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ブレーメンの英雄達  作者: ぐったり騎士


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第12話 「求め伸ばした指先は」

「あなたは!」



 正史の言った言葉に反応して、蛍が立ち上がり、かちゃん、と机の上の紅茶が跳ねる。


 少女のその眼は、彼女らしからぬ激情と憤怒を湛えていて――正史は、「毎回思うけどやっぱり俺、貧乏くじ引いているよなぁ」と嘆息した。

 

 蛍には、それこそが自分を嘲笑されたかのように見えて、叫ぶ。

 

 

「私たちのやっていることが、間違ってるって、無駄かもしれない言ってるの?」


「そんなことはない。実際、俺はお前に助けられたし、俺以外の人たちを救ってきたんだろう。それを間違っているだなんて、誰にも言わせない」


 

 断言する形で、正史が言う。

 彼の細い目が、はっきりと開かれて彼女の視線を受け止める。


 それだけは、絶対に覆らないことだと、はっきりと。


 でも――

 


「でも、本当に目的が【ホコロビ】を倒して人々を守ることなのなら――今のやり方は、あまりに不恰好で、不合理でもある」



 諭すように。

 宥めるように。

 

 少年は、事実のみを告げる。

 だからこそ、その言葉は辛辣に蛍に届いた。


 

「じゃあ――どうすればよかったんですか!」

 

「……」

 

 

「私だけじゃない! 母様も、父様も、亡くなられたおばあ様、ご先祖様たち――私たち一族が、どれだけつらい思いしたと思ってるの! みんな、この世界を守るためじゃない!」


「……そう、なんだろうな。否定はしない」


 

 正史は、頷いた。

 

 そう、それは、否定はしないが――ただ、事実すべてでもないことを、正史は知っていた。

 今、彼は蛍には告げていないが、「魂守の一族」が閉鎖的である理由について、だ。


 でもきっと、今それを言っても彼女は受け入れないだろう。

 場合によっては、心が砕けてしまうかもしれない、そんな事実を。

 

 蛍は、自分達の一族を正義の味方のようなものだと思っている。

 そうであるからこそ、ああいった「お役目」に熱心に向かっているのだろうと、正史は思う。

 

 誰にも知られず、自分達が苦しむ代わりに人の世を平和にしているということ。

 

 それが一族の誇りであるから、伝統であるからと、きっと心の支えにしてきたのだろう。

 だが――実際の「魂守の一族」は、そんなお花畑な集団ではない。

 

 彼らがその技術を隠匿するのは、とてもシンプルな理由――つまり、「利権」を彼女の一族が手放したくないからだ。

 

 彼女と、彼女の一族に義の心があることは疑っていない。

 そのために、様々な場所で【ホコロビ】と戦ってきたことは、すでに「ある男」からの資料でわかっている。

 だが同時に、【ホコロビ】がなくなったら困るのも、彼女の一族なのである。

 

 はっきり言ってしまえば、魂守の一族というのは、一種の「特殊技術団」なのである。

 彼女たちの一族が、日本各地で名家として名を連ねているのは、【お役目】に関する数々の実利があってこそなのだ。


 

 そのことを――正史は蛍には言わない。

 ここで、「できる限り蛍を追い込むこと」を【仲間】に言われている身としては、それは悪手なのだろうが――もう、十分だろうと思った。

 「相変わらず甘い」、と後で叱咤されるだろうが、知ったことかと、正史は腹をくくることにする。

 

 

 だから、今は。

 正史は、彼女の本気を受け止める。

 

 彼女に本当に伝えたいことは、別にあるからだ。

 今の彼女の激情から決して逃げず、受け止めて――伝えなければならないことがあった。


 そう覚悟を決めた正史の目の前で、少女が今まで我慢してきた様々なものを、慟哭とともに吐き出す。

 


「何も知らない癖に! なのに、なんでそんなことをいうの? なんで、やってきたことを否定されなきゃいけないの?

 私だって、私だって、やりたいことがたくさんあった! やりたくないことをたくさんやった!

