二十六発目 トランテッタと闘技場
砦の中をリックたちのいる方へと進んでいって、ドアをぶち破り中に入るとわりといい感じの造りの部屋にリックたちがいた。
おー、いたいた。相変わらず、ターキとダーチの探知は便利だよな。
俺の思いが伝わったのか、オレンジと空色の球体が嬉しそうに明滅する。
部屋の中にはリックたちの他に長身痩躯の銀髪眼鏡がいた。
リックたちがここにいるってことを考えると、あれが『暁』のトップだろうか。
多少くたびれた軽鎧を身に付けていても盗賊とは思えないほど上品な雰囲気だ。
銀髪眼鏡の男は俺たちの姿を確認するなり声をかけてきた。
「えーと、君たちは?」
うん、口調も丁寧で優しい。
本当にこいつが『暁』のトップなのだろうか。
先に名前を聞かれてしまったが、ここは答えてやるのが世の情けだろう。
「俺はアルファだ」
「あたしはサラ」
「…………事態はあまり飲み込めてないんですが、君たちがさっきから暴れていたということで間違いないですね?」
「その通りよ」
「そういうあんたが『暁』のトップか?」
サラが肯定し、俺が返した質問に銀髪眼鏡が、これはしまったというわざとらしい表情をする。
「これは挨拶が遅れました。私は『暁』をまとめさせてもらっているトランテッタという者です」
トランテッタが、粗雑さの欠片もないような優雅で完璧な挨拶をしてくる。
ここが盗賊の砦で、こいつが首領というのを一瞬忘れてしまう。
思っていたイメージとだいぶ違う。
俺のイメージとしては筋骨隆々の大男のイメージだった。
イメージのギャップに俺が悩んでいると、トランテッタが口を開く。
「…………そこの君、アルファさんでしたっけ? 君は精霊の契約者ですね」
「!…………どうしてそう思った?」
「君の周囲をクルクル回っている球体が精霊だからですよ。私も契約者なのでわかります」
トランテッタが、そう言って笑った。
うん、笑顔だが侮れない。
こういう裏のありそうな奴は警戒しすぎて損ということはないはずだ。
「えっと、トランテッタとか言ったか? お前が契約者って、ほんとなのか!?」
「はい、そうですよ」
なんの迷いもなく肯定してくるトランテッタ。
えっ、ちょっと待て。
契約者って、こんな簡単にいていいのか?
少なくとも俺の周りで契約者は俺一人だった。
まあ、この砦のある山には精霊の洞窟があるっていう話だったし、変な話じゃないのかもしれないが、唐突すぎだ。
「頭、この人が俺らが紹介したいと言っていたアルファ嬢です」
混乱する俺をよそにリックが報告する。
「俺らが束になってもかなわない鋼糸の腕と、十歳とは到底思えないこの美貌、頭の嫁としてこれ以上の存在はいないと思うんでやんすが」
「はあ!?」
おいおい、何言ってるんだ?
最近、上納金が女でもよくなったっていうのはそういう理由だったのか。
「リックさんたちの気持ちは嬉しいんですが、残念なことに私は十八歳以下には興味ないんですよ。それに、私が女性を探していた理由は他にありますしね」
なんだろう。
こいつ本当に盗賊か?
いや、自分でいってるから盗賊で間違いないんだろうが、どこぞの貴族よりメッチャ紳士な対応なんだが。
「ところで俺は要らないと言われたわけだし、もう帰ってもいいってことか?」
街のことも忘れて、暴れてスッキリした俺はそのまま場をあとにしようとしたわけだが、そうは上手くいかなかった。
「はい…………と言ってあげたいのは山々なんですけどね。どうやら、あなたは私の目的を遂げるのに必要な人のようです。それにですね」
トランテッタがそう言って、俺が壊したドアの向こうを見る。
死屍累々といった感じで、盗賊たちが転がっている。
その数は百を越えているはずだ。
…………少しやり過ぎたか?
そんな思いもなくはない。
「どうする? やるのか?」
距離を取りながら、そう問いかけてみる。
やるならやるで、先手必勝でいくつもりだ。
だが、そんな俺の様子に気づいているはずだが、トランテッタは悠然とした態度を崩さない。
そして、俺にこんな提案をして来た。
「とりあえず、私と勝負するとしましょう」
「勝負?」
「はい、私が戦わずに君たちを逃がしたとしたら、私の頭としての威厳はなくなってしまいます。しかし、その場合、それを不満に思う人たちも出てくるでしょう。そこで、私が君たちと戦い、君たちの実力を再認識させることができたら部下たちも納得すると思うんですが、どうでしょう? もちろんただとは言いません。君たちの来た街には上納金でも便宜を払いますし、街や砦での君たちの部下への対応はすべて不問とします。…………そして、多分、アルファさんの本当の目的である精霊の洞窟へもご案内いたしますよ」
これだから笑顔の眼鏡の奴は油断できない。
リックたちからどこまで報告があったかもわからないのに、どうして俺の目的がわかったんだ?
