46 故意
父は夜通し帰らずに、帰宅したのは翌日の朝だった。
少しも、昨日と変わらないその姿は、相変わらず恐ろしげで威圧感がある。
しかし、父は出迎えたロミルダに少し優しい顔をした。
「出迎えご苦労。何かわしに用事か」
「うん」
「部屋で聞こう、わしもお前に言うべきことがある」
そうして父の執務室へと向かって、父は眠気覚ましの濃い紅茶を飲む。
先に父の用件から聞こうかと思ったが、父はチラリとロミルダを見やって促すような視線を送ってくる。
先に話せということだろう。
「お父さま、私、跡取りとしてお父さまの手伝いをするんじゃなくてやりたいことがあるの」
「……それは重要なことか」
「うん。……私は今回のこと、もう少しきちんと知っていけば、何か解決策ってあるような気がしてる。ないにしても、王族のことも竜のことももっと知った方がいいと思う」
ロミルダは自分の言葉が、責任を背負う人間として、ふわさわしくないことを知りながら言った。
「そうしている時間があるのならば、そうするべきだろう。ただ今は、探る意味があるかもわからぬ事情を探し回る余裕はない」
その言葉はもっともだ。
見つからない、結局見つけられてもただそれだけの情報なら、そんなことで時間を使っては何もしていないのと一緒だ。
確実性があることをするべきというのはその通り。
「わしには、ブロムベルク辺境伯家に仕える騎士たち、使用人、家族を守る義務がある。いずれお前にも生じる義務だ。その時になれば、そのようなことを言ってはおれぬ」
「うん」
「お前は今回、わしに同行し敵を打ち倒すか、ブロムベルク辺境伯家の守りを固めるか。二択だ」
父がしたかったのはその話なのだろう。
もちろんどちらも重要な仕事だろう。
「わかっておるのか。ロミルダ。お前はブロムベルクのすべてを背負うのだ。その重みがわからないとは言わせぬぞ」
「……うん」
「それでもお前は、お前のやりたいとことを選ぶと?」
問いかける言葉の端々には少し圧があった。
しかし、首肯して「それでも、人と争う前に手を尽くしたいの」とロミルダは付け加えた。
「……」
「……身勝手なのはわかってる。でも、できることがあると思う」
竜が復活するかもしれないという話が出たとき、ロミルダは、ブロムベルク辺境伯家の古い文献をあさり始めた。
そこにはロミルダの知らない情報がたくさんあったし、間に合うかどうかはわからないけれど、知らないことがまだまだあるのは確かだ。
竜のことも王族のことも。竜を鎮める力だってもしかしたらその文献の中に載っているロミルダの知らない情報の一つで、うまく使うことができる可能性があると思う。
だからこそ調べることには意味がある。
「ふん。……仕方ないな、好きにしろ。ただしお前が自由に動く分の潤沢な護衛を用意することは難しい、お前はお前の責任を負って行動を取れ。いいな」
「はい、お父さま」
真剣に父の瞳を見つめれば彼は、少し表情を緩めてそう言った。
もしかすると、父も疑問を持っている部分もあるかも知れない。
なんにせよ、許しは得た。多少強引にでも当たれる人に当たるところから始めるのがいいかもしれない。
「……お前が独自に調べるのならば一つ、助言をくれてやろう。昨日の話し合いの際、ハイディ夫人は実のところアルテンブルグ公爵家と王族は揉めていたという話をしていた。直接聞くといい」
「わかった」
そうして父から助言を受けた。
アルテンブルグ公爵家と王家のもめ事がどう竜に繋がるのかわからなかったが、ハイディに連絡を取るとすぐに約束を取り付けることが出来たのだった。
「申し訳ありませんロミルダ様、ご足労頂いてしまい……」
「いいえ、戻ってからまだそれほど時間も経ってないのにこんなことになって忙しいでしょうし大丈夫です」
ロミルダが到着して応接室で待っているとハイディは焦った様子でやってきて申し訳なさそうに言った。
それにロミルダは首を振って返す。
「お気遣いありがとうございます。たしか……アルテンブルグ公爵家と王族のことでしたよね」
ハイディは紅茶を飲んで、それからふっと一息つく。
きっと父と同じで昨日は徹夜で話をしていたのだろう。少しばかり疲労の色がうかがえた。
「はい。竜のことやライツィンガー公爵家を巻き込んだ王族の思惑を少しでも知って私は別の方向からこの問題を終わらせる方法を見つけたいんです」
「……なるほど。そう言う話ならば納得しました。実際それは私も考えたことではあるんです」
ロミルダが自分の方向性を口にするとハイディは納得して深くうなずき、自分も考えたことではあると肯定した。
「弟やブロムベルク辺境伯にはすでに昨日の段階で伝えたのですが、アルテンブルグ公爵家は実はブロムベルク辺境伯家に声をかける直前に王族と関係が悪化しているようでした」
それがどう、竜の話に繋がっていくのかはわからないがロミルダはとりあえず聞くことにして相づちのように小さく頷く。
「魔獣の増加の件で、フェリベルト国王陛下に対する不満を口にし、私に王国騎士団の派遣をもっと手厚くしてほしいと弟に手紙を書けと迫ってきました」
