45 覚悟
父はすでに覚悟を決めている様子だった。
馬車の中ではお互いに一言も交わさないまま時間を過ごし、別れるときにアレクシスに説明をしておくようにと頼まれた。
父は至急、ライツィンガー公爵と話すことがあるそうだ。
約束もしていなかったのに、すぐにタウンハウスを出て行った。
父がどんな手段をとるのか想像するのは簡単だが、気の重い話だ。
人同士で争うなど、それも竜が復活しようとしているときに。
けれども仕方が無いことなのか。
ロジーネを差し出せば、彼女は人質同然になるし、信じてついてきてくれている騎士たちも、王族の私欲に答えて無茶をするブロムベルクに失望するだろう。
要望はフェリベルト国王が考えているほど、甘ったるくて簡単なものではない。
使い魔にするには満足するまで魔力を注がなければならないし、こちらを殺そうとしてくる竜に対して、魔力を注ぎ続けるなどアンゼルムだって死ぬかもしれない役割だ。
そんなものを許容するわけにはいかない。
(でも、なんだろう。それなら王家と対立するっていうのは確実だけど……少したりてない情報もある気がする。それに古の竜を鎮めた時の過去の文献もまだ全部は見られてない……)
思うところがありつつも、王城に行くことを心配して待っていたアレクシスがやってくる。
彼にフェリベルト国王の主張や今父がどこで何をしているのかまで丁寧に話す。
すべて聞き終わって深刻な顔をしていた彼は、ぽつりと言った。
「なんかまだ、全然実感がわかないような話ですけど……魔獣の増加がそのせいって言うなら、もう始まってるってことか……」
「他には理由も見つかっていないし、竜が目覚めるってことは事実なんだと思う」
「……それでブロムベルク辺境伯はどうするんだ?」
アレクシスに聞かれてロミルダは「まだ確定ではないと思うけど」と前置きしてから話し出した。
「ここでライツィンガー公爵との話となると、お父さまは次の御前会議までに反対派を作る……と思う、アルテンブルグ公爵家の王命結婚のことも判決が出たし王族に不信感がある貴族は多い。それ自体は難しくないと思う」
「だな。元からフェリベルト国王にいい印象持ってる貴族も少ないし」
御前会議というのは重要な国王の決め事を貴族たちに共有する場だ。もちろん意見をすることは出来るしそのための会議ではある。
しかし、基本的には国王の決めたことを拒絶する権利を一貴族が持っているというわけでは無い。
多数の貴族がそれに反対して、そしてそれが国にとって重要な貴族ならば初めて意味を持つ。
そしてその貴族たちだけの主張で、王族の意向にかかわらずに意見を覆すことが出来るというわけでも無い。
「ただ、それだと意見が対立したまま御前会議を終えることになる可能性が高いから……それ以上の手段を考えてる可能性も……ある」
「……ライツィンガー公爵はブロムベルク辺境伯につくだろうな。少なくともハイディはライツィンガー公爵にそう、指示すると思う」
「私も」
国の大きな武力が反対派に属し、ある程度の貴族の協力があれば、武力行使が最も素早い決着の手段となるだろう。
これはきっとハイディがアルテンブルグ公爵家に人質に取られたままでは使えなかった手段だった。
ふとハイディの言葉を思い出す。
王族は、ライツィンガー公爵家を弱らせて、やろうとしていたことがたしかにあった。
フェリベルト国王の話には、ライツィンガー公爵家に対する嫌悪も見て取れた。
国の最高権力者である王族が気を使わなければならない一族、ライツィンガー公爵家などとは比べものにならない権利を手に入れたい。
そんな思惑を感じた。
だからこそ今回のことを企んでいた……というのは筋が通る話だろう。
(でも、だとすると二十年も前からは始まっていた計画にしては運任せ……じゃない?)
疑問が一つ頭に浮かぶ。
竜が復活するのは偶然の出来事のはずだ。
復活の予兆を王族が知ったから邪魔をされないようにライツィンガー公爵が偶然亡くなったタイミングで行動を起こした?
そんなにタイミング良く重なることだろうか。
十中八九、ライツィンガー公爵家と竜の復活の話は繋がっていると思うのに、どういう時系列で王族が何を思ってこうなったのかもわからない。
本当なら、復活するかもという話が出回れば全員が一丸となって復活を止めるところから始まったはずなのに。
「政変が起こるとして、その後に竜を簡単に倒すことができるのかな? フェリベルト国王が反対派を作ることを予想してないとは思えないし……長引いたらどちらかが折れるしかない」
「……」
「それにそもそも竜ってなんなんだろう。元になった動物もわからなければなんなのかもよくわからないし、復活する理由も、眠っていた理由もわからない」
何もかもがまだ曖昧で、でもその間にも父とライツィンガー公爵は王族と戦う決心と策を立てている。
三週間後と言われたからには、もう脇を見てる暇はない。
それはわかるが……。
「わからないだらけで、衝突して最終的に竜が出てきて……うまくまとまるって思えないよ」
「お嬢が背負うことない……って言いたいけど……それはさすがに気休めにしかならないよな」
「……」
その通りだ、気にしないことはとてもじゃないができない。そして着々と時間は進んでいる。
父のように行動を起こすのが大切だ。それはわかっている。
ロミルダはまだまだ跡取りとして未熟者らしい。
「……ごめん。アレクシス。迷っていても時間が無くなるだけ……私、もっと大人にならないといけないよね」
「どうだろう。俺もブロムベルク辺境伯は即判断でまっすぐでかっこいいとは思う」
「うん」
「でも、お嬢だって、たまに悩むこともあるけど、いつもわかりやすくて、お嬢らしい納得感ある行動で示すだろ。すぐに出来なくたってそれがいいときも山ほどあると思う」
「……」
「お嬢が思ってるより、お嬢はずっと大人で解決策を見いだせるかっこいい人です」
アレクシスは、とてもすらすらとそんな言葉を言った。
それはわざわざ慰める言葉を今一生懸命考えなくても、初めから持っていた言葉でずっと思っていた気持ちみたいに聞こえる。
そんな風に言われると、ロミルダは彼がそう言ってくれるならそうでありたいと思う。
実際がどうであるかは置いておいて、彼からはそういう風に見られたい。
結局、アレクシスからのその言葉だけでロミルダの頭の中にあったモヤモヤとぐちゃぐちゃの感情はさらさらと波にさらわれたようになくなって、この問題をただ自分で納得する形にどうにかしたいのだと自覚する。
不満をぶつけたいだけじゃない。
戦うにしてもまだ知らないことがあるだろう。
ロミルダはどちらかというと武闘派だけれど、剣だけで解決出来ないことの方がこの世には多いと思っている。
「ありがとう。……頑張ってみるね」
「ああ。さすがお嬢」