 でも、私たちが【私】がやるしかないからって、ずっと、ずっと――」



 そこまで言って、少女――蛍は、自分のほほに、一筋の水滴が流れたことに気づいた。

 ああ、自分は泣いているのだ、と理解したら、もう感情は止まらない。

 くぐもった声は、いつしか嗚咽に変わり、それでも気丈にあろうと、目の前の少年を敵のようににらみつける。

 

 彼は、少女に最初に言った。

 

 ――なぜ魂守の一族だけに任せなくてはならないのか、と。


 つまりそれは、自分達では当てにならない、といっているのだろう、と少女は思う。

 だから、早く技術を公開して、もっと有効に使え、と。

 正史は、そういってるのだろう、と。

 

 

 それはきっと正しい。

 正しいのであろうが――あんまりではないか。


 自分達が、惨め過ぎるではないか――!



「私は、どうしたらよかったのよ……!」

 

「……言えば、よかったんだよ」



 正史の、どこか突き放していて、どこか優しい、そんな言葉。



「……え?」


「助けてって。『みんな』に言えばよかったんだ」


 

 少年が、どうしても彼女に伝えたかった、その言葉が、空気を伝わる。 



「そこに、危機が迫っているのなら――それが大きければ大きいほど、皆に訴えればよかった。仲間を募ればよかった。そのことで別の問題は生まれたかもしれないが、それでも、【お前】が背負う責任や重さは、減っていたはずだ」



 幼子に、童話を聞かせるように。

 どうか、泣かないでであやす様に。

 


「俺は、最初に言ったよな。なんで、お前たちの一族だけに任せなきゃいけないのかって」


「うん……」



 蛍は、正史の真剣な問いかけに、己の激情を忘れて、静かにこくりと頷いた。


 つい先ほどまで考えていたことだ。

 忘れるわけがなかった。

 


「それはさ、お前達を侮蔑しているわけでも、お前に任せられないって言ってるわけでもないんだ。でもさ――」



 そこで、正史は一度言葉を止めて。

 今までで一番優しい声で、「それ」を聞く。



「なあ、神奈森……これは、魂守の一族が……【お前だけ】が背負わなきゃいけない問題なのか?」



 それが――正史が一番言いたいことだった。



 すとん、と。

 

 その瞬間、蛍は無意識に腰を落とした。

 体から力が抜けて、呆けたように、正史を見る。

 

 

「もしこれが、魂守の一族だけの閉じた問題であるならば、確かにそれは一族が背負わなければならないのかもしれない。

 でも、これは、世界そのものの問題だろう。なら――それは、この世界全体が、そこに生きる者達が、背負わなきゃならない問題であるはずだ。

 だから、もう一度問うぞ、神奈森。

 本当に、これは、……お前だけ(・・・・)が背負わなきゃいけない問題なのか?」



 正史の問いかけ。


 その質問をしたまま、彼は黙って蛍を見続ける。

 あせらせないように、ちゃんと考えて答えをほしいと、伝えるように。


 そんな彼の真摯な気持ちを、蛍も理解できたから――少女は、素直に答える。



「わからない……。でも、少なくとも私たちがやれば、その苦労を他の人が背負わなくて済む。だから、私達がやるべきだと思ってた」


「そうだな――でも、勝手だな。他の奴らだって、この世界のために、そういう苦労を選ぶ奴だっているかもしれないんだぞ」


「……いるの?」


「そりゃいるだろ。じゃなかったら、自衛官やら警察になったり、お金にもならないのにわざわざ発展途上国で病気と闘ったりする奴とかだって居なくなってる」


「でも――私は、ほかの人には力のことを秘密にしなくてはならないって、そう教えられてきた」


「だろうな。俺も調査結果を聞いてるけど、いろんなものが絡んでる。単純に力のことを公開したら面倒事が起きるのもまちがっちゃいない」


 

 それは、あくまで、神奈森家の一族の利権的な問題であって、人の世のためではないが――正史は悪いことだとは思わない。

 むしろ、己の利権を守るのは当然のことだと思っている。

 

 ただ、問題は――目の前の彼女は、それを知らないで、気づかないで己の身を削っているということ。

 彼女の家族も決して蛍を利用しているわけではないだろうが、それでも、一族のためと人の世のためを混同したまま蛍が傷ついていくのは、正史は嫌だった。


 良い、悪い。そういうことではなく――嫌だった。

 

 

