔GMDMを見なければ、どれほど危険な状況だったかなんて実感できないんですよ」
ウスイ大佐が鼻で笑った。そう言えば彼の笑顔はたいがい苦笑か失笑か冷笑である。決してニヒルな人ではないのだが。
「もっと白鶏を大々的に打ち出して平和宣言しても良かったと思うんですけど」
タモト軍曹が言った。
「そうだよね、私は白鶏の大活躍と勝利をちゃんと伝えても良かった気がするな」
スズミー少尉がうなずいた。エースにはエースの意地があるのだろう。
「オレはそういうテレビとかは出らんないけどね。まだ敵に、オレを仲間だと思ってる人とかいるだろうし。寝返ったとか思われると、アレなんで」
丑五郎侍少尉はああ見えて結構気にしいである。
「でも、やっぱり平和宣言はウスイくんじゃ物足りなかったかもね。ああいう栄光に満ちた放送をする席に座るのは、さ」
リオリ中尉が言った。
「え、なんで」
自分でそう思っていても、人に言われると反発するのが人間である。
「別に俺、壇上に上がってしゃべったりとか苦手じゃないつもりなんだけどなあ」
やや釈然としない面もちで大佐は言った。だが、やはり人には、ヒーローになる人と引き立て役になる人がいる。僕は今回の戦争を通じて、人には生きていく上できちんと割り当てられた「役」があるのだということを感じた。そして、自分に割り当てられたのが脇役だったとしても、きっと必要な存在に違いないということも……。
そこへ、あの日から10日たった今も悪魔GMDMをずるずる引きずっている(とはいえ、予想どおり「最終形態」に脱皮して20メートルあまりの兵器となった)我らのヒーロー、キアト中佐が口を挟んだ。
「いいじゃん、悪魔GMDMを倒したいきさつ説明できないし。白鶏の司令官が、敵の最終兵器を、なんか気合いで乗っ取って勝ちましたとか言ってもイミフメーだし」
「えっ!?」
キアト中佐の言葉に、誰もが同じ反応をした。
「何か確信があったんじゃないんですか?
「『なんか気合いで乗っ取った』って、どういうことです?」
「情報にそういうヒントがあったから敵の懐に乗り込んだとかじゃないんですか?」
僕たちは騒然とした。だが、同じアニメを見ていたウスイ大佐が首を振ってみせた。
「いや、そんなシーンはないんだよ。俺もおかしいと思ってたんだ。とにかく、この顛末は、あのアニメとは無関係だよ」
我々はただただ困惑するしかなかった。
「……てことは、キアト先輩……」
リオリ中尉が重々しく口を開いた。キアト中佐がすました顔で問い返す。
「え? なにかしら?」
「もしかして、悪魔GMDMに乗り込んだのは、テキトーやってみただけですか?」
中佐はあっさりと答えた。
「うん」
タモト軍曹があわてて、
「え、タクヤマ主任をかばうために飛び込んだんですよね?」
と言ったが、それは中佐とのつきあいが短い僕でも何となく違うと思った。キアト中佐はたしかに男を追っかけてブリッジを外すようなお調子者だ。だが、彼女は、タクヤマ主任を助けるためだけに白鶏隊を、そして全世界の人々を見捨てて悪魔GMDMに身を投じることはしないはずだ。……と断言してから一瞬不安を感じることは否めないが。
「いや、アレに関しては、タクヤマくんを利用しただけよ。だって、なんの理由もなく私が『悪魔GMDMの中央頭脳には、私がなる!』って言ったら警戒されるじゃない。ナカジマさんみたいな年寄りの身代わりになるのは私もヤだし、なんか嘘臭いし。妙齢の女性が命がけで助けるとしたら、やっぱそういう歳の男性じゃないとね。で、ナカジマさんを撃っちゃった私だけど、タクヤマくんは撃てないのよ……っていう演出を試みようと思っていたら、ウスイくんが余計なことを言いだして」
みんなが一斉に視線を向けると、大佐はしれっとした顔で言った。
