47 象徴
フェリベルト国王の意志を折るというのは、やっても意味ない、やりたくないと思わせることだ。
例えば、竜を復活させることに自分も酷いデメリットを被るとか、この状況では復活させたとしても自分が自由に振る舞う力にはならない……とか。
強引に武力的な衝突をなしにして、ロミルダだからできる、竜を復活させることの前提条件を覆す方法……。
心当たりはあった。というか、その手法がとれるからこそ、この道を選んだまである。
その手段というのはブロムベルク辺境伯家に眠っている古代の文献だ。
ロミルダは竜が復活するかもしれないという母の話を聞いてから、そのいつかに備えるために地下のホコリっぽくて古くさい書庫の鍵を開けていた。
千年前の文献ではあったものの、保存状態が良く読むことが出来た。
そして多くは、現在のブロムベルク辺境伯家の使っている魔法具や魔法薬の研究と、それらを使用した魔獣の討伐記である。
研究者から見ると討伐記としての側面が多く、すでに知っている知識ばかり、騎士から見ると魔法理論や魔法薬、魔法具に関する話が多く討伐の参考にしづらい。
そんな資料なのだ。
しかしロミルダは跡取りとして、自分に足りない圧倒的な筋肉を補おうとした結果、ブロムベルク辺境伯家の魔法に関連する知識が深く、また騎士でもある。
きっと書き手と同じ性質を持ってた。
そしてだからこそその有用性がわかる。竜の話にはたどり着いていなかったものの竜を鎮めた力の一片となった可能性のあるピースはだんだんと見えてきた。
つまり、あるのだと思う。ブロムベルク辺境伯家には竜を鎮める力が。
そういう予感があった。
そこを深掘りすれば、竜を復活させようとしているフェリベルト国王に何らかの対策を出来るのではないか。
それは、フェリベルト国王からの話を受けたときからちらついていた考えだった。
ただ、その竜を鎮める力が果たして今のブロムベルク辺境伯家に都合のいいものなのか。
それはまったくわからない。けれども、知る価値はあるだろう。力の詳細がわかれば扱い方を考えることができる。
ロミルダは急いでブロムベルク辺境伯家のカントリーハウスに戻ることにした。
アレクシスはついてこようとしたけれど、王都側の情報も逐一欲しい。
アレクシスは身内になる予定の人物だ、父に付き添ってロミルダに情報を伝えるのに違和感はない。
その役目をお願いしたいというと彼は渋々了承した。ロミルダは移動する間に過ぎる時間に酷く焦燥感を覚えつつ、帰ったらすぐにやることをシュミレーションしながら帰路を進んだのだった。
ブロムベルク辺境伯領のカントリーハウスに戻ると、母とアンゼルムは大忙しだった。
政変のための編成と竜への対策、今の状況の中でロジーネのことを守るための領地の守備も固めなければならない。
母は、騎士たちが戦闘で使う魔法薬や魔法具の製作の指揮を執っていて、期限に追われている。
とてもロミルダにかまっている暇はなく、戻ったことは伝えて顔は見せたがロミルダにもやるべきことがある。
自分の部屋に戻って、休憩することも無く地下書庫へと降りて行く。
前回に読んだ場面の年代から考えて竜が復活した可能性がある本を開く。
竜は具体的にいつ復活したのかというのは情報として残っていない。
そのあたりの年代の膨大な資料から当時の物を探すほか無い。
当時の人間が重要な記録として、竜との対戦編だけ別の場所で保管してくれれば良かったのに。
「はぁ……」
いざという時に知ることが出来なければ意味がないじゃないか。そんな風に思う。
加えてたくさん読むにしては読みにくい昔の文字で書かれているし、かすれていたり言い回しが今とまったく違ったりで全然進まない。
始まってすぐに途方もなくてロミルダは、果たして次の御前会議に間に合うのかと途方もない気持ちになった。
「あら、ため息? どうしたの、お姉たま」
ふと舌足らずな声がして、ロミルダは驚いて飛び上がってしまった。
地下書庫の入り口の方、階段を降りたあたり。
小さなロジーネが侍女にろうそくを持ってもらってそこにいた。
「……ロジーネ。びっくりした。いつからいたの?」
「ついさっきよ。降りてきたところ」
「そ、そうなんだ」
彼女はとことこと歩いてくる。
彼女のそばには魔獣のクリスティアーヌがこれまたちょこんと立っていて、彼女が歩みを進めると小さな足を素早く動かしてちょこちょこと隣を歩いている。
なんだかなんだかその光景はとても平和で和む物だ。
ロジーネの手には人形も抱えられていて、きっと母が忙しいから退屈して帰ってきた姉のところへとやってきたのだとロミルダは思った。
「でも、せっかく来てくれて悪いけど、私今とても大切な調べ物をしてて、ロジーネと一緒に遊んであげられないんだけど……」
ロミルダが言うとロジーネはパチッと目を見開いてそれから瞬きを二回した。
そして、先ほどのロミルダをまねるみたいに「はぁ」っとため息をついたのだった。
「遊んでほしいなんて言ってないわ。お姉たまったらいつもあたくしのこと子供扱いして……お姉たまって誰にでもそうなの?」
少し機嫌を悪くした彼女はロミルダのそばまでやってきて、困った顔で手を差し伸べた。
その意味がわからなくてロミルダは彼女の手に手を重ねた。
「違うわ。お手伝いしにきたのよ。お姉たま、昔の竜のお話を調べているのでしょう? 昔の文字でも読むぐらいならあたくしにもできるわ」
ロミルダの手をぺちんと叩いてロジーネは言った。
まさかそんなふうに気を回してくれるなんて思っていなかったが、たしかに人ではあった方が良い。
貴重な文献なので簡単にはブロムベルク辺境伯家以外の血筋の人に読ませるわけにはいかない。
だからこそ、ロジーネの協力はとても心強い。
「……ありがとう。……なんだかいつもつい、ロジーネはかわいくて小さい女の子のままな気がしてしまって……」
小さい頃、彼女に母を取られたことは妬ましかった。
ただそれと同時に、小さくて温かくてかわいくて、それはロミルダが守るこの家の象徴のような大切な存在だった。
将来、ロミルダが跡をついたとき、彼女のようなか弱くて小さな存在も守れるよう強くなりたかったのだ。
だからかはわからないが、ついついロジーネのことはあの頃の小さくてか弱いままというイメージが強く反射的に子供扱いしてしまう。
するとロミルダの言葉にロジーネは不服そうな顔をして言う。
「侮らないでくださいませ。あたくしだって立派にブロムベルクを支えられる魔法士になるのだから」
もちろん知っている、ロジーネは優秀だ。
決して、フェリベルト国王が竜を手にする理由付けのための生け贄になるためにいるわけではない。
ロジーネにはロジーネの得意も、好きも、彼女だけの人生もある。
それはだれにも奪わせてはいけない物だ。
「……そうね。ありがとう。ロジーネに手伝ってもらえたら百人力ね」
「それは言い過ぎよ。お姉たまったら相変わらずなのだから」
本を手渡すと早速彼女はページを開いて、中身の精査を始める。
ロミルダはその様子を少しの間眺めていた。
(きっと守るから……絶対にこの作戦を形にしなくちゃ)
小さな妹が協力してくれている姿を見てそう決意を固め、ロミルダは別の本を開いたのだった。




