第17話 「ブレーメン」
「じゃあそういうわけで、また土曜日会いましょうねー」
そろそろ本当にお開き、と、究が楽しそうにそういったき――
「あ、そーだ、蛍ちん、携帯もってる?」
アンが蛍に近づき、頭のトカゲを落とさないように器用に顔を上げて聞く。
蛍は、「ええ」と鞄からシンプルな昔ながらの携帯電話を取り出して、アンに見せた。
「一応、持ってますけど……仕事用にしかつかわないですが」
「おっけー、それかして」
ひょい、と。
それなりに対術を学んだ蛍が、まったく反応できないほど自然に、アンが手を伸ばしてそれを取り上げる。
そして、頭のトカゲ――ドラポンの口の前に持っていくと、ドラポンが口を大きく上けて――飲み込んだ。
明らかに、ドラポンのほうが蛍の携帯より小さいのに、である。
「え、え? な、なに!?」
「だいじょぶだいじょぶ、ちょっとまってねー」
突然のことに声を失う蛍を、にまにまと見上げるアンは、ごー、よんー、さんー、と可愛らしくカウントダウンをして――そして、ついに数字がゼロとなったとき、それは起きた。
「しゃげー」
どこか棒読みに感じる鳴き声で、ドラポンが絡めた蛍の携帯ごと舌を伸ばして、彼女にそれを差し出している。
なんというか、非常にシュールな光景である。
あまりの絵面に少し体が停止していた蛍であるが、それでもおそるおそる、とそれを受け取った。
不思議と粘液めいたものはついてはおらず、アンに渡す――取られる前と同じ状態だった。
「あの……今、なにを?」
「アンたちの『表向き』の連絡先ー。ここにいる人たちの分だけだけど、入れておいたから。土曜日には蛍ちん専用に、ちゃんとした端末を作ってあげるけど、とりあえず土曜日まではこれで連絡とろーねー」
にへら、と笑うアン。
言われて、蛍が携帯を捜査すると、確かに正史、アンたちからなる携帯の電話番号が登録されていた。
どうやら、あのトカゲモドキの中で何らかの処理を行ったらしい。
たしかこの携帯はセキュリティ番号でロックしていたはずなのだが、あっさり解除されていたようである。
……多分、突っ込んだら負けなのだろう。
「えと……みなさんの、ですか? あ、じゃあ私の連絡先もアンさんに……」
「今のでもうわかったからダイジョブ。蛍ちんがいいならみんなにも共有しちゃうよー」
悪びれずそんなことをいうアン
もう、ため息も出てこない蛍である。
「……あ、ハイ。いいです。どうせ調べられたら簡単にわかっちゃうんでしょうし。では、何かあったらこれで皆さんに連絡を取れば、ということでいいですか?」
「あ、用がなくてもおしゃべり歓迎だよー。やっぱり友達になるのにガールズトークは必要だもんね!」
「友……だち、ですか」
なんとなく、おっかなびっくりと携帯をいじっていた蛍であるが、真奈にそんな風にいわれて、思わず問いかけを返す。
友達。
ガールズトーク。
確かに、女の子同士の友達なら、そういうこともするものなのかもしれない。
クラスメイトで比較的仲のいい文を相手にすら、それに該当する会話をした記憶はないのではあるが。
だから蛍は、まるで、差し出された飴玉を自分が本当にもらってもいいのだろうか、と不安げな顔になってしまう。
そんな彼女は、ちらりとなんとなく正史を見て、
「あの……田渡君。私、皆さんの友達で、いいんでしょうか」
「まあ、お前もそう思ってくれるとうれしいとは思う。まあ俺はいろいろお前にいろいろやっちまってるから信頼しきれないのは分かってるけど。まあ、片思いしてるってことで」
「片思い?」
不意に出た、恋愛ごとにまつわる言葉に、蛍は驚くよりもまえに、その意味がわからないでいた。
最初は、自分に告白されたのかと思ったが、何か違うような気もする。
その考えは正しかったらしく、正史は片をすくめて言葉を続ける。
「だってさ、俺だけがお前と友人になりたいと思っていたら、片思いだろう」
友人関係だって、片思い、両思いってあるもんだ、という正史は、どことなく寂しそうでもある。
蛍は、少しだけその言葉の意味を胸の中で反芻したあと、今度はしっかりと正史のほうを見た。
「じゃあ……田渡君は、なんで私と友達になりたいと思ったんですか?」
そう、正面から聞いた蛍の問いかけに、正史は、
「好きだから」
彼のその返答は、瞬時だった。
それが、ごく当たり前であるというように、いつもの飄々とした顔のまま、そう答える。
「えっ」
間違いようのない好意の告白に蛍が顔を赤らめて狼狽をしそうになる。
ただ、それを言った正史のほうはといえば、そこには別に、思慕する相手を前に浮かれた様子もない。
そこで、蛍も勘違いに気づいて、彼の言葉の続きを待った。
正史は、こんこんと、あの時のことを記録していたというネクタイピンを突いて、
