55 逆転
彼は、一つうなずくそして、長考した後にロミルダに問いかけた。
「ああ、わかったとも。……それで、その力を使いブロムベルク辺境伯家は国に尽くす……ということだな?」
フェリベルト国王の言葉選びは非常に否定しにくいものだった。しかし彼が意図している意味ではないけれど、その言葉を否定する必要はなかった。
「はい」
「ならば――」
彼が続けようとしたとき、ロミルダはここだと判断して、一番大切な情報を開示した。
「ですので! すでに国の最大の武力である王国騎士団を統べるライツィンガー公爵家に、今の説明、詳細な資料、そして魔力好循環薬を含む竜を従える魔法薬の製法!……すべて、報告済です!」
ライツィンガー公爵にすぐに視線を向ける。ライツィンガー公爵はロミルダの視線を受けてフェリベルト国王の許可がなくとも立ち上がって、堂々と言った。
「情報の提供に深く感謝し、自分が竜を従える役目を背負います! フェリベルト国王陛下! どうかご安心を!」
ライツィンガー公爵の言葉に、フェリベルト国王は途端にぽかんとした間抜けな顔をした。
(そうよね。そういう顔になるよね。だって、あなたが欲しかったのは、自分だけが自由に振る舞うためだけの力なのだもの)
だからわざわざブロムベルク辺境伯家に伝説を言い訳にして声をかけた。
そうして竜を手にして、誰にも抑圧されない一人だけが得をする自由が欲しかったのだから。
「……」
フェリベルト国王は目を見開いたままゆっくりとロミルダのことを見やった。
「いただいたお話としては、竜を鎮める力は血筋に由来する神秘的な力だからこそブロムベルク辺境伯家が対応するべきとのことでした! しかし、実情はまったく異なりました」
「……」
「であれば、下手な諍いを産まないためにも、国で最大の武力を持つ、ライツィンガー公爵家が竜を統べること、これが、国にとって最も大切なことだと考えました」
竜を統べる力に、血筋は関係が無かった。
それならば、ブロムベルク辺境伯家がわざわざ王家と婚姻を結び竜を彼らに捧げる必要性は誰から見ても皆無だ。
フェリベルト国王は、父やロミルダにああは言っていても、建前を重視していた。
ロミルダたちに言った言葉は、竜を復活させようとしたことは置いておいても、それなりに正当性のあることばかりだった。
貴族たちも突っ込みを入れることが出来ないようにきちんと作戦を練っていた。
だからこそこうなれば、フェリベルト国王の心を折ることができる。
彼はここで、それでは意味が無いと思うだろう。
「っ勝手な……ことを……」
ぐっと拳を握り、小さな声でフェリベルト国王は呟く。
必死に、ロミルダを睨みつけている。
しかし、ロミルダはただ国のためを考えて尽くしている、純朴な令嬢の振りをして笑みを返した。
「っ…………」
フェリベルト国王から続く言葉は出てこない。
そこに追い打ちをかけるようにライツィンガー公爵が声をかけた。
「自分はブロムベルク辺境伯令嬢の判断はとても良識的で良い判断だったと思っています。しかし何か不都合が、あったでしょうか。フェリベルト国王陛下」
聞いたところで、この大衆の前でまさか、それじゃあ意味が無いとは言えないだろう。
同じ王家の血筋で傍系のライツィンガー公爵家が力を握るのなら、意味が無い。
竜は自分が、自分だけの力にしたかったのに。
なんて、言えるわけが無いのだ。
彼はブルブルと拳を振るわせて、ただ一度だけ、どんっと肘掛けを殴りつけた。
「……不都合があるなら仰ってくださいませ。フェリベルト国王陛下。お聞きしたいです」
「…………」
ロミルダもライツィンガー公爵の言葉に乗って彼に問いかけた。
フェリベルト国王はギロリとロミルダのことを見やってそれからがくりとうつむいた。
「……」
異様な間が開き、「どういうことだ」「話はまとまったのでは?」「でもご様子が……」と貴族たちがざわめく。
しばらくそんな時間が続いた後、フェリベルト国王は絞り出すような声を出した。
「……ない。次の議題にうつれ」
短くそう言った。
竜が復活するのならば、まだまだ話し合わなければならないことがあるはずなのに、フェリベルト国王はそうして話を切り上げた。
それからずっと、そうしてうなだれたまま会議を続けた。
その様子は少し不気味に見えたけれど、彼が今から何かをしたところでもう痛くもかゆくも無い。
なぜなら、彼がどんなに頭をひねって竜を復活させたとしても、対抗策はすでにある。
竜を復活させなかったならそれはそれで御の字だ。
最後にロミルダに向けられたフェリベルト国王の去り際の視線は少し鋭かったけれど、ロミルダは最後まできっちり国のためを考えている純朴な辺境伯令嬢として笑い返したのだった。




