第13話 「蛍と英雄達」
「えと……なんでこの人たち、いるの?」
まだ状況がつかめていない様子で、震える指で彼らを指し示す。
人を指差してはいけない、と小さいころに教わった気もするが、そうする以外に彼らを表現する方法が思いつかなかったからだ。
「だってあのとき、『二人きりがいい』と思ってたら違うって否定されたから。それじゃ皆集めておこうかと」
とぼけたように正史はそんなことを言った。
あのとき――というのは、あの屋上に続く階段でのことだと思い出した蛍は、少年に詰め寄った。
「あれはそういう意味じゃないです! ってそれも絶対わかっててこの人達呼んでますよねそうですよね! なんなんですかこの人達は!」
「だから魔法少――」
「そうじゃなくて!」
そんな与太話を聞いてるんじゃない、と叫ぼうとする口をなんとか押し留めながら、かわりとばかりに机をばんっと両手で叩く蛍。
「貴方――最初から私のことをこの人たちにばらすつもりだったんですか?」
「ばらすつもり――というか、俺が言うまでもなく、もうだいたいばれてたし」
「え」
「【ホコロビ】っていう異形が発生する。そういった新しい事実が『この世界』に発生した以上、気づくやつが居るんだよ。俺らの中に。
といっても、最初にその現象に接触するのは俺なんだけどな」
正史の説明は、蛍にはわかるようでわからなかった。
気づく者がいる、というのも驚きだが、彼の言い方だと、まるで「最近」になってホコロビが発生したような言い方だが、それはありえない。一族は1000年以上にもわたって異形たちと戦っていたという事実があるのだから。
正史は、そんな蛍の困惑を見据えながら、それでも今は説明する必要がないというかのように言葉を続けた。
「だいたい、ホコロビってのは別にお前らが管理するんじゃなくて勝手に発生するもんなんだろ。だったら普通に表に転がってる過去の事件やら事故、その辺を調りゃ必ずどこかで痕跡は見つかる。それに対抗する団体があるって事も、そこから発生するお金の動きやら人の動きを抑えれば特定可能……らしいぞ。詳しいことまでは俺はわからんけど。
あるかどうかわからないものを追うのは難しいけど、あるとわかってることの痕跡を探すのは技術と道具と時間がありゃわりと簡単なんだとさ」
そして、その結果――言いながら、少年はもう一度蛍の後ろの席に座る集団を指差して、
「何人か『関係がありそうな奴』に声をかけて、暇な奴は来いって言ったらこうなったってだけ」
指刺された彼らは彼らで、相変わらずパフェを食べ、料理を食べ、水と砂糖を呑み、ゲームをして、空間を叩いてと、好きなことをやっている。
蛍はもうここ数日で何度目かになるかと思う、こめかみを押さえて
「そんな……どうしよう、こんな大勢の人にばれるなんて。……絶対に分家の長たちが責め立ててくるわ。というか今すぐにでも連絡入れて対策取らなきゃ」
「分家――ああ、橘家と桂家だっけ。大丈夫、大丈夫、他にばれなきゃ問題ないって」
「だからなんで知ってるんですかぁ!」
さっくりと出てきた一族のお家事情に、もはや蛍は叫ぶことしかできなかった。
「調べた人がいるって言ったろ。 基本的におまえんとこの一族の『外向け』の関係図は調査済み。さすがに裏の顔のほうは一部の警察組織とかお偉いさんと繋がってて便宜図ってもらってるとか、そのくらいのことしかわかってないけど」
「十分すぎます!」
叫んだところで、横からウェイトレスが蛍のコップに水を挿してくれたので、「あ、すみません」と一言お礼を言ってからそれを飲む。
このウェイトレスにはウェイトレスで、蛍の挙動にまったく動じてない様子で、この子も正史の仲間だろうかと思ったが、今は考えている余裕がない。
「秘密がばれたどころじゃないじゃない……あああ、本当にどうしよう」
そして、なんで目の前の少年はこんなことをするのか、できるのかと考えて、もしかして彼らも裏の世界の関係者なのでは、と思いつく。
もしそうなら問うだけ無駄なのかもしれないが、何もやらないよりはマシだと蛍は聞いた。
「田渡君……貴方達は、なにかうちに敵対する一族とか、組織とか、そういうものなんですか?」
「別に俺ら自体は組織とかそういう意識はないよ。仲間意識くらいはあるけどな。逆に嫌いあってる奴らとかも居るし。
ぶっちゃけ、どいつもこいつも自分勝手だからな、俺も含めて。……なあ?」
「友達の頼みだし、興味もあるしねー」
と、サイドポニーの少女。
「ストレス解消」
と、つんつん頭の少年。
「仕事で問題にならないように」
と、無愛想な青年。
「ゲーム仲間増やしたーい!」
と、携帯ゲームから目を離した少女。
「玩具大歓迎」
と、相変わらず怪しげな笑いを続ける白衣の女。
「新しいお客さん、増やしたいです!」
と、リボンのウェイトレス。
最後はいつの間にまざったのかのだろうか。
突っ込みを入れる前にウェイトレスは厨房の奥に引っ込んでしまったため問いかけようがなかった。