「プライドがあるから、伝統があるからそれを守りたいっていうならそれもいい。それを選択するのは、お前さんの自由だ。

 ただ――おまえは言ったよな。自分も家族も辛い思いをしていて、でも自分たちがやるしかないからやっていたって。

 じゃあさ、ためしに手を伸ばしてみないか?」

 

 

「……手を?」


「ああ」



 少年が、自分の手を天井に掲げ、電灯にすかすようにして、それを見上げる。

 それでもメガネをはずした状態ではずいぶんとまぶしいのか、目をいつも以上に細める。

 


「さっきいったとおり、助けて、ってさ。そうすりゃ、お人よし、実利を取るやつ、俺みたいに自己保身……理由はそれぞれだろうけど、その手を取る奴は、きっといると思うんだよ」



 そういって、手を下ろした正史は、カップに残った最後の紅茶を飲みほした。

 

 

「……助けを、求める……」



 確認するように、蛍が呟く。

 そして、自分と、一族のことを思い返して――

 

 ああ、そうか、と蛍は呟いた。

 

 正史の言うとおりだ。

 たしかに、私は、私たちの一族は、それを行ってはいなかった。

 

 だけどそれは――

 

 蛍は、きゅっと一度制服のすそを握り、



「……ありがとう、田渡君」


「ん?」


「貴方が、それを善意で言ってくれてるのは分かった。それに、私たちを侮辱していたわけでもないってことも。

 そしてきっと、あなたの言う通り、私たちの技術を公開して、皆に助けを求めるっていうのも、きっと有効な手段なんだと思う」

 

 

 でも――と。

 

 蛍は、否定の言葉を続ける。



「私はね、……助けてって、誰に言ったらいいのか、わからない。

 だってそうでしょう。誰が私を信じてくれるの? 誰が受け入れてくれるの? 誰が助けてくれるの?

 時間をかければ、いつか何とかなるかもしれないけど……でも、最初は必ず、私たちは否定され、排斥される。

 それはね……ものすごく、怖いことなのよ」

 

 

 誰かに手を取ってもらおうと手を伸ばし、誰もつかんでくれない。

 それがいかに絶望を与えてくれるのか、蛍は知っている。

 

 今まで仲良かった者が、ホコロビと戦う自分を見て悲鳴を上げたことを覚えている。

 化け物と呼ばれたことを、覚えている。

 石を投げられた痛みも、覚えている。

 

 自分だけではなく、母も、祖母も、そういう痛みを受けてきたはずだ。

 

 

 正史みたいなものがいないわけではないだろうが――そういう者たちこそ、傷ついてほしくない。

 

 ああ、結局のところ、自分も、自分たちの一族も、子供なのだ。

 人との関わり方を覚えず、ただ自分の世界で生きていただけの、子供なのだ。

 

 蛍は今、そのことに気づいた。

 

 

「私たちはずっとそうやって生きてきたから――頼り方を知らないの。

 助けてって手を伸ばす、最初の一人になることが、怖くて怖くてしかたないの。

 だから――きっと、それが悪手だと気づかされた今でも、私には、それができそうにないんだ」

 

 

 泣き笑いを浮かべて、蛍は言う。

 

 

「でも、いつか――そういう時がくればいいな、って、ちょっとだけ思った。

 たった一人でも、私の力を知ってなお手を取ってくれようとしている、田渡君っていう人がいたから――私は、救われた。

 それで、もう十分。

 私は、それだけで、これからも戦っていける。

 自称専門家で、頼りないかもしれないけど、頑張っていくから――」

 

 

 信じて、私のことは忘れてくれないだろうか。

 

 そう、決別の言葉を言おうとして――

 

 

「たった一人? いや、もっといるんじゃねーかな」


「え?」



 少年が、そんなことをのほほんと言った。

 それまで蛍が作っていた悲痛な空気を、簡単に壊してしまうようなのんきな声だったが、彼はそれを気にも止めない。

 

 ただ、狐目だったその眦(まなじり)を下げて、笑う。

 それは、友達を遊びに誘いに来た、少年の楽しげな笑顔に似ていて――

 

 

「ま、ためしに、言うだけ言ってみろよ。助けてくれる人、この指とーまれって。

 意外と、集まってくると思うぞ? たとえば――」

 

 

 ひょい、と。

 蛍――ではなく、その後ろを指差して。

 

 

