第18話 「対決前夜」
その日からの数日間、蛍はといえば割りと平和的な日々をすごしていた。
学校ではコスプレの件についていろいろ他の生徒から話しかけられることはあったが、正史から事前に打ち合わせておいてもらった「家が厳しいので今回のことは家族には内緒にしてる。あまり大事にしたくない」というと、それで大抵の生徒は引き下がっていった。一部、熱心に勧誘をしてくる部活があったが、全てお断りした。
なぜか冬にあるというイベントに多数から誘われたのが謎ではあったが。
正史のほうも同じ設定でフォローに回っており、どうも「知り合いが開発中のゲームのキャライメージに合った蛍に、正史が土下座する勢いでかなり強引にコスプレをお願いした」ということになってるらしく、どちらかといえば蛍に同情的な風に見られている。
正史は正史で、「ガチでお金と時間かけてゲーム作ってる硬派な開発チームだから、演技指導とかも本格的にやってる」と言う風に周りに言っており、一部の人からは「ああ、あいついろんな知り合い居るみたいだしな」と割とあっさり流されていた。
オタク趣味だけで話が続いていたのなら、オタクが蛍に迷惑を掛けてる!と評価されたりして面倒なことになりそうだが、彼は演劇部やコンピューターゲーム研究会など、今回の件に重なるような部活の責任者や顧問と横の繋がりがあるため、その一連の絡みと思われているらしい。
「どちらにしろ、あいつはよくわからん」というのがクラスの評価である。
蛍はというと、学校ではそんな正史を多少気にするようになった。
まあ、先日のことがあるので当たり前のことであるが、改めて注意してみると、やはり授業中……というより、慢性的に寝ているような気がしている。
しかし、彼が普段からやる気の感じられない、自堕落、無気力な人間――という風にも見えない。
というのも、彼は「寝れるときに計画的に寝ている」ようなのである。
宿題などはきっちりやってあるし、提出物なども遅れて出したりはしない。
授業中も、教師にあてられても「え、どこから? どの問題?」などとあわてる事無く答えているし、じゃあどんな質問にも即座に答えがわかるほど秀才なのかといえばそんなことはなく、わからない問題にはわからないと素直に答えている。
どういうことなのかとちらりと彼を見てみたが、寝て大丈夫、そうでないといった見切りが上手いようなのだ。
眠るときも机に突っ伏すのではなく、目を瞑って何かを考えているような、もしくは机の上のノートや教科書に目を落としているような、実に自然体で寝ており、ばれないらしい。
むしろ後ろを気にしていた蛍が教師に注意される始末である。
そんな蛍を教師や当の正史は少し怪訝そうに見ていたが、文だけは何故か「キタコレ!」と嬉しそうであった。
そして、不思議なことに、正史からの「裏」に関わる接触らしい接触は、ほとんどなかった。
てっきり学校でも、魂守の一族や霊力などについて、人目を気にしつつ打ち合わせをしたり、さらなる深い話をするのかと思ったが、そのようなことはまったくと言っていいほどない。
彼は休み時間も相変わらず寝ているか、ふらりとどこかへ行くかである。
これも彼を目で追うようになってわかったことだが、たまに正史は「早退します」「一時学校を離れます」と教委の誰かに告げてどこかにいってしまうが、教師のほうも「わかった」というだけで特に驚かない。
つまり、彼は「サボっている」のではなく、ちゃんと手続きを踏んで「授業に出ていない」のである。
なるほど、確かに不良扱いにならないわけである。
もちろん、それをよく思っていない教師も一部――といってもかなり居るようであるが、手続きが済んでいる以上、彼に文句は言えないようだ。
だが、彼と「一切」接触がないのかといえば、むしろ逆で――毎日、朝の挨拶をして、宿題で難しい問題について答え合わせをしたり、アンや皇がやらかした騒動の笑い話を聞かされたり、「暇なら帰りにブレーメンに行こうぜ」と誘われたりしていた。
つまりは―『ごく普通の友達』がするような、それであった。
会話の中に「あ、今日は鍛錬があるからダメです」とか「霊力使うとおなかすくんですよ……」といった、割と普通でない単語が混ざってはいるが――それこそが『普通』である蛍には、正史とする話はとにかく気が楽だったのだ。
文と今までしてきた会話は、確かに普段の厳しい生活の中での気休めとしてありがたくはあったが、どうしても、気が緩んでうかつな言葉や不審な行動を怪しまれないよう、気を張る必要があった。
だが、それが、正史にはない。
正直言って――楽しかった。
同世代の人とする会話は、「気を休ませられる」のではなくて「楽しい」のだと、初めて知った。
また、特に輪を掛けて嬉しかったのが、ひっきりなしにくる真奈からの連絡であった。
電話はあまり好きではないのでメールにしてもらっているが、それでも、それなりの頻度でよく会話をしている。
内容はといえば、「おはよう!」から始まり、「テスト最悪。部活最高」といった愚痴や呟き、「今度服一緒に見に行こう!」などのお誘い、そして「正史、性格悪いよねー(笑」といった可愛い陰口など、様々である。
それに対して蛍が返すのは、「おはようございます」、「声楽部でしたよね? 頑張ってください」といった、当たり障りのない、それも真奈に比べてかなり短い要点だけの文面ではあったが、そこには言葉以上に思いが込められていた。
