50 無茶
目が覚めるとズキリと腕が痛んで目をやると、枷のようなものが両手をがっしり合わせる形で嵌められている。
「……」
体を曲げて両手をついて起き上がると暗い木の箱の中のような風景だった。
ただ、そこには小さな外をのぞけるだけの小窓が開いていてひっそりと息を潜めてのぞき込む。
すると野営をしている人々が見えた。たき火を中心に談笑しているように見える。
六名ほどの集団のようで、装備からして全員騎士のように思う。
しかしそこにロミルダの見知った顔は一人もいない。拘束されている腕に、武装した集団。十中八九、先ほど襲撃してきた人物だろう。
(……魔法は……)
そう考えて手に魔力を込めようとしたがどうやら阻害されている。
魔力を阻害する魔法具は魔獣相手に使うこともあるがもちろん人間相手にも使うことができる。
この枷がロミルダの知っている物とは違うけれどその役目を持った魔法具なのだろう。
そっと出入り口になりそうな馬車の後ろ側に向かう。
内側から開くドアノブは見つからない。両手で押してみても開かない。
(敵襲の後、捕まったとみるのが妥当……? ……今の時間は?)
具体的にはわからないけれども、ともかく夜になっている。
(エイミーは……騎士たち、御者は……大事な資料は……?)
続いて、多くの疑問がわいて出てくる。暗闇の中、古ぼけた馬車の香りだけが鼻につく。
(いや、冷静に。冷静に……でもエイミーが心配。間に合うの? せっかく見つけたのに、それどころじゃないかも)
疑問の答えは一つも無い。
わかることは捕まっているということだけ。
そうすると疑問は不安にかわって、頭の中がいっぱいになってくる。
どうしたら良いのか。せっかく見つけた情報はどうする。すでに回収されたのか。実家も危ない状況ではないか。父や母やロジーネはどうしているのか。
アレクシスは? これからどうなるのか、どちらにしろもう御前会議に向かうめどが立たない。
でもせっかく争わずに済むかもしれないのに。でもそれ以前に自分の身も安全かわからないじゃないか。
(失敗した。どうしよう。どうにかできる? 私が悪かったの? こんなことになるなんて。そんなこと考えても仕方ない、やれることを、でもやれることって何)
次第に混乱して、現実味が湧いてくる。
思考は堂々巡りの渦に入って、頭をめちゃくちゃにかきむしりたかった。
しかしそれもできない。
「っ、ふっ……」
吐き出すと息が震えていて、どうあってもしても捕まっていて馬車に乗って王都に向かっていたあのときには戻れない。
すべてが不確定になったと認めるしかない。
それは、恐ろしいことだった。嘘だと言ってほしい夢であってほしい。しかし、いま体がここにあって、見て聞いて、感じている自分はここにしかいない。
この暗闇も心細さも、馬車の古ぼけた匂いも何もかもがあまりにも現実だ。
膝をついてうつむく。それからぎゅっと目をつむる。
パタパタと木をしずくが打つ音がした。ぐっと体に力を込めて、涙をこぼして深く息を吐き出した。
「はぁー……ふ、はぁ……っ、ふー……」
まずはなんとか息を整える。涙を流した分、感情が幾分落ち着いて、そのまま落ち着くまで深呼吸を繰り返した。
それから目を開いて、馬車の隅に腰を落ち着けて考えた。
考えたらわかりそうなことからまず考えることにする。
「まず、このタイミングで私を狙ったのは誰?」
答えはフェリベルト国王の一派だろう。
彼らはブロムベルク辺境伯家になんとしても言うことを聞かせたい。
そして二十年前ハイディをさらって、自分たちと親交の深い貴族の元へと強引に娶らせたと言う実績がある。
だからこそロジーネのことを守るべく、皆が警戒していた。
しかし、無理矢理人質にして婚姻をさせられる可能性があるのは、ロジーネだけではなかった。
ロミルダだって、彼らが狙う可能性があった。
婚約しているとは言え、他の人と結婚できない訳ではない。
むしろ、それを狙っていてあえてロジーネに注目を集め、ロミルダを強引な手段で手に入れられるよう用意していたのかもしれない。
(それなら、フェリベルト国王がハイディ様が連れ戻されて予定と違うにもかかわらずあまり焦らずに父に要求をたたきつけたのも理解できる)
きっと、前回同様、隙を突いた実力行使で言うことを聞かせようという作戦だった。
それに実際にロミルダは隙を突かれてしまった。
それについては彼らの方が上手だったと言えるだろう。
「じゃあ、これからどうなる?」
小さく呟いて自分に問いかけた。
(きっと私は脅しに使われる……ここがどこで今日が何日かもわからないけれど、そういう使い方をするのが一番効率が良いし……)
つまり、それがわかる前からそうなのだが、ともかくここから逃げ出せるなら逃げ出した方がいいはずではある。
ロミルダが捕まったせいで、父や騎士たちが苦境に立たされて、何の対策も成しに竜の元へと向かわされる。それは最悪の結末だろう。
「逃げ出すなら、手段は?」
魔力を封じられているなら、自分で魔力を込める必要がない魔法具の出番だ。
例えばアレクシスにもらったブレスレットなどは、敵に突っ込めば一撃を与えることが出来るはず。
(…………ない。やっぱりない、よね)
しかし捕まえて魔力を封じておきながらそんなものを放置している訳もない。
拘束されていて動かしにくいながらも必死に探っても彼からもらってあれ以来ずっと身につけているはずのブレスレットは見つからない。
きっと奪われてどこかに捨てられ……いや、壊されている可能性の方が高いかもしれない。
他のお守りのようにつけている魔法具も同様だ。
魔法を使う当てはない。
「……」
それでも、ロミルダのミスだ。このまま何もしないままうまく使われるなんてそれは何よりいやなのだ。
たとえ、それを回避するためにどんな痛い目を見ても……やはり、大切な身内が死地へ向かうのをのうのうと捕まったまま見過ごすことだけは……出来そうにないのである。
「……よし……」
無茶であり、愚行であることは承知していた。
しかし、思いとどまる意味はもやはないのと同意義だった。
立ち向かおう。
(やるしかない……もう、それしかない)




