第4話 「汝は咎人なりや」
明日更新するといった。
今日更新しないとは言ってない
「蛍さん、お帰りなさい」
「蛍、か」
鳥居にもにた門構えをくぐり、敷地内から屋敷に入った彼女を出迎えたのは、ほかでもない、少女の両親である。
男は50代中ごろ、女は30後半といったところか。
壮年期を迎えて未だ精力溢れる雄雄しい父親と、対比するかのように見るからに華奢な母親が寄り添っている。
「ただいま帰りました、母様、父様」
今日は、母親はいつもよりも体調がよいらしく、家政婦であり分家筋に籍を置いている婆やの食事の準備を手伝っていたようだ。珍しく割烹着を着こんでおり、台所にいるであろう婆やと蛍をなんとなしに交互に見ている。
父親がすぐそばに連なっているのは、そんな連れ添いが心配だったからだろうか。
彼は、娘の帰宅を言葉少なに歓迎しながらも、わずかに揺らいでいる蛍の力――霊道の乱れを確認すると、問いかける。
「……なにか、あったか?」
「いえ……一つ、学校の傍の雑木林でホコロビを滅した以外は、特に」
少年とのことは告げない。
確実に忘却の術を処理したのは間違いないことであるし、なぜか、あの少年とのことを他人に話してしまうのは「もったいない」と感じたからだ。
ほんの少しだけ気を傾けた少年との思い出を、なぜか、自分だけのものにしたかった。
「そうか、最近空気が淀んでいたと思ったが、やはり出たか。ここ数年、減っていたはずだが最近は動きが活発になっているようだ。……やはり、【あれ】が近いせいか――」
「あなた!」
言いかけた夫を、妻が咎める。
それは事実ではあるが、娘の前でいっていい言葉ではない。
「……すまない」
「蛍さん……」
頭を落とす二人に、蛍は逆に申し訳なくなる。
二人が悪いわけではない、もちろん自分が悪いわけでもない。
ただ、「事実」があるだけなのだから。
「あれ」は天災と同じなのである。ただ、何もしなければ確実に発生することがわかっており、それを止める術が自分にのみあるというだけのこと。
そう、それは「仕方ない」ことなのである。
だから、蛍は二人を恨まないし、二人がそれを気にして心を痛めてほしくはない。
「父様、母様。……私は、大丈夫です。それに母様こそ、養生してください。それでは、私は部屋に戻ります」
ぺこり、と。
実の父と母に対して行うにはずいぶんと仰々しい口調と態度で、彼女は一礼し、自分の部屋へと続く廊下を歩いていく。
それは、別に彼女と両親の距離が離れているからのものではなく、ただ蛍の性格的なものであることは両親もわかってはいたが、どうにも悲しく思えてしまうのは、二人が胸に秘めている罪悪感のせいだろうか。
蛍を見送った母――柚子は、身にまとう着物の袂で、そっと目頭を拭いた。
それは、決して娘の前で見せてはいけないものだ。
柚子が涙を流してしまえば、優しいあの子はきっと心を痛め、そして自分を追い込んでしまうだろう。だから、気丈にしていなければならない。
わかってはいるが、頭の理解だけでどうしてその感情を抑えることができようか。
「……私も50まで生きられるとは思っていませんが、それでも、あの子より先に逝きとうございます」
「私もだ」
柚子の言葉に、夫の応権も声を落としながら頷き、妻を抱きしめる。
蛍の寿命は、どんなに長くとも彼女が20歳となるその日まで。
それは、すでに定められていることだ。
変えることなど二人にはできはしない。
もし、それを不服として動こうとしてしまえば、かえって娘の命を縮めることになってしまうだろう。
いっそ、責められたのであればどんなに楽であるか。
自慰のために自責を望むという、本末転倒なことを考えたことも数知れない。
親である自分たちより先に逝くことを受け入れた娘。
その最後は、病気や事故ではなく、「自ら命を絶つ」ことであり、それを覚悟した少女を、親である自分たちは本来は叱って止めねばならないはずだ。