それはさておき、それぞれが勝手にやっている、というのは本当のようである。
「というかさー、そこの二人、いつまでもいちゃついてないで、そろそろ自己紹介とかしようよー」
我慢できなくなったのか、パフェを食べ終わって手持ちぶたさになったのか、サイドポニーの少女が立ち上がり、蛍へと近づく。
「いちゃついてないです!」
「まあまあ、蛍ちゃんだっけ? ふーん……」
「な、なんですか?」
蛍を宥めながらやってきたその少女は、女である蛍から見ても、非常に綺麗な娘であった。
純粋な日本人ではないのか、緑と赤が混ざった宝石のような目と、うっすらと色素の抜けた髪の毛は、よく見れば染めたのではなく地毛の様である。
自分が日本人形にたとえられることがあるとすれば、その少女はヨーロッパ風の洋式人形の美を持っている。
そんな少女が、自分を嘗め回すように上から下までじっくりとじろじろ見てくることに、蛍が困惑していると、
「……よおおおおし!後輩ができたぁぁぁぁぁ!」
「ひっ!」
少女の突然の大声とその内容に、身を硬くしてしまう蛍。
「ああ、これでこれから新人が慌てふためいていろいろ戸惑いまくって頭痛と胃痛に悩まされた挙句自分のアイデンティティの崩壊にお目めグルグル状態になる、そんな様子を愛でて楽しむことが出るのね! あたしが半年前に味わったことを今度は見守る側になれるのね! しかも黒髪大和撫子美少女! これはあたしも超テンションあがるってものよ!」
やっほー、と。
ガッツポーズを決めながら盛り上がる美少女と言う、なかなかシュールな光景を生み出している少女。
そんな彼女を蛍は呆然と見つめて――
「真奈の奴とばしやがんんなー。どうしたんだアイツ」
「前回はあいつだったろ。んで、皇のせいで真奈のやつ、それまでの決意とか努力とか、全部意味なくなっちゃったじゃん。それで燃え尽き症候群どころじゃなかったし。
そんなふうに自分が苦労したから、今度は立場が逆転できる相手ができて気分上がったんだろ」
そして、いつの間に移動してたのかツンツン頭の少年と二人で話している正史たちが、何か不穏なことを言っていた。
相変わらず訳がわからないが、とりあえず、今は情報を集めるのが先だろう。
今後、正史たちとこの集団に対してどうすべきかは考えなくてはならないが、蛍は少女に先を促した。
「あの……結局、その、貴方は――」
「ああ、ごめんごめん、それじゃあたしからね。
ここじゃ仙厓 真奈って名乗ってるよ。真奈でいいかんね。あたしは清音女子の二年生だから……蛍ちゃんと同い年、ってことになるね。んで、魔法使い」
「……ごめんなさい、どこから突っ込んだらいいかわかりません」
なぜ自己紹介一つでここまで苦労する必要があるのだろう。
なにかやるせなさを感じながら、蛍は真奈という少女に対して目を伏せた。
「だよねー。いいよん、疑問があれば聞いて聞いて。何から聞きたい?」
「それじゃまず最初に……『ここじゃ』ってことは、本当の名前は違うんですか?」
「ん、本当はちょっと違う名前なんだけど、普通の人間だと発音難しいんだよね。でも特に気にしなくていいよ。
ちゃんと戸籍は仙厓真奈だし。――あ、別に戸籍偽造とかじゃないからね。私は」
気にしなくてもいいらしい。普通の人間だと――とか、気になることこの上ないが。
そして、「私は」ということは、他には偽造している人も居るのだろうか。
そういわれて気にならないわけがなかったが、重要なことではないので、蛍は質問を変える。
それも、きわめて重要だと思われる、そのことについて。
「あの、魔法使いってなんです? さっき、田渡くんは魔法少女って――」
「魔法使いです」
真顔で顔を寄せて、真奈がそう低く呟いた。
「えと」
「魔法使いです。とちくるっただけなんです黒歴史なんですごめんなさい勘弁してください」
「はぁ」
どうしたらいいかわからず、蛍が助けを求めるように正史を見ると、少年は何故か静かに顔を背けた。
触れてはいけないことらしい。
「でも、二人組みでユニットとか、面白いかも! 蛍ちんは巫女さんタイプで!」
「ほほう……ありですね。白部さんとか喜びますね間違いなく」
一方で、幼女と白衣の女が、何故か楽しそうに歓談しているが――なぜそこに自分の名前が入るのだろうか。
このとき、蛍はそう遠くない未来に起こる「何か」を感じ取り、ぶるりと体が震えたが、このときはまだその悪寒の正体については知らないでいた。
「ユニット……いいかもしれない。あたしだけ恥ずかしい想いしなくて済むし! よし、蛍ちゃん、私と魔法少女コンビくもう!私がウィッチ的なので、蛍ちゃんが巫女的な感じのデザインで!」
「え、ええと……善処します」
真奈の懇願に、思わずそんな優等生的な言葉を返したことを、蛍はのちのち、死ぬほど後悔することになるが、それはまた別の話である。
「よし、それじゃ言質とーった!っと!