「そこにいる、暇な奴らとか」


「――え?」



 蛍が、反射的に振り返り正史の指先を追って――



「やほ」



 一言だけそう言葉を発したのは、サイドポニーをしている、少女だった。

 お嬢様学校で知られる清音女子の制服を着ており、おいしそうにチョコレートパフェを食べつつ、スプーンをくるくる回して自分をアピールしている。

 ただ――たまに、彼女の周りでふわふわと飛んでいる蝶のような光はなんだろうか。

 

 

「ん? なんか知らんが暴れさせてくれて飯おごってくれるんなら手伝ってやんぞ。おーい、ミミー、おかわりくれ。大盛りで」

 

 

 ハンバーグピラフをすごい勢いで食べつくしたツンツン頭の少年が、ウェイトレスにオーダーを追加している。

 少年の隣に置かれた重なり合った皿の量が、彼が平らげたであろう料理の数々を物語っていた。

 しかし、たまに彼の影が不自然に動いて料理を掴み、そのまま自分の中に吸い込んでいるのは気のせいだろうか。

 

 

「……水と砂糖。あと植物性オイル」


 どこか武骨な顔の青年が、ついでとばかりに淡々と注文をした。

 なぜか携帯ゲームをしており、指先が高速で動いている。

 ……まず疑問なのは、それは喫茶店で頼むオーダーなのだろうかということ。そしてどうして彼は届いたオーダーを、ストローで首筋に注入しているのか、である。

 

 

「りょへーちゃん後ろ狙われてるまだタゲうつってないヘイト稼いでフィニッシュ決めて蛍ちんゲームで遊んでくれるなら手伝うよレアドロキタコレ!!」


 青年の向かいに座る小学生くらいの、シルバーブロンドでロングヘアーの女の子が、携帯ゲームから目を離さないまま早口で何かを叫んでいる。

 あまりに早くて聞き取れなかったが、自分の名前を呼んで「手伝う」と言っていた気がする。

 彼女は、それ以外は特に普通そうに見えて、なんとなくほっとした。

 少女の肩に、見たこともないトカゲらしき生き物が昼寝しているが……うん、もう些細な問題だろう。

 


「なるほど、霊力ですか……イデア理論との兼ね合いってどうなるんでしょうこれ。真奈ちゃんの属性とは違ってくるのかなぁ……試したいなあ、調べたいなあ……あ、とりあえずホコロビでしたっけ? そのへんからいじってみましょうかうおおおお、腕がなるでぇぇぇぇぇぇ!」



 なにか不穏なことを言っているのは、白衣を着て眼鏡をかけた、おでこの広い女性。

 わきわきと動いている手が非常に怖い。

 何もない空中に、ぱぱぱ、と指を走らせると、何故かパソコンの画面のようなものが浮かび上がったが、まあたいしたことではないと思う。

 

 

 そんな奇妙な集団を、蛍は呆然と見つめていると、正史は手を振ってその集団の中のサイドポニーの少女に、親しげに声をかけた。

 

「あれ、思ったより集まったな。真奈、ちなみに香住さんは?」


「眠いんでこないって。どうしても必要になりそうならその時呼べってさ」


「……まあ、あの人は動かないほうが世界は平和だよな……」



 ほっとした口調で、正史がそんなことを言い、そのまま談笑を始めてしまう。

 

 しばらくの間固まっていた蛍だが、ぎぎぎ、と再び首を正史に向けて、



「田渡君……あの、この人、たちは?」


 そんな、当たり前の疑問を述べると――


「魔法少女と魔王と改造人間と宇宙人とマッドサイエンティスト」


 

 よくわからないことを言われる。



「……え?」


「魔法少女と魔王と改造人間と宇宙人とマッドサイエンティスト」



 ――いや、聞こえなかったわけじゃないから。


 

 繰り返された正史の言葉に、そう突っ込みを入れたかった蛍であるが、あまりにカオスなその説明に、なにかもうどうでもよくなって――



「――あ、ハイ」



 少女は、考えるのをやめた。


次回、 「蛍と英雄達」

金曜23時ごろか、土曜の朝に投下予定です


蛍ちんが可哀想に思えたらブクマ、評価ボタンを押してあげてください。

作者がよろこんで蛍ちんをまた可哀想にします

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