一度は、いつも眠る就寝時間をかなり越えるまでやりとりをしてしまい、翌朝の登校前の鍛錬に寝坊してしまったほどである。
それが、金曜の朝のことで――その日、蛍は「これはまずい」と自重を己に貸す決心をすることになる。
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その日、真奈に「少し鍛錬が忙しいので、今日は連絡ができません。明日お話しましょう」とメールを出し、その後、少し自己を振り返って見つめなおすことにしていた。
学校でも、正史にあったら、すこし馴れ合いをしすぎたことを告げ、「貴方達が私たちに悪意があって近づいてると思っているわけではないが、馴れ合って私が弱くなるわけには行かない」と距離を置こうとしていた。
明日の土曜日は、協力――という名で行われる、情報の交換会である。つまり、ある意味で彼らとの決戦ともいえる日でもあるため、気を引き締めるのにもよいだろう、と思ったのだ。
少し早めに学校に行き、正史が来たらすぐにそのことを言おうと思ったのだが――彼は、その日、午前中をまるまる休んでいた。
相変わらずちゃんと手続きは踏んでいたらしく、教師は何もいっていなかったが、よりにもよって、という気がしてやきもきする。
午後から彼はやってきたが、昼休みが終わる直前からだったのと、最後の授業が移動教室であったこともあり、会話をする余裕がない。
はあ、とため息をついて、帰りにそのタイミングをはかろうとしたのだが――先に、彼のほうから慌しく声を掛けられる。
「神奈森、ちょっとコレに記入して、明日持ってきてくれ。、待ち合わせ場所は、9時にブレーメンで。それじゃ急ぐから」
「え、ちょ、ちょっとまって!」
「じゃあな!」
彼はクリアファイルに入った何かを蛍に渡すと、そのまま風に飛ばされるように教室から出て行ってしまう。
数秒ほど呆然としてしまった蛍だが、いつまでも教室に残るわけにも行かず、「なんなのよ、もう!」と少々鼻から粗い息をしながら、帰路へとつく。
本人は気づいていなかったが――それは、以前のどこか冷めた様子でいる彼女ではなく、『理不尽な友人』に素直に怒りを見せる、年相応の表情であった。
クラスメイトの何人かが、それを、どことなく微笑ましそうに見ていた。
そして、帰宅した蛍であるが、とりあえず彼からもらった書類らしき物はなんなのか、と、自室の机の上に広げると、
「基本調査要綱……?」
そう書かれた、A4サイズの数枚の紙である。
ぺらぺらとめくって説明文をみると、今回の協力に対して、先に基本的なことについて簡単な問診のようなことをして概要を抑え、参考にしたい、ということらしい。そこには、『隠したいことがあれば書かなくてもいい。でも、嘘は書かないでほしい』とある。
それだけ見れば、こちらにある程度の誠意を見せている、という風に思えるが――最後に書かれた一文が、それだけではないことを表している。
『……お互いのためにも』
ああ、やはり。と、蛍は思う。
彼らがどれだけこちらに誠意を見せても。
どれだけ、気安く話をしていても。
――決して、馴れ合えるわけではないのだ。
この、まさに『警告』である注意書きこそが、最後に存在する彼らと自分達一族の、境界線なのだ。
だが、いいだろう。
私は、そんな彼らと一時的とはいえ協力することは決めている。
ただし、決して心を全部許すわけではない。
あくまで、今はお互いが自分達のために、協力をするだけなのだ。
相手を騙そうとしないだけなのだ。
さあ、どんな質問を私にする気だ。
今までの信頼の証として、嘘はつかないと、今ここで、一人誓ってやろう。
だが、自分達の不利益になると思えば、決して余計な情報は漏らさない。
ほら、ほしいのは私たちの退魔の技術か? 霊力という御業か?
それを欲して、近づいたのか、貴方達は。
それだけの価値が、確かに魂守の一族にはあるだろう。
それは、退魔の術に限った話ではない。
霊力を用いた様々な術式は、基本の術だけでも小柄な少女を一流のアスリート並の身体能力へと引き上げ、さらに奥義と呼べる技ともなれば単なる跳躍で5mの壁を越え、自動車並みのスピードで走り、中型のフォークリフトほどのパワーを発揮することもできる。
そういう、人間にはあるまじき、非常識な力なのだ。
おそらく、そういったものを取り入れることこそが、彼らの狙いではないだろうか。
さあ、こい。
貴方達からのその質問から、貴方達の真の意図を見破ってみせる――!
蛍は、深呼吸とともに己の霊力によって心を高ぶらせ、ペンを握りファイルをめくる。
そして、彼女は見た。
そこに書かれていた、その最初の質問の内容は――
質問1.
貴方はどのくらいの速度で飛べますか? 次の中から選んでください。
①50km/h未満 ②50-200km/h ③200-500km/h ④500-マッハ以下 ・・・・・・
「なんで飛べることが前提の質問になってるのよ! おかしいでしょ!」
盛大な突込みが、少女の部屋に響いていった。
なお、選択肢⑤は『マッハ~亜光速』で、⑥が『飛べない』だったとかなんとか
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9月中に2回くらい更新予定です




