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ブレーメンの英雄達  作者: ぐったり騎士


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第10話 「蛍と狸」

「どういうことですか……」



 正史に連れられてやってきた、その喫茶店にて。

 下校以降、蛍が最初に発した言葉が、それだった。



「え、ちゃんとごまかしたじゃん」


「そうですね、ごまかせましたね。まったくとんでもない方向に話がとんでましたけどね!」



 正史の実に穏やかな回答に、怒りによる激情でふるふると小刻みに震える蛍。

 ついに我慢できなくなったのか、その声は普段の彼女にしては珍しく大きい。

 自分自身でもその声に驚いたのか、彼女は周囲を見渡したが、幸いにもこちへ注意を向けるような客は誰も居なかった。

 

 今彼女達が居るこの喫茶店は、正史に案内された店だ。

 駅前のショッピングモールなどからは少し離れた場所にある店で、住宅街からも隣接していない、立地としては微妙な場所にある店だ。

 事実、蛍はこのような店が駅の近くにあったことなど知らなかった。


 案内の道すがら、一切の会話らしい会話もなく、正史を後ろから睨むようにして追従した蛍。

 そのあまりにどす黒い蛍のオーラに正史は最初だけ「おおう」とひるんだが、その後は一切戸惑うそぶりもなく鼻歌を歌いながらこの店に案内してきたのだ。


 洋風と和風と中華風と中東風が無節操に混じっているような、そんなお店であったが、不思議とその猥雑さに嫌悪感は感じない。

 むしろ落ち着いたような気分にすらなり、個人的には今後も利用したいと思ってしまうあたりが、また正史に対してのイラつきを強めた。


 その心のうちを隠さないまま、少女は話を続ける。



「だいたいですね……ごまかすって言っても、他に何かいいようがあったでしょう」


「あったの?」



 そう返されて、蛍は口を閉ざす。

 自分に代案があるかと聞かれれば、そんなものすぐには出てこない。

 というより、もうあれしか切り抜けることはできなかったような気もしてきて――

 


「まああったけどな」


「あったんですか!」



 あったらしい。

 腰を浮かしかけた蛍を、まあまあと正史は宥めて、

 


「たとえばお前さんの一家とか親戚とかが神主やってて、儀礼とかで巫女の手伝いをしているとか、でっちあげればよかったし。

 その上で俺がさっき言ってたゲームとかの話題出して『ちょうどいいからモデルになってもらった』とかな」

 

 なるほど、確かに経緯は同じだが、自分がコスプレしていた、と言うことにはならない。

 


「じゃあ、なんでそう言わなかったのよ……」

 

 

 別に、コスプレ趣味を卑下するつもりはないのだが、自分が「オタク」といわれる人種と同じに見られてしまったことに、美味く口に出せない物悲しさを感じてしまった蛍は、頭痛を抑えるかのようにこめかみに手を当てた。



「もちろん、からかうため――ってわけじゃなくてさ、多分、今後必要になると思うんだよ、あの設定」



 その口調は、少しだけ困ったようであった。

 正史は、学校と同じく厚い眼鏡をかけたままであったため、その表情から何を考えているかがわかりにくいが、特にこちらを嘲笑っている風にも感じない。

 ただ、事実を事実として語るように、淡々とした口調で告げてくる。



「ま、混乱させたのは悪かったけどな……でも、今お互いが聞きたいのは、そのことじゃないだろう?」

 

「……」


 

 そうだ、重要なのはそのことではない。

 蛍は改めて自分の気を引き締めるため、しっかりと正史に向き直る。

 

 ちょうど、先ほど頼んだオーダーが届いたこともあり、一旦落ち着くことにする。


 頼んだのは頭の後ろに大きなリボンをしたウェイトレスのお勧めだというダージリンティー。

 一口だけそれを飲んでみたが――。



「な、お勧めって言っただろ?」



 と正史が笑いかけてくる。

 

 確かに、すごく美味しくて――否定が返せないことが、また悔しかった。



「んじゃ改めて、だ。自己紹介はいいよな。どちらから話す?

神奈森、おまえさんが決めていいぞ」


「それじゃ、私から聞かせてください。……あのとき、私は術によって貴方の記憶を消しました。

 消した、といっても、思い出せないようにする、そのことに不審を感じないようにする、といった、催眠術に近いものです。

 私は、確かに貴方が記憶をなくしたのを確認しましたが……なぜ、それを覚えているのですか?」

 

 

 正史は、一度「うん」と頷いて、

 

 

「まあそのことからだよな。ああ、ちなみに術とやらはちゃんと機能していたみたいだぞ。

 しっかりと今でも思い出せていないからな」

 

「え……じゃあ、なんで……」



 言われて正史が取り出したのは、彼の携帯端末のような道具だった。

 

 彼はそれに何か操作をして、ほれ、と蛍に差し出した。

 なんだろう、とそれを見てみると――

 

 

「ええっ!」



 そこに映っているのは、自分だった。

 先週、公園近くの雑木林でホコロビと戦い、そして正史と接触したときの様子である。

 戦いが終わったあと、画面の中の自分がカメラ――カメラでいいんだろうか、ソレに向かって近づいてきた。

 そして、ちょうどカメラの主と対峙するような位置で立ち止まると、会話を始めた。

 

