44 押しつけ
「……なんとまぁ、古来より、竜を鎮める力を与えられている一族が情けのないことだ」
「なんだと」
「そなたらは何にせよ一度やってのけたのだろう。竜はそもそもなぜ眠っている。そなたらが力で従えそうさせたに違いが無い!」
「……」
そこを縦にされると否定することは、ロミルダたちのルーツを否定することだ。
たしかにそういう伝説が残っていて、それが起源だ。
「なら、再び目覚めたなら今度はそなたらと王族が協力し、王族の使い魔とすることになんの問題がある」
「よく考えるべきです。フェリベルト国王陛下……竜は、いるだけで魔獣が増えるような規格外の化けだ。国で全力を挙げて討伐するならまだしも、っ……あるかもわからぬ力を頼りに使い魔化できることを祈って突撃せよと?」
「その通りだ。わかっているじゃないか! ブロムベルク辺境伯! それだけで、多くのしがらみから解放され、あがめられるようになる」
もはや父の懸念や常識は通じていないようにすら思う返答だった。
「ただ、使い魔として従え、そして我らとの縁を結べば良い。簡単な仕事だろう」
父は考えるように肘をついて口元に手を当てる。
ロミルダもさすがに聞き捨てのならない話に、しびれを切らせて口を開いた。
「恐れながらフェリベルト国王陛下。討伐と使い魔化では随分と難易度に差があると思います。竜を鎮める力は定かでは無い以上、使い魔化は大きな被害をもたらす可能性があると思います」
「だが、貴族どももそなたらの血筋の正当性は知っている。止めはしないだろう」
「っですが、被害がでてからでは遅いのです。民衆の安全だって確実では無いのではっ」
「……あのなぁ、ブロムベルク辺境伯令嬢……だからなんだというのだ。余は王族だが、国の奴隷では無いのだぞ。なぜ絶好の機会にライツィンガーなどのたかがスペアに頭を押さえつけられ民のために酷使されなくてはならないのか」
ロミルダが問いかけると、フェリベルト国王はにこやかな笑みを捨てて、とても冷たい声で言い放った。
「せっかく余がそなたらに活躍の機会を与えていると言うのに、そう下らぬことばかりを言うな」
「く、くだらないですか」
「貴族どもだって、国を統べる我らが竜を従えていればその権威は世界一の物だ、そんな国家を誰が責めよう。安全は保証される」
「……」
「多少の犠牲が出たとしても権威を得ることは、正しきことだ。我々にとってもそなたらにとっても」
フェリベルト国王はそう言うけれど、それは彼だから出てくる意見だと思う。
誰だって、自分や身近な人間が犠牲になる可能性があるのなら、最初から安全な道を選ぶ。
あとから犠牲の上に、得をしたところで、誰かの傷が癒えるわけでは無い。
フェリベルト国王の指輪は下品にギラギラと輝いていた。
「そなたらが神から与えられたと言う力を使い竜を使い魔にする、それだけで何も問題の無い話だろう」
「……」
「ブロムベルク辺境伯家の第二子は丁重に迎え入れよう。幼い内から城に住まわせ竜を調教させる。そうして我らの権威をうまく扱えるように仕込むのだ」
「……」
「何もかも簡単なことばかりだ」
ロミルダはぐっと拳を握った。
フェリベルト国王と言う格上の相手に言う言葉ではない、と思いつつもただ心にとどめておくことは出来なかった。
「そこまで理想と得があると考えるのなら、竜は……フェリベルト国王陛下が直接王国騎士団を率い、自信で魔力を与え、使い魔にすることが最も手っ取り早い手段では……?」
フェリベルト国王は、簡単だ、成せれば素晴らしい恩恵が手に入ると言いながらも一度だって、自分が危険な戦場に立つ話はしなかった。
そんな竜の権威などなくとも今までの王は、当たり前のようにこの国を善政で収めてきた。
国の貴族や平民から上がった収益を徴収し、その金銭で贅沢で何不自由ない生活を送っていながらあまりにも主張が自分勝手だ。
(たしかに貴族は領地の平民の奴隷では無い。でも……平民が奴隷というわけでも無い。ただ役割を分担しているだけよ。日々の暮らしに時間を割かなくていいぶん、訓練して騎士は強くなる。その剣で平民たちの暮らしも守る)
だからこそ、危機の時には立ち上がる。その義務はあるはずだ。
守る義務がある。妥当で確実性の高い判断をして立ち向かい統率をとるそのためにいるのだろう。
それをやらずに私欲に走るのならば……勝手に一人でやってほしい。
ロミルダの言葉に、フェリベルト国王は意外そうな顔をした。しかしにこやかな笑みをまた浮かべて混じりけの無い表情で言った。
「もちろん、余も前線に立ち竜を手なずけたいのはやまやまだ。だが、我々はブロムベルク辺境伯家では無い。伝説の力を持ち竜を手なずけるのはそなたらの使命だ」
「っ……」
「伝説の英雄が力を振るのに邪魔になっても情けない。ただそなたらは存分に力を振るってくれればいい。まずは第二子を連れて登城してもらおう。その後、御前会議で作戦を発表する。いいな」
いいわけなどない。フェリベルト国王は、ブロムベルク辺境伯家を使って、自分の私欲を達成させようとしているだけだ。
彼は、ブロムベルク辺境伯家のふさわしさを盾にして、竜の使い魔化という多数の被害が想定される問題を押しつけ甘い蜜だけをすすろうとしている。
彼は危険な場に出る気など一切ないのだ。
しかしこの問題に我関せずと王都から飛び出し、放置するというわけにも行かないのもまた事実。
そんなことをするつもりはないし、国の有事には協力して最善を尽くすべきだ。
(でもこんな……無茶を……血筋の話だからってほぼ無理矢理……それもロジーネの話だってそんな危ないこと……)
ロミルダの頭の中にはぐるぐると疑問と葛藤が回っていて、気持ちがめちゃくちゃだった。
「……承知した。しかし、時間が必要だ」
「いいや。時間など無い。伝説の竜の復活は次の御前会議が終わった頃だ。それまでに騎士や兵を集結させなくてはいけないのだからな」
「……次の御前会議だと」
「ああ、国や民を強く想うブロムベルク辺境伯家ならば賢い選択をするだろう。余はそれを知っている」
最後のフェリベルト国王の言葉は脅しに近い言葉だった。
究極、王族の意見を尊重しないならば手段は一つ。しかし、次の御前会議は三週間後、もやはすぐそこだ。
そんなときに、内紛していて果たして竜は倒せるのか。
「なるほど。……理解した。娘の教育に努めよう」
「理解に感謝する」
父は先ほどとは違って落ち着いた様子で、端的な声でそう言った。
さすがにその言葉が真意から来る言葉ではないことはロミルダにもわかる。
わかりはするけれども、聞いていて気分のいい言葉ではないのだった。