……んじゃそろそろちゃんとやろうか。私は、魔法使いっていったけど――正しくは魔工楽士ってやつなのね」
「魔工楽士?」
聞きなれない言葉に、蛍は思わずオウム返しをしてしまう。
「そ。あえてそう名乗るのは――ほら、理系の中でも化学とか生物学と情報学とかいろいろあるでしょ、そういうくくりと同じね。
魔工楽士は音と光によって魔力を加工していろんな現象を起こすの。よくあるゲームの魔法使いみたいな、呪文を唱えて攻撃!みたいなイメージだね。
『まこう』は魔工であり、そして魔光。魔の力を精神の力で作った音と記号で加工し、術式となす。そういうのに長けてる。あたし自身は補助とか魔力の制御とか、精神に関する魔法が得意だよ。
これでも学校だと飛び級で最高学位までとってるから、そういう方面ならかなり役立つよ。よろしくねー」
ぶんぶん、と、蛍の手を取ってぶんぶんと振る真奈は、とてもうれしそうである。
そういえば一族以外の人で、自分の力を知ったあとに相手から自分の手を握ってきてくれたのは、これが始めてであるような気がして、蛍は少しだけその手を離すのが惜しかった。
「んじゃ次は――バカミでいっか。バカミ皇、アンタ行きなさい」
「あいよ」
そういって、前に出てきたのは先ほどまで正史と話していた、あのツンツン頭の少年である。
その少年は、頭をぽりぽりとかきつつ、片手ではサンドウィッチを手にとって、食べるのを止めていない。
「魔界で魔神の王様やってた。王様とか面倒なんで逃げてきた。今は姐御に命令されて双嵐高校の1年やってる。名前は特になかったんで、こっちきたあと『馬上 皇』って姐御につけてもらったんでそう呼べ。最近、なんか立場が薄いんで活躍できそうなことあったら言うといいぞ。カップラーメン3個でやったる。
能力? えーと、殴ると強い。あと、死なない」
「……」
頭がかわいそうな少年であった。
魔界ってどこ。姉御ってだれ。魔王ってなに。
あと死なないってどういうことよ。
疑問自体は尽きないのだが、蛍はもう何を言っていいかわからず、ただ呆けてしまい――それを質問なしと判断したのか、皇はまた席について、追加注文を始めていた。
「海倉 凌平。昔はいくつかの国で傭兵をやっていた。その後、日本で休暇中に引き抜きにあい、転職。その後もいくつかの企業への転職を繰り返して、今は普通にサラリーマンをしている」
誰に言われるでもなく立ち上がったのは、30前後の男性である。
過去の傭兵、というのは異色ではあるが、珍しいというだけだろう。
また、サラリーマンがこんな時間に私服でいるというのもどうかと思ったが、逆にそれ以外は時におかしなことはない。
――あ、この人はまともそう、と蛍が思った直後、
「サイボーグだ。変身もできる」
痛い人だったようで、蛍は悲しくなった。
「アン=グレイ。8歳。肩にいるのは友達のドラポンちゃん」
遼平の正面に座っていたシルバーブロンドの幼女が、元気よく手を挙げた。
あわせて肩にのったトカゲモドキがくああ、とあくびをする。
「好きなものはゲーム全般だよー。あと、私は宇宙人なの」
「宇宙……人?」
「本体はねー。土星あたりに置いてあるよ。これはこっちでの活動用に作った素体なの。あ、でもちゃんと私っていう固体の人格はあるからね!」
しゃべってる内容としては、おかしい。
全てがおかしくて、突っ込みどころしかない。
だけど、容姿が容姿なので、どうしても子供が「ごっこ遊び」をしているようにしか見えず、蛍は思わず表情が綻んでしまう。
それは軽い現実逃避のような気もしたが、気にしてはいけない。
今はこの、純真無垢幼女による憩いの場に蛍はいたかった。
だが、そんな少女の僅かな癒しの時も、正史の無情なる言葉で崩壊する。