「人のために一人頑張って戦い続けて、俺を巻き込まないように記憶を消して、でも、罪悪感でごめんなさいって言ってしまう。そういう奴だって、俺は知っちまったからな。そんな一生懸命な奴、俺は好きなんだよ。
だから、俺はお前と友人になりたいと思った」
それは、ある意味で、愛の告白よりも恥ずかしい、純粋な好意の言葉。
蛍は、今度こそ耐えられなくなったように、ふるふると体を震わせて「え、え」と声を上げて狼狽してしまう。
それは、どうしたらいいかわからない、という単純なパニックではない。自分の中からあふれ出る感情に、溺れそうになったからだ。
――歓喜と言う、感動に。
そんな風に息を詰まらせる蛍を、少年はどう感じただろうか。
ただ、彼はやはりいつもどおりのとぼけた顔で、こういうのである。
「いったろ? 俺の考えは、割とシンプルなんだって」
*********
「友達、か……」
あの時の、正史の、そしてみんなのその言葉。
欲しくて欲しくてたまらなかったくせに、いつか諦めて手を伸ばすのをやめてしまったもの。
それを、彼らは向こうから自然に手を差し伸べてきた。
考えることもできないまま勢いに飲まれて掴んでしまったその手は、思いのほか、暖かった。
簡単に心を許すのはいけないと思いながらも、今この瞬間だけは、掴んでもいい気がしている。
もちろん、そんな何の根拠もない赤の他人からの好意の言葉を、単純に信じるほど蛍は自分が甘いつもりはない。
ないのであるが――
にへら、と。
蛍は、あのときの彼らの言葉を思い出して、不意に自分の頬が緩んでしまっていることにきづく。
「だめだって、私! 何、気を許してるのよ!」
自分に叱咤をするが、崩れる相貌どうしても止めることができない。
「ううー」とか、「あああああ」とか意味のない言葉をうめきながら、布団の上でごろごろ転がってしまう蛍である。
なんだろう、自分はここまで精神が弱かったのかとさらに落ち込みそうであったが、そのときの蛍はとにかく転がることでしかその心のやり場が見つからないでりう。
たっぷり30分は転がり、秋とはいえ発汗を感じたころにようやくそれを止めたのだが、今度はそれまでの自分の醜態を思い返してまた恥ずかしさが止まらず布団の上を転がり始めたりと、本格的に何かがまずそうではあった。
「えっと……とりあえず、土曜日、かな」
落ち着きを取り戻し、彼女が呟いたのは、件の約束の日のこと。
彼ら曰く、いろいろと霊力やホコロビについて調査の協力をしたいということである。
彼らの更なる情報ももちろんだが、そうやって協力したことで彼らのアプローチから何かわかったのなら、その情報は全て教えてくれるとのことである。一方で、こちらからの情報は話せないことは話さなくていいとのことだ。
はっきり言ってしまえば、正史たちに旨みが全くない胡散臭い取引のようであるが、彼らにしてみれば「調査」そのものが目的であり、別に当事者である神奈森に隠す意味がないとのことだ。
もっと言ってしまえば、蛍を「正史たち側」に入れたいというのが本音らしく、『協力関係を築くための先行投資』であるとのことだった。
しかし、協力関係とは言われたものの、蛍は、まだ彼らをどこまで信頼していいか、距離感がつかめないで居る。
友人といわれてうれしくとも、同時に戸惑いも強く残っている。
彼らと、今後、どのように、どうやって関わっていくのかはわからないが――
魔法使い――真奈。
魔王――皇。
宇宙人――アン。
改造人間――遼平。
マッドサイエンティスト――究。
そして、変なクラスメイトの――田渡正史。
そんな彼らと会った、あの、ちょっと不思議な喫茶店。
「うん……とりあえず、あのお店のお茶は美味しかったから――たまに行ってみて、みんなと出会ったりするくらいは、してもいいのかも、ね」
そう、ぼそりと枕に口を当てながら、呟いてみた。
「あくまで、美味しいお茶のためよ」と、誰に聞かせるでもなく主張する蛍は、どことなく楽しそうである。
あそこは、彼らのたまり場の一つでもあるらしく、ほとんどの客が完全に『あちら側』の普通でない面々か、もしくはそれに関わる事件に巻き込まれて『あちら側』を知った普通の人達だという。
むしろ、普通の人は気づかないという、そういうお店だとのことだった。
そしてめでたく、蛍にも『お客』の証だという、お店のポイントカードをもらっている。
ポケットに入れっぱなしだったことを思い出し、それを取り出すと――シンプルな茶色の下地でありながら、どこか不思議な光沢を放っているそれ。
表には、可愛らしいロバが小さな木に寄り添っているイラストが描かれている。
そして裏には、とても可愛い、世界のどこにもなかったような独特のフォントで、お店の連絡先と、その店名が、こう書かれていた。
『ブレーメン ~英雄達の宿り木~』
と。
本日は夕方にもう一回更新します