 ……まさに、あのとき正史とした会話である。もちろん、正史本人の声も聞こえてくる。

 

 

「あの、こ、これって……」



 動揺したままの蛍に、正史は襟元のピンを指し示して、



「これな、ネクタイピンにみえるけど、実は高性能のビデオカメラになってるんだよ。

 ここで記録された映像と音声って、全部自動で『ある場所』においてあるサーバーに保管されてんの。

 んであの日、家に帰った後に公園での出来事を再生して、事態を確認したのさ」


「なんで、そんなものを……」


「いろいろあってねー。何か自分がトラブルに巻き込まれたときに自分が有利になるようにするためってのと、あとは『こういう事態』のときのためかな」


「こういう事態って……」


「実際、役だったでしょ? これ」



 そういって、軽くそのピンに指先で触れる正史。

 ちなみに、今もリアルタイムで記録中だ、とのことである。



「……じゃあ、学校で見せてくれた、あの写真は?」


「ああ、あれか。とりあえず記憶を消されたってことでまた接触しても同じことになりそうだしさ。

 知り合いにここ数日、お前と、お前の家に関わることを調べてもらったんだ。

 そんで日曜に『お役目』として鍛錬するって言うから、せっかくだから超望遠レンズで撮影してもらって――」


「なにやってるんですかあなた!」


「ああ、安心してくれ。この写真を取ったやつは女性と、あと性別とかの意味がない――……まあそれはいいか。とにかく、男じゃないから、着替えとかそういう部分はこっちには上がってきてないぞ」


「そいういうことじゃありません! ……でも、そんな。私が、ここまで接近されていて気づかなかったなんて」



 怒りと、驚愕とでパニックになりそうな蛍は、必死で冷静になろうと動機を抑える。

 自分が調査されていたということも驚きだが、なにより、そのことに一切自分が――そして一族の誰もが気づいていなかったことに、恐怖すら感じる。

 今まで、自分達の一族の闇、裏の世界に踏み込もうとした人間は、居なかったわけではない。

 だが、素人の尾行など、専門ではない蛍ですら容易に感知できるし、なにより霊脈の乱れや霊気から、視線や気配なども鋭敏に察することができる。

 鍛錬中である山は一族のものではないが、その持ち主から管理の受託を受けている場所であり、結界などで侵入者は察知しているのである。

 

 それを、こうもやすやすと、これだけ完璧に写真に捕らえているなど、有り得なかった。

 

 

「ああ、実際苦労したって言ってたな。ばらすと、写真のいくつかはCG――みたいなもんで、再現映像として作り上げた奴だし」


「だからなんでそう予想外にとんでもないこといえるんですか貴方は!」



 どこからどう見ても自分にしか見えないものが、CGだという。

 目の前の田渡正史と言う人間が、かつてない化け物にすら見えてきた。

 ……とはいうものの、眼鏡をかけている彼が滑稽なタヌキのように見えてしまうことが、どうにも蛍の緊張感を緩めてしまう。 

 それでも、蛍は目じりを鋭くあげて、詰問する。



「……あの、貴方はいったい、『何』なんですか?」


「俺自身は、ただの高校生だよ。少なくとも『こっち』じゃ俺は何もできん。

 それに、【ホコロビ】だっけか?

 あんなのに襲われたらあっさりやられるだろうし、神奈森が俺に術でもかけりゃ、抵抗できないで食らっちまうさ」



 ぶっちゃけ、素手で喧嘩してもお前に負けるだろうな、と、自嘲気味に言う。


 

「ただまあ、いろいろなことができる『知り合い』がいてさ。調査もその人に依頼してやってもらってる。

 何にしろ、情報がほしかったからな」


「……」



 ここで、彼は一度紅茶を取った。

 そして、他に質問は、と目で蛍に言ってくる。



「目的は、なんです?」



 そう、それが一番重要だ。

 彼は、何が目的で自分と接触したのか。

 調べるためだけなら、今日のようにわざわざ手の内を晒す必要などない。

 あるとするなら、口止め料的な脅迫や要求、そういったものがあるに違いない。

 事実、彼は「道具と服を持って土曜についてこい」と言っていた。

 そこに、何か理由があるのだ。

 

 最悪、一族総出でもってして、彼やその繋がりを潰す必要すらあるのでは、と思い――でもそんなことになってほしくはない、と、『正史』のことを想って、願う。

 

 

 そんな蛍の葛藤の問いかけを、正史はいつもどおり、するっとやり過ごして――

 


「……言ったろ? 事情がわかれば、手伝えることもあるだろうからって」



 そう、答えた。


 つまり、そういうことだよ、と。

 

 

「ホコロビだとか、マガツだとか。……そういう、面倒くさいのがこの世界にうろつかれてしっちゃかめっちゃかにされるのは、嫌なわけよ。

 んで、さらには神奈森、お前――お前の一族だけにそれを任せておくほど、無責任じゃないわけだ」



 ――『この世界』も、『俺たち』もな。 

 

 

 そう言いながら、眼鏡をはずした正史は――悪戯好きな、狐の顔へと切り替わっていた。

次回、他のブレーメン登場……予定

次の更新は14日22時を想定しています。


蛍ちゃんが可哀想に思えたらブクマとか評価とかで応援してあげてください。

作者がよろこんで蛍ちゃんがもっと可哀想になります。

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