十四発目 迷子と精霊の祠
俺たちは森の中を縦一列になって進む。
一番前にはエミリー、その次に俺が続き、殿をタクトが務めるという隊列だ。
もし、魔物が前方に出現しても後方のタクトが前に出ればいいし、後方からの奇襲でも最悪俺を守りやすいからと、タクトがこの隊列を提案してきた。
俺は守ってもらえるなら是非はない。
「アルファ様、早く森を抜けて、レイナード様たちに私たちの得た情報を知らせに行きましょう」
「屋敷の皆さんも無事だといいのですが」
「そうだな」
数十匹の魔物に襲われているという町の様子も気になり、自然と森の中を進む足取りも早くなる。
気も焦りながら進んでいると、突然俺の前をいくエミリーが足を止めた。
どうしたのだろうか?
「どうした、エミリー? 何かあったのか」
「あったと言えばあったのですが…………」
エミリーは困ったような顔をして歯切れ悪く答える。
「何か問題があるなら、早く言ってくれ」
「大変いいにくいのですが、道を迷ってしまったみたいです」
「はあ?」
俺は自分の耳を疑った。
そういえば、朝起きてからエミリーは今日まだ1回もドジをしていない。
とはいえ、今か、今なのか!
今が今日1発目のドジするタイミングなのか!
時と場所を選べないのはしょうがないが、いくらなんでも、このタイミングは最悪過ぎるだろ。
俺は頭を抱えたくなる。
でも大丈夫。
まだ俺たちには、エミリーに恋して頼れる男に成長したタクトがいる。
さあタクト、エミリーに良いところを見せるチャンスだぞ。
そう語りかけるような視線をタクトに向ける。
「すみません、俺もこの森に入るのが初めてで、森の中に通っている馬車道くらいまでいければなんとかなるんですが、そこから外れた場所は詳しくないんです」
「マジか!?」
深い森の中でのリアル迷子。
町も心配だが、俺たちのほうもヤバイ状況だ。
俺たちは辺りを見渡す。
鬱蒼と生い茂る木々のため昼間だというのに薄暗い。
絵本や童話で魔女が住むような森ってこんな感じなのかもしれない。
「あっ、あそこに人が! 今度こそ逃げてきた人かもしれないですよ」
エミリーが指差す方に確かに人影があった。
あの主犯格の男たちは、もうとっくに逃げているはずだし、エミリーによる突然の迷子宣言に焦っていた俺たちの注意力と判断力は鈍っていた。
「あの~、すみませ~ん」
エミリーが遠くに見える人影に声をかけた。
「ここで~す、ここ、ここ」
エミリーの呼び掛けに、人影も俺たちの存在に気が付いたようだ。
遠くの人影は、キョロキョロ自分の周りを見回し何かしているようだ。
周りには他にも何人かいたようで、人影が増え、その数は4人となっていた。
「けっこう人数いるみたいですね」
「あれだけの人数がいたら、途中で魔物にあっても大丈夫ですよ。一緒についていってもらいましょう」
「確かに、実際、戦えるのはタクトくらいだからな。人数が増えるのは心強い」
俺たちは早速合流するため、人影の方に近寄っていく。
近づくと、タクトが何か異変に気付く。
「ちょっと待ってください! 何か変です!」
「ん?…………なあ、エミリー。あれ、人じゃないぞ」
「えっ?」
俺の言葉にエミリーが足を止める。
「アルファ様、エミリーさん、全力で逃げますよ!」
タクトの叫ぶような指示に、俺たちは即座に行動を開始する。
「タクトさん、どうしたんですか」
「あれは人じゃないです。オークです!」
「オーク!」
俺は走りながら後ろを見る。
エミリーの後方からやって来るのは、人の体に豚の頭部を乗せた魔物、オークと呼ばれるものだった。
4匹のオークたちは、それぞれ木の棒に鉄の刃をつけた槍で武装し、麻のような素材で出来た服を身に付けていた。
獲物である俺たちを追ってきている。
幸いにもオークたちの足はそこまで早くない。
ゆっくりだが確実に引き離せている。
ただ、どうすれば森から逃げられるかわからず適当に走っているため、森はだんだん深くなり一向に抜けられる気配もない。