「なに言ってんですか、俺はもちろん、そういうキアト先輩のもくろみを承知の上で、手助けを試みたんですよ。困るなあ、そのくらいわかっててくれなくっちゃあ」
みんなはため息をついた。キアト中佐は続けた。
「まあ結果オーライだったんだけどさ。そして思惑どおりタクヤマくんが取り込まれた時には、私、顔が笑っちゃって笑っちゃって。操縦システムが顔の動きまで機体に伝えなくて良かったわ。GMDMは無表情だもの。最終的に勝てるかどうかは全然わかんなかったから、一応みんなにお別れを言ってみたりしたけど、少しは盛り上がったかしら」
……盛り上がるって……。まったく、この人は……。
「でも、一応、根拠もなく悪魔GMDMに飛び込んだわけじゃないんだけどね。アニメの通りに作ったとしたら、悪魔GMDM片は、強い意志を持った人の精神を制御することはできないんだと思ったのよ。
取り込まれてみてよくわかったんだけど、悪魔GMDMは取り込まれた人を催眠状態にする電波を出すみたい。私も、取り込まれてすぐ催眠をかけられるのがわかったけど、『私を従えようなんて100年早いわよ。アンタの方が従いなさいよ』って強く思い続けてたら、だんだん……なんかこう、自分の意思がじわじわと悪魔GMDMに広がっていくような感じがあったね。たぶん、催眠装置は狂戦士システムにちょっと似てると思う。以前ノーブルGMDMに乗って実験したときに、狂戦士モードのスイッチを入れたらああいう波動を感じた気がする。
まあそんなわけで、催眠かかってるときにちょっとウスイくんのザッコをぶっつぶしたりしたみたいだけど、私は見事こうして悪魔GMDMのメインコンピュータになることに成功したってわけよ」
なんだかよくわからないけど、とにかく、キアト中佐はまたもや気合いで強敵をなんとかしてしまったということだ。ぜんっぜん理屈はわからないが、なんとなく「中佐らしい勝ち方」だと思った。そこに理屈はない。白鶏はまさに中佐の言葉で言うなら「なんか、強い」なのである。
僕らの白鶏は沈んでしまった。だが、この6人がいる限り、いつか白鶏は復活するだろう。その戦艦がどんな姿だろうが、真っ白に塗ってニワトリの首を立て、つぶらな目を書き込むだろう。
テキガワ連邦は、地球連合国との和平交渉に応じた。
こうして、戦争は終結したのである。
戦争が終わってから、僕は士官学校に進むことにした。戦艦白鶏の元クルーは、どこへ行っても一目置かれた。一般人はほとんど「白鶏」の名すら知らないのに、連邦軍の中ではヒーローだった。
僕は、風の噂で白鶏の主要メンバーが2階級特進したらしいと聞いた。そして、キアト中佐の第一声が「まあ、縁起でもない」だったということ、ウスイ大佐とキアト中佐が「まだ現場に出ていたいから」昇進を辞退したこと、タモト軍曹は訓練中だったので昇進の話はなかったことなどを聞いた。
後日、僕は彼らから一枚のはがきをもらった。大半が意味不明のなぐり書きとわけがわからないイラストだったが、キアト中佐がついに悪魔GMDMを脱皮して人間に戻れたことと、スズミー大尉、丑五郎侍大尉、リオリ少佐になったこと、タモト軍曹が士官学校を卒業して少尉になったことだけは解読できた。
その日の夜、ニュースで「さきの戦争の遺物である超兵器」こと、まごうかたなき悪魔GMDMが宇宙の彼方で爆破されるのを見た。
本当に、戦争は終わったのだ。
僕も早く士官学校を出て、また戦艦のクルーになろう。きっとその時には新しい「白鶏」が誕生していることだろう。その中には不思議な6人組がいて、カレーが煮え、もちのようなケーキが焼け、犬が走り回り、テレビにゲームをつないで楽しく過ごしていることだろう。
僕たちの炸裂戦艦「白鶏」に栄光あれ……。