「ここでは狭いですし、場所を移しましょうか」
俺たちはトランテッタの案内で砦内を移動する。
案内された先は闘技場のような場所だった。
リックたちの話では、昔は砦に常駐する兵士たちの訓練場だったのだろうが、盗賊に占拠されている今では盗賊たちの賭け試合とかが行われているとのことだった。
闘技場の中央に、トランテッタが立ち止まる。
「ここならいいでしょう。どうします? 二人同時でもいいですよ」
そう言うトランテッタは両手を後ろに回し、さらに言うと無手だった。
俺たちを舐めているのだろうか?
だとしたらいいが、絶対的な自信から来るものだとしたら油断できない。
嘘か本当かはわからないが契約者という話だし油断は禁物だ。
「アルファ、あたしに一人でやらして」
「いいけど油断するなよ。あいつたぶん強いぞ」
「望むところよ。強い相手じゃないと、あたしも強くなれないし」
「じゃあ、任せるが、精霊の力の補助はつけたままにしとくぞ」
「ありがと」
サラがトランテッタと対峙する。
サラの手には愛用の細身の刃の剣が握られている。
「いつでもいいですよ」
「…………それじゃ、遠慮なく」
大地の精霊ダーチの補助も受けて弾丸のような瞬発力で飛び出すサラが剣を横になぐ。
「たしかに早いですが、あまりに動きが直線的ですね」
「このぉっ!」
「連絡技もまだまだ甘いですね。狙いが見え見えです」
しぐさと同じ優雅な動きでサラの剣をかわしていくトランテッタ。
マジか! ダーチの力で加速されたサラの剣をあそこまで余裕をもってかわすなんて、あいつ本当に人間か?
そういえば、あいつも契約者って言ってたっけ。
「なあ、リック、あの人間離れした動きって、トランテッタの契約している精霊の力なのか?」
「さあ、俺にもさっぱりです。頭が契約者ってのは、ついさっき知ったばかりですし。頭は精霊の力がなくても俺らの中で最強なんです」
「マジか!」
俺らが無駄話をしている間にもサラの剣撃は激しさを増す。
だが、それらがトランテッタを捉えることはなかった。
「早いなぁ、もう!」
「いえいえ、けっして早くはないですよ。単純なスピードだけなら、あなたのほうが上です。ただ、私は動きの無駄を可能な限り除いているんで、結果的に君より早く動けているように見えるだけです」
サラの激しい剣を優雅に捌きながら講釈までする余裕すらあるようだ。
「これも当たらないっ!」
「でも、その歳でこれだけの動きができるなら上出来ですよ。さらにまだ精霊の力に慣れていないであろうことを考慮するなら、今後の成長が恐ろしいほどです」
今は確実にトランテッタのほうが強い。
「?」
それは確かなのだが、なんだかサラの動きがだんだん鈍くなってきたような気がする。
疲れるほど動いてはいないと思うのだが、どうしたんだ?
「せめて、一撃…………」
「無理ですね。そろそろ時間です」
「…………!?」
サラが地面に崩れ落ちた。
最速の一撃を放つサラの首筋に、交差法で一撃を叩き込み沈黙させたのだ。
漫画とかでは見たことあるが、実際やられているのを始めてみた。
トランテッタがゆっくりとこちらを向く。
「…………」
ヤバイな。
このまま俺とサラ、二人とも気絶させられたら盗賊たちにどんな目に遭わせられるかわからないぞ。
「次は俺の番って感じか?」
「いえいえ、こっちの彼女が十分実力を示してくれましたし、もう大丈夫そうですよ」
「ん?」
「周りを見てください」
闘技場の周りにいつの間にか盗賊が集まっていて、それぞれ青い顔をしてトランテッタとサラを見ている。
自分達をぶちのめした侵入者の一人、サラを簡単に無力化させたトランテッタの実力に対し、改めて驚愕しているようだ。
「はいはい、皆さん聞いてください。私の頭としての権限で、この子達を無罪にしたいと思います」
「お、おい、何を」
「文句のある人は誰かいますか?」
いくらなんでも、そんなに大々的に発表して他の盗賊たちの反応は大丈夫なんだろうか。
反旗でも翻されたらどうするつもりだ。
そう思って周りを再度見回すと案外他の盗賊たちは納得したような顔をしていた。
「ほら、みんな納得した顔してますよ」
トランテッタは涼しい顔でそう告げる。
うん、あれは納得したというか、自分の実力を誇示し、力づくで納得させたというほうが正しいと思う。
「さてと、それではお互いに目的である精霊の洞窟へでも行きましょうか」
あっけらかんと言うトランテッタの掴み所の無さに、俺は脅威を感じながらも危険性を感じず、従ってみることにした。




