第11話 「蛍と狐」
「無責任じゃないって――どういうこと?」
「うーん、一応それを説明するには、もうちょっと後にしたい。いろいろと順序ってものがあるからな。今の段階じゃ信じられないことも多いだろうし。……ただ、現時点ですでに、完全に無関係ってわけでもないんだよ、『俺』は」
キツネ面の少年は、「どう説明したものか」と呟きながら、そんなことを言った。
そのセリフの抑揚には困惑のものが混ざっているようであり、こちらをだましたりごまかしたりするようなものではない。
ただ、先ほどまでの「狸」から「狐」に表面が切り替わったため、どうしても警戒を強めてしまう。
このとき、蛍はその表面上のことにのみ警戒をしていたため、彼の言葉の中にこそ注意すべきことがあることに気づかないでいた。
「無責任にはなれない」という言葉への彼女の疑問は当然のことではあるだろうが、正史はもう一つ、重要なキーワードを言っていたのだ。
しかし、文字にして読むのならともかく、会話の中で一瞬出ただけのキーワードから違和感をとらえるのは、以外と難しいものである。
こういうことは、最初から「違和感を聞き漏らすまい」と注意していない限りは、どうしても単語一つ一つよりも全体の流れで物事を把握してしまう。
だから蛍は、特に気にすることもなく話を続ける。
「それは、まだ教えてくれない、ということ?」
「別に隠すわけじゃないから、ある程度状況を把握できたら話すさ。
ただ、な……そのことを置いておいたとしても、関わる理由ってのはあるんだよ」
「それは?」
「この世界に自分の脅威になる存在がある。それをほっといたら、俺の日常が壊されかねない。それが嫌だし、これからを思うと不安」
正史の答え。
それは、納得がいくようで――非常に、矛盾めいたものだった。
日常が壊されたくない。
これは蛍にも理解できる。
革命家や冒険家のような人もいるだろうが、「安定」というには人の持つ願望の一つである。
蛍自身は「当たり前の高校生」とはいえない環境にいるが、それでも平穏な生活はできるかぎり続けばと願うし、明日を無事に迎えたいとも思う。
だが――ならば、そもそも自分たちに関わるべきではないだろう、と少女は思う。
危険なことは、自分たちがやっている。
わざわざ火中の栗を拾う必要などないではないか、と。
そのことを、蛍は少年に告げる。
「……だから、そのために私たち一族がいるんです。あの時のように、古来から私たちは【ホコロビ】や【マガ……】まあとにかく、ああいった異形を相手に戦ってきました。貴方が関わる必要など、ないでしょう?」
「うん、まあそりゃありがたいよな。何しろ、人知れず俺たちの世界を守ってたってわけだし」
そうだよなー、と目を細めてこくこくと正史が頷く。
そのこと自体には、感謝するべきなんだろうが――と、少年は前づけて、
それは皮肉でも何でもなく、本気の疑問であるように。
彼は、ぽつりと言った。
「……んでさ。それ、なんでお前らだけに任せなきゃいかんの?」
「え」
蛍は、正史の発言の意図が分からなかった。
たが、質問の意味はわかる。
答えることもできる。
口に出す前に一度発言内容を考えて、そして蛍は答えた。
「それは……私たちの一族だけが、あのホコロビたちと戦うすべを持っているから――」
それは、当然のことよね、と。
少女は、今まで当たり前に思っていたその理由を述べて――
「じゃあさ、その術、公開すりゃいいじゃん」
「――はぁ」
語尾の音を上げての疑問形ではなく、相槌を打つかのように「はぁ」と。
蛍は、なんとなくそう返した。
そして、しばらくその意味を考えて――
「……え?」
改めて、疑問の言霊を放つ。
「だからさ、お前たちの一族は【ホコロビ】をなんとかする技術もってんだろ?
じゃあ、なんでそれ、みんなに教えないの? そりゃ素質とかも必要なんだろうけどさ、それだってお前ら一族だけで技術磨くより、たくさんの中から優秀なやつ探したほうが効率いいだろ。
一般公開して、カルチャースクールでも作って、みんなでやりゃ負担もかるくなるぞ」
「え、え、え……ちょ、ちょっと待ってください!」
――いやいや、それはないだろう。
蛍は、脳内でほぼ反射的に彼の言葉を否定した。
否定をして――自分自身、「あれ? なんでなの?」と思ってしまう。
しかし、それも数瞬。
すぐに、理由を思いついて――
「……霊力は武器にもなります。そう簡単に広めるわけには――」
「んなもん、武術だって同じだろ。習ってない人からみりゃあれは立派な凶器だぜ?
薬物知識だってそうだ。子供の小遣いで買えるレベルの道具で、人を苦しんで殺す毒物もつくれりゃ、爆弾だって作れる。それと何か違うのか?
なんなら、国に制度作ってもらって、免許制にでもすりゃいい」
一刀両断にされた。
混乱してきた頭を押さえながら、なんとか別の理由を思いついて――
「……ホ、ホコロビがいることが人々に知られたら、パニックに――」
「まあ、最初は驚きはするだろうな。混乱も発生すると思う……だけど、それだけだろ。むしろ、対策をたてる」
当たり前のように、少年は淡々と言葉を続ける。
「MARSとかエボラとか、そういう病気あるだろ。
突発的に表れて猛威を振るうものなんて、世界中にはいくらでもある。そういう存在が見つかったなら、対策をとるのが人間だぜ?