なのに、それは許されない。
「あれ」を防ぐためには、どうしたって愛すべき娘の命が代価に必要なのだ。
そして、娘が「そう」あるべきと育て、教えたのは、自分たちなればこそ。
その責はどれだけ己の心を疲弊しようとも、背負わねばならない。
本来であれば、子をなせる体ができたのであれば、すぐさま相手を用意して子を為させ本家の血を残し、そして生み終えた後にはその命を絶たせるのがならわしだ。
だが、それをなんとか嘆願して彼女が成人する日までと一族の重鎮達に訴え、延命することができたが、そんなものが贖罪になどなりはしない。
娘の変わりに、自分の命が必要であるというなら喜んで捧げよう。
拷問を受けろといわれれば手足を切り落とし、目と耳を潰しても構わない。
だが、それすらも許されない苦しみは、親としてなにより辛かった。
いつからだろうか。
応権が娘の心から笑う姿を見たことがなくなったのは。
もちろん、彼女が笑うことはある。
だが、それでもそこにはどこかに儚んだ影が見える。それを、彼女の性格のせいだと安易に思ってしまえるほど、父親として堕落してはいない。
しかし、それを救えるような頼もしい父親でもないことが、なさけなかった。
せめて、心許せる友人がいたのであれば、違ったのかもしれない。
彼女が言うには、学校に友人はいるという。
それは嘘ではないのだろうが、家に呼んで年相応の馬鹿げた話をするような者ではないのだろう。
あくまで、学校におけるその他大勢としての級友でしかない。
そんな者に対して、心を開くことなどどうしたってできないはずだ。
無理もない。
彼女は悩みを相談する相手すら、選べないのだ。
悩みを理解できるものは、秘密を知る一族の親族たちだけで、その親族たちは「自分たち」もふくめて、少女の死を立場上は求めなくてはならないのだから。
そんななかで暮らす蛍という少女は、誰に、どうやって悩みを打ち明ければいいというのか。
自分の死を望む者たちに、どうやって「助けてくれ」などと相談できるというのか。
その無意味さを知っていて、そして周りの者達も無力な者であることをわかっているからこそ、優しいあの子は誰も責めず、ただ自分の中に悲しみを秘め、我慢し続けているのだから。
(我ら一族の英霊たちよ。どうか、あの子の僅かな残りの人生に、良き者たちとの縁がありますよう、お導きください――)
それは、声なき祈りだった。
「子供に良い友人を」。
そんな、親たるものの当たり前すぎる微かな願いが、いかに困難なことであるかを二人は知っている。
だから二人は、零れ落ちそうな涙とともに、その願いの言葉を胸に飲み込んだのである。
果たしてその願いは叶い、少女を支えてくれるような「縁」は彼女の元に訪れるのだろうか――
「ふむ……予算は1000円まで。いざ、桃源郷へと行かん!」
ちなみにその「縁」となるらしい予定の少年はというと、どうせ帰るのが遅れたのだからと、いきつけの駅前の小さな個人商店の本屋に寄り道して、如何わしい本の選択に余念がなかった。
「ううむ……なぜだ。昨日までは洋物の金髪のボインちゃんのエロ本を買う気満々だったのに、今、無性にこっちの『黒髪美少女!ヤマトなでなでし子特集』に食指が動いてしまうのは」
「おーい、正史ちゃん、真剣になるのはいいけど、制服のままエロ本買われるとお上がうるさいから、せめて着替えてきてくれない? ばれるとおっちゃん罪人になっちゃうのよ」
「制服……制服モノか……そうだな、それもありだな。黒髪に映える。どこか浮世じみたお嬢様っぽいとなおいい」
「ちがう、そうじゃない」
しかもなんか最愛の娘は如何わしいほうに姿を重ねられていたとか、もしあの夫婦が知ったのなら「チェンジ!」と言うことは間違いがないと思われる。
次話は明日18時更新
そろそろ正史がアップを始める模様。
他の「ブレーメン」が、少しずつ話題に出てきます。