「ちなみに、仲間内で最初に俺が接触したのがこいつで――ある意味で黒幕というか俺らの中での総括みたいな感じだ。ぶっちゃけ一番厄介で便利で無害で危ない奴だから、覚えとけ」
「えらいのだー」
えっへん、と胸を張るアン。
可愛いが――黒幕らしい。
どうしたらいいのだろうか。
「アン、そういやエーリはどうした」
「お兄ちゃん? 『バックアップ』とってるけど……『変わる』?」
「いや、いいよ。うるさくなくていい」
「はーい」
和やかに、そして何かすごく不可解なことをしゃべっている二人に、蛍は、もうどう答えを発したら言いかわからず、、「そう」としか答えることができなかった。
「それじゃ、最後は私ですね! 私、剣 究です。とある研究所で、所長をしています」
白衣の眼鏡をかけた女性が、にこやかに蛍に挨拶する。
残念美人、というのがとてもしっくり来るようなその女性。なぜこんな場所なのに白衣を着ているのだろうかと蛍は思いながらも、とりあえず会釈する。
彼女はそんな蛍に、唯一の常識人としてあろうとしているのか、とても優しい声で蛍に語りかける。
「あ、私はみんなみたいに特別な力とかないですよ。ただのごく普通の人間です。まあ、研究大好きでのめりこんじゃうから、変人って呼ばれてるのは自覚ありますけどね」
そういって軽いジョークを盛り込みながら笑って――
「ただ、以前は世界征服たくらんでた秘密結社の幹部やってただけです」
やはり普通ではなかった。
蛍はもう、特に驚かずに「ああ、そうですか」とだけ返事を返した。
「でも安心してくださいね! その結社、いまはもう借金でつぶれちゃいましたし。まあ私達がちょっと研究でお金つぎ込ませて破綻させちゃったんですけど」
てへり、と笑う究は、とてもすがすがしい顔をしていた。
そんな彼女に、正史が呆れたようで――というか実際に呆れていたのだが、声をかけた。
「なんでアンタのところの研究員って頭いいのにバカばっかりなんだよ。このまえも騒動起こしたろ。カナちゃん泣いてたぞ」
「不思議なことをいいますねぇ……バカじゃなかったら研究者なんてやるわけないでしょう」
「すげえ説得力だなおい」
まったく悪びれない様子で直答する究のその言葉に、正史は深く感心している。
そんな二人をぼうっと見ている蛍に気がついて、究は蛍に向き直り、
「あ、ごめんね。それで私、基本研究するの大好きだから――霊力とかホコロビとかそういういろいろな『新しい設定』について詳しく調べさせてもらえるとうふふふふふふ」
言いたい事だけ言って、自分の世界へと突入した。その笑顔は、とても怪しかった。
変人であった。
確かに、変人だった。
「うふふふふふふ。やばい……想像しただけでいっちゃいそう……」
というか変態だった。
「ま、これで一通り紹介終わったわけだが――神奈森、どうだった?」
これで全員の自己紹介が終わったようで、皆が――何人かは食事を続けたり笑い声を上げていたりしていたが)蛍を見てくる。
少女は目をつぶり、たっぷり10秒ほど考えて――結論を出す。
「ええと、つまり」
目を開けて、彼、彼女達を再度確認し、順に、指を差して行く。
真奈を指差して――
「魔法少女」
「魔法使いだってば!」
そのまま皇に向ける。
「魔王」
「おう」
遼平の方に動かして、
「改造人間」
「肯定」
下ろして、アンへ。
「宇宙人」
「でーす!」
究へと突きつけて――
「マッドサイエンティスト」
「そんなに褒めないでくださいよぅ」
そして最後に、蛍は少年へと顔を向ける。
「田渡君」
「ん?」
蛍は、とても慈愛を込めた目で、少年を見つめて――
「私、この人たちを病院に連れて行ったほうがいいと思うの」
「退魔師が言うな」
ちなみに、その突っ込みは正史だけではなく、それぞれの言葉でその場に居た全員がしていたという。
おそらく次回、月曜か火曜に投下予定です。
蛍ちんの胃がキリキリし始めてる様子。