それに、知らないことに対してのパニックと、知っていることに対してのパニックは、大きく違う」
一番まずいのは、ことが起きた時に「どうすればいいのか」を知らないことである、と、正史は言った。
「それにさ……多分、おまえさんたちの一族は、いろいろ修行したり術を使ったり、開発したりしてきたんだろうけどさ――『研究』、ってしてないだろ」
「研究?」
「ああ、お前さんの力、ホコロビとは何か、どういう原理でできているのか、何が効果的なのか。どうすれば安全に且つ無駄なく効率的に除去することができるのか――そういう研究だ」
「……」
蛍は、答えられなかった。
彼女は、一族の本家、その正当後継者であり、歴代でもかなり優秀な力を持っていたが――それは、すべて人から教えられてきたものだ。
そういう研究をしているなど、聞いたこともない。
ただ、唯一言えそうなのは――
「術の研究や、開発はしてる……けど……」
「もちろん、研磨はしてるんだろうさ。経験則から術やらなんやらがより洗練されたり、効果的になったり、新しい術とかできるかもしれない。でも、それって『仕組み』を理解してやってるわけじゃないよな」
「ちゃんと理解してる! だから霊力を高めたり、イメージの訓練をしたり、負の感情に汚染された場所があったらホコロビが生まれないように穢れを払ったりして――」
「じゃあ、霊力ってなに? ホコロビは本当に人の負の感情からできてんの? そもそも感情における『負』ってなに? 憎悪だと負になって愛情だと正になるの? じゃあ負と正のちがいは? 人を愛しすぎて殺しちゃったらそれは正なの? 負なの?」
「それは――それは……」
口を、噤む。
考えたこともなかったからだ。
そういうものだ、と思っていたからだ。
「ほら、何も知らないだろ。だから、いっそ公開しちまって、科学的に調べるってことも、手段としてはあるってことさ。
そうすりゃ、武器や道具だって、もっといいものができるんじゃねーの」
「科学って――手品とか言われて見世物になるのがせいぜいじゃない」
「それは、科学者ってものを勘違いしている。あいつら、基本的に『未知の現象』については異常なまでに興味を示す変態集団だぞ」
そもそも、科学――自然科学とはただの道具である。
事象を観察し、その事象について現在判明している科学的事実から推測によって仮説を立て、実験によって確認する
その繰り返しによって仮説の確度を高めていける。
よって科学的事実とは、「現在最も確からしい仮説」のことであり、その後間違いが発見されれば訂正される。
それだけである。
この手順さえ確かならば、科学的事実という「仮説」は、それまでにおいてどんなに非常識なことであろうと関係はない。
光の速度に近づけば近づくほど時間がゆっくり進むという、知識のない人にはファンタジー極まりないことが、「科学的事実」として受け入れられているように。
彼らがTV番組などで自称超能力者を疑いまくるのは、たんに「事実」が本当に起きたのかどうか、確認しているだけである。
だから、本当の本当に、蛍が今までの物理法則にはない力を使えるなら――彼らは間違いなく、本気で真剣に調査するだろう。
「そこまで、する必要がないでしょう。だって、私達は私達のやり方で、実際にホコロビと戦ってきたのよ?」
「……たとえばさ、お前の家の庭に、新しい伝染性の病気の基になるような生き物が出たとするな。放っておくと、病気が蔓延しかねない。どうする?」
唐突な、正史の問いかけ。
だが、先ほどまでの質問を考えるよりは、幾分簡単な内容である。
蛍は、一度だけ紅茶を飲み、そして答える。
「それは……駆除するでしょうね」
「うん、だけどそもそもどうやって駆除したらいいか、そもそもその生き物がなにかわからないわけ。
そしたら、『俺たちは専門家です』って自称する人が現れて、駆除してくれたわけだ。
そして、こういうの」
――安心してください。その生き物は退治しました。それじゃ、このことはもう忘れてくださいね!
「……さて、一家はそれを聞いて、よかったよかった、って安心できる?
詐欺で騙されてる、とかそういう意味での心配はなしでな」
正史が何を言いたいのか、なんとなくわかる。
つまりはその害のある生き物が【ホコロビ】で、自称専門家が【魂守の一族】であり、自分なのだ、と。
そして、そのことを理解して――はっとした。
気づいた。
気づいてしまった。
ああ、確かに、ダメだ。
もし、そんなことを『自称専門家』から言われても――。
「安心、できないよな」
正史が、蛍の辿り着いた答えを、そのまま代弁する。
「俺ならこう思うぜ? その生き物がまた出てしまったらどうしたらいいのか。他の場所にも出るなら、皆にも注意を呼びかけたほうがいいんじゃないのか。なんでその専門家はそうしないのか。それに――」
ここで、正史は一度蛍を見た。
彼女は、今までの少年の数々の質問、話を聞いて、青ざめたような顔をしながら、そして怒りすら感じているのか、小刻みに震えている。
どうやら、少女も、気づいてしまったらしい。
正史が、次に何を言うであろうか、をだ。
少年は悩む。
言うべきか、言わないべきか。
言えば、必ず目の前の少女は、激昂するだろう。
それが、どれだけ整合性が取れたことであろうと、怒り狂うだろう。
だけど――言わないわけには行かない。
なぜなら、それは、全ての根幹にして、魂守の一族の最大の問題点であり――
「そもそも、その自称専門家の駆除活動って――本当に、そんなに効果があるのかってな」
蛍と、蛍の一族への、最大の侮辱の言葉だからである。
さて、正史にはもうちょっと「嫌なやつ」をやってもらいます。
……結局、ブレーメンが出なかった。
次回、「伸ばした指先」にて登場予定。
明日の22時ごろ更新予定です。
→16日8時投下に変更 予約投下しました
すいません、先ほど次話の不完全版を間違って投下したため、削除しました