「エミリー、タクト、どうする?」
はるか後方に追ってくるオークたちが見える。
なかなか距離を縮められないことに苛立ちを感じたのか、オークの1匹が立ち止まると何かを準備し始めた。
「なあ、タクト、あいつ何かする気か?」
「!…………2人とも気を付けて」
タクトの忠告と同時に、オークによる投石が開始する。
拳大はありそうな岩が、次々と飛来する。
「アルファ様、危ないっ!」
「おい、タクトっ!」
「グハァっ」
俺を庇うようにして、タクトの背に被弾する。
ジワリとした出血と変色した皮膚の色で、タクトの怪我の程度が軽くないのが伝わる。
「自分に構わず、アルファ様たちは行ってください」
「アホか! そんなこと言う元気があるなら、一緒にいくぞ!」
俺とエミリーがタクトに肩を貸す形で再び進みだす。
しかし、その移動速度は目に見えて遅くなっていた。
移動速度の落ちた俺たちの様子を確認し、オークからの投石が止む。
「アルファ様、エミリーさん、このままじゃ追い付かれますよ」
「タクト、そうならないように祈ってろ」
「タクトさん、最期まで足掻きましょう!」
俺も踏ん張っちゃいるが、10歳の俺の力なんてたかが知れている。
タクトを見捨てれば、俺とエミリーの助かる可能性は上がるのかもしれないが、人知れず頑張ってくれていたライアンの最期を知ったばかりの俺に、俺を庇って怪我したタクトを見捨てるという選択はできなかった。
俺たちとオークどもの距離がドンドン縮まる。
そんな俺たちは森の中でも少し開けた場所に出た。
ここは? 見たことがあるような場所だ。
「あれは、以前に見た精霊の祠ですね」
見ると、少し離れた場所に石で出来た建造物があった。
「よし、あそこに行くぞ」
「はい」
俺たちは精霊の祠に近づく。
祠は小さめの小屋くらいの大きさだ。
前に馬車道から見た通り、神殿のような入り口をしている。
「よし、ここの入り口は石の扉で閉められるようになっているな。ここに立て籠ったらどうだ?」
「…………」
「…………」
俺の提案に、タクトとエミリーが目で会話する。
「さすが、アルファ様」
「…………いけるかもしれませんね」
「だろ、さっさと入るぞ」
「アルファ様が先に入って中の様子を見てきて貰えませんか?」
「わかった」
俺は精霊の祠の中に入っていく。
建物が石で作られているせいか、中は思ったより狭かったが、頑張れば3人なんとか入れなくはない。
「エミリー、タクト、大丈夫そうだぞ。どうした、早く入ってこい」
「…………」
「…………」
俺の声に2人は無反応だ。
そして、タクトがとんでもない行動に出始めた。
「おい、タクト、何してるんだ?」
「見た通り、扉を閉めようとしてるんです」
タクトが祠の扉を閉め始めたのだ。
まだ、タクトとエミリーも外にいるままだし、このままではオークたちにやられてしまう。
男のタクトは殺され、女のエミリーはきっと凌辱され、慰みものとして痛ぶられながら殺されていくことだろう。
俺は扉に手をかけ、扉が閉まらないように抵抗する。
「くぅ、エミリー、タクトを止めてくれ」
俺の声に反応し、エミリーが動き出す。
「タクトさん、手伝います」
「おい、エミリー! 何すんだ!」
「申し訳ありません、アルファ様。ライアン様が死に、アルファ様まで死んでしまったら、私はもう生きてはいられません。それにアルファ様を危険にさらしたと知られたら、あの世でライアン様に会わせる顔がありませんしね。私たちがあの魔物たちを引き付けます。ある程度時間が経つまでは出てきちゃダメですからね」
「くっ、この」
俺は開こうと頑張ってみるが、10歳女児の腕力では、いくら怪我しているとはいえ、普段から鍛えている成人男性と女性の2人を相手に勝てるわけがない。
俺の抵抗もむなしく、石の扉はドンドン閉ざされていく。
「アルファ様、最後にお願いがあります。私とタクトさんの交際を祝福してください」