「……魔獣の増加でフェリベルト国王陛下に対して憤っていたのですか?」
「はい。割に合わない、と」
それはどうしてだろう。だってフェリベルト国王に怒ったところで仕方が無い。
復活が差し迫った竜のせいで起きている現象だと彼らは口にしていたということはそれを知っていたはずだ。そんな物は自然現象なのだから王族に怒ったって仕方ない。
「?」
「私もフェリベルト国王の狙いを聞くまでまったく意味がわからず、重要な情報とは思っていませんでした」
「はい」
「……ただ、王族の思惑は見えてきました」
フェリベルト国王は竜とブロムベルク辺境伯家を使ってさらなる自由と力を得ようと考えている。
それはわかるが、それ以上の思惑というと心当たりが無い。
ロミルダは首をかしげてなんとか頭をひねる。
「王族は、自由と力を欲している。それは偶然復活しそうになっていた竜がいたから思いつきで求めた……のではなく最初から復活させる前提ですべてを仕組んでいた、としたら?」
「え……」
「ライツィンガー公爵家を弱らせ、目の届かないところで復活を研究、復活のめどがたったのち、ブロムベルク辺境伯家に声をかける。もちろん、私が連れ戻されたのは想定外でしょう」
「……」
「正しい手順ならば、ライツィンガー公爵家はブロムベルク辺境伯家に協力できないはずでした。なすすべが無かったとまでは言いませんが圧倒的な劣勢と竜の復活。重なればブロムベルク辺境伯家の選択は見えてくると思いませんか」
ハイディは矢継ぎ早に告げて、ロミルダは頭が追いつかなかったがなんとか状況を整理する。
(つまり、フェリベルト国王陛下は、自分で竜を復活させる壮大な計画を描いていた……ということ?)
「そうで無ければアルテンブルグ公爵家がフェリベルト国王に魔獣の増加を理由に憤る理由も通りません」
「ハイディ様は……竜を故意に復活させることが出来ると、思っているということですか?」
「二十年もあればできないとは言い切れないでしょう。……それに、すべてが偶然重なったというよりもよほど説得力がある答えです」
状況だけ見ればたしかにその推理はとても筋が通っている。
ただそれにしても、愚かが過ぎるだろう。
どうしてそんなことをするのだ。フェリベルト国王一人の理想のために、どれほどの人が困るかわかっていないのだろうか。
(っ……)
なんだかとても不愉快で、悔しいような気持ちだった。
今すぐやめろと言いたいけれど証拠もなければ現場も押さえることが出来ない。
竜の洞窟の場所は公にされていないからだ。
「弟とブロムベルク辺境伯とともにそれを理由にフェリベルト国王を追い詰められる可能性については考えました。しかし、現状ではそう推察できても証明は出来ません。三週間でその真実をすべて証明するのは不可能です」
「……」
「そういう理由で、今の状態になっていますが……大丈夫ですか。ロミルダ様」
ふと、温かい声をかけられてロミルダはハッとする。
知りたいと思った情報の一つは簡単に知ることが出来た。
しかし、あまり希望があったとは言えない。そのことがずっしりと重たくのしかかっていた。
知っていても、もっと早く気がついても、できることなどほぼ無かったと思うのに、どうしてこんなことになるまで知らないでいてしまったのだろうと思ってしまう。
「……どんなに絶望的でも、己のことだけを考え悪事を働く人間が必ず悪いのです」
「……はい」
「だから自分を責めるほど悔やむことは道理が通りません。それは絶対です」
ロミルダがあまりに暗い顔をしていたからだろうか。ハイディは気遣うようにそう言ってうっすらと笑みを浮かべる。
その言葉にはなんだかとても重みがあった。
考えてみれば、ハイディの状態は長いことずっと絶望的なままだった。へこむことも落ち込むことも悔やむこともあったのだろう。
それでも今は、解放されてからずっと前向きに見える。きっと自分の中ではき違えないように何度も言い聞かせてきた言葉なのだろう。
そう思うと心強い言葉だ。フェリベルト国王の愚行は彼だけのものだ。
止められなかった。しかしロミルダにも父にも、誰にもその責任があるわけでは無い。
ロミルダは目をぎゅっと握ってパチンと両手で頬を打った。
じんと痛みが響いて目を開ける。
「大丈夫です。フェリベルト国王陛下の企みはわかりました。……でも、復活が意図的なら止めることも……出来るはず……」
「難しい選択ではありますが可能性はゼロではないと思います」
ハイディはロミルダの言葉に小さく頷いて補足した。
たしかに竜の洞窟の場所はわからないし、復活させようとしているという証拠を取って追い詰めることも物理的には難しい。
しかし、フェリベルト国王の意志ならば、意志を折れば復活は止まるのではないだろうか。
(そうね。復活させたくないと思ってくれたら……話は変わるかも。それがわかったのが収穫ね)
なにもわからないままよりもずっと良い、結末は見えた。あとはどんな手段を使ってそれを達成するか、だ。
そしてそこが最も難しい局面だった。