「そんなもん、…………最初っからしてるっつーの! 俺がエミリーの幸せを望まないわけないだろ! エミリーには誰よりも世話になってんだから、誰よりも幸せになってもらわないと俺が困るんだっての!」
俺の言葉を聞き、エミリーが満足そうに微笑む。
「ありがとうございます」
それだけ言うと、エミリーはタクトにキスをした。
「え、エミリーさん!?」
「タクトさん、こんな時にいう言葉じゃないですが聞いてください。私はタクトさんのことが大好きです」
「…………」
「あくまで、アルファ様の次にですけどね」
「エミリーさん、…………それでも構いません、俺も2人とも大好きですから」
おそらく、エミリーの人生で初めて自分からしたキスだっただろう。
そして、それを最後にエミリーは死と死より辛い目に遭うかもしれないことを覚悟したのだとわかる。
「ふぅ、私の気持ちをタクトさんに言えて、スッキリしました。でも、出来ることなら私の初めてはあんな醜い魔物じゃなくて、タクトさんに貰ってもらいたかったですね」
エミリーの言葉にタクトが顔を紅くする。
「エミリーさん、自分はその言葉だけで喜んで命を懸けられます」
死を前にして笑い合う、エミリーとタクト。
石の扉は、もう10センチも開いていない。
隙間の向こう、エミリーたちの背後からは、ゆっくりと近付いてくるオークたちが見える。
「アルファ様、生きてくださいね」
最後に、もう一度エミリーが俺に笑いかけ。
ゴオォォン
祠の扉は閉ざされた。
扉を閉められた祠の中は暗く、外の音さえ聞こえない。
闇の静寂。
しかし、俺に恐怖はなかった。
そんな原始的な恐怖よりも、今、俺の頭の中を埋め尽くしているのは別の感情だ。
それはエミリーやタクトへの圧倒的な怒り。
あいつら、何を最期みたいな雰囲気でいい感じに人生終わらせようとしてんだ。あいつらの人生まだまだこれからだろ。
たかだか、20年くらい生きたくらいで満足してんじゃねえぞ。
こちとら前世も合わせれば、40数年、お前らの倍以上は生きてきた人生の大先輩だ。
そんな俺を無視して勝手に死ぬなんて許せるわけがない。
お前らは、これからみんなに祝福され、結婚して、イチャラブして、子育てして、たくさんの孫たちに看取られる最期の一瞬まで、俺に弄られる人生が待ってんだ。
それが幸せかどうかは俺は知らない。
だが、殺されたり、化け物に凌辱されるよりは遥かにマシなものになるはずだ。
文句があるなら、あとでいくらでも聞いてやる。
だから、今、死ぬのは絶対に許さない!
「…………」
ひとしきり思考し、俺は少し冷静さを取り戻した。
このまま外に飛び出ても俺の死体がひとつ増えるだけだ。
俺には状況を変える力はない。
俺は考える。
「そうだ、ここは精霊の祠だ」
俺は前に読んだ物語の主人公のように祈る。
英雄、聖女、亡国の王女。
物語の中で彼らの言っていた言葉を記述の通りに言ってみる。
「やっぱり、ダメか」
何も起こらない。
当然だ。
もし仮にあいつらのやった方法が正しいとしても、それは何年も祈り続けるというものだ。
今、この場で少し祈ったくらいで何か奇跡が起こるなら、俺が考える前に誰かが精霊の力を得ているはずだ。
「おい、精霊ヤロー、いるなら出てこい!」
祈ってだめなら、怒鳴ってみた。
精霊はこの世界では崇められる神にも等しいような存在であり、敬われることはあってもワザワザ祠まできて直接罵倒されることは少ないだろう。
怒って出てきてくれるなら、それはそれでいい。
ダメ元だったのだが、それは効果があったようだ。
暗闇の中、何かが出現する。
『やれやれ、小うるさい奴がきたもんじゃの』
俺の目の前に現れた茶色い光を放つ玉のような何かは確かにそう言った。
やっとここまで来ました。
ようやくアルファが戦う力を欲してくれて序盤の後半てところです。
よくある異世界モノのように冒険にも出してみたいですが、やっぱりアルファのいくところエロありとしていきたいです。
年末が近づいてきたんで、次回くらいの更新で今年最後になるかもです。
読んでくれたかたありがとうございます。




