43 国王
「急な呼び出しによく応じてくれた。ブロムベルク辺境伯、歓迎しよう」
「お目にかかれて光栄です。フェリベルト国王陛下。本日は跡取りのロミルダもフェリベルト国王陛下の慧眼を学ばせるべく、つれて参りました」
「ああ、聡明そうな子だ。これは将来のブロムベルク辺境伯領の発展が楽しみで仕方がないな」
フェリベルト国王と父は熱く固い握手を交わし、紹介されたロミルダは淑女礼をして、小さく笑みを浮かべる。
通された応接室はとても豪華で、素晴らしいことだとは思うが、歩いてきた王城の中も、高名な画家の絵画が所狭しと並べられ、派手な意匠のある柱や彫刻も目にうるさいほどだった。
ただ国が潤っているから王城が素晴らしいということではない。
国家の予算の中から、そういった装飾に当てられる金額が増えている故の華々しさだ。
加えてフェリベルト国王の指は、キラキラと輝く美しい宝石が彩っている。
華やかと言えば聞こえはいいが、こういったところが貴族たちに誹られる一番の理由だろう。
「さぁ、かけてくれ。早速本題に入ろうじゃないか」
フェリベルト国王のその言葉で、即座に使用人たちが動き、目の前のローテーブルには父の指示で地図が置かれた。
そして今日のためにまとめた資料をフェリベルト国王にも渡し、魔獣の種類や被害状況、考え得る増加の原因などを父はとても丁寧に話をした。
その間ロミルダに口を挟む機会はなかったけれども、フェリベルト国王は真剣に聞いている様子だったので、彼から繰り出される質問の答えを考えたりして退屈にはならなかった。
「他に質問はありますかな。フェリベルト国王陛下」
「……いいや。この程度でいいだろう。やはりブロムベルク辺境伯家はこの国随一の魔獣討伐の専門家だ」
「身に余るお言葉ですな」
フェリベルト国王は爽やかな笑みを浮かべてブロムベルク辺境伯家のことを褒めた。
その言葉にもちろんロミルダも悪い気はしない。
しかし、なんだか話の振り方に違和感があった。
それに国随一と目するなら、普通は王国騎士団だ。
王族がそこをブロムベルク辺境伯家だといってしまうのは問題があるのではないだろうか。
「いやいやだからこそ、安心できるというもの。余は、ブロムベルク辺境伯を見込んで依頼したいことがある」
「……ほう。どういったご用件で」
フェリベルト国王の言葉に父は明らかに警戒していた。
ロミルダもお願いや頼み事と言われると先日のアルテンブルグ公爵家の件もあって嫌な予感が頭をよぎる。
「ともに竜を統べよう。ブロムベルク辺境伯、そなたらにはそのための力が十二分にあるとみた」
「は、はぁ……竜を統べる、と、仰ったか」
「ああ、その通り。伝説の竜の復活はもう間近に差し迫っている」
フェリベルト国王の言った言葉はとんでもないことだった。
予想の一歩二歩先を行っている話。
せいぜい、竜の噂でも聞いてより詳しい話を聞きたい、もしくは竜の討伐を手伝ってほしいと言われるぐらいだと想定していた。
しかし、竜を統べると来た。
(それも、復活する? どうして? なぜわかるの? 間近に迫っているなんて……)
真実かどうかも疑わしい。しかしフェリベルト国王はまったくよどみの無い瞳をしていて、自分の言っている言葉に一つも疑いを持っていないみたいだった。
その様子は、先ほどまで気さくに笑っていて真剣な話もできるある程度は普通の人から、急にまったく意味のわからないことを主張する見知らぬ土地の人になってしまったような奇妙さだった。
「まだ、公にはしていない話だが、伝説の竜の復活は確定事項だ。そしてせっかく復活するのだから、この機会を無駄にしてはいけないだろう」
「……機会ですか」
「ああそうだ! なんせ伝説の竜だ。これは素晴らしい武器となるはず。いやならなくてはおかしい」
「……」
「竜を従える王族の国家。もはや誰にも揺るがすことのできない最高の理想郷ができるに違いが無い」
そしてフェリベルト国王は、竜の復活を前提にして、己の理想を語り始めた。
父もロミルダも、それ以前の話で停滞していると言うのに、そんなことはお構いなしの独壇場だ。
「もちろん、そこではブロムベルク辺境伯家の血筋が国の軍部を司ることになる。なぁに竜を鎮める力を持つブロムベルクの人間だ。きっと王族の良き盾となってくれることだろう」
「……」
「余は今からその未来が楽しみで仕方が無いんだ。いつか竜に乗って空を飛ぼう」
フェリベルト国王は自分の美しい形に整えられたあごひげをゆっくりと撫でながら父に言う。
「そして、わが民を眺め降ろす。そこには畏怖と尊敬の念がにじみ誰もが竜を従えし王の肖像を広間に飾ることになる」
フェリベルト国王は目を細め、ゆっくりと鼻から息を吐き出した。
「実に愉快だ」
言葉に違わぬ声音をしていた。
彼は何も、冗談を言っているわけでは無いらしい。
「善は急げだ。ブロムベルク辺境伯、我らと縁ずくように第二子を仕立てくれ。なにも跡取りは奪わない。ただ、我ら王族が竜を従えることには文脈が必要だ」
「……ロジーネを嫁に入れろと申すか」
「その通りだ。もちろん王太子妃として迎え入れよう。これほど名誉なこともそうないだろう」
たしかに王族への嫁入りなど名誉なことだ。ただそれ以前の前提から明らかにおかしい。
父に目線を向けると、彼は目を見開き、額には青筋が浮かんでいる。
けれどもとても静かな声で返した。
「……竜とはすなわち、国に厄災をもたらすとされる竜の復活なのだろう。何をのんきなことを言っている。すでに魔獣被害の出ている領地も多くある。竜が起点にすでに被害が起こっているのだ」
父はただ静かに怒りに声を震わせることも無く懇々と言った。
フェリベルト国王はそれでも思案するように顎を触りながら父をにこやかに見やっている。
「ほう。それで?」
「情報がすでに確定しているのならば国をあげて対策を始めねばならぬ! 出来るかどうかもわからない竜を統べる正当性や理想国家の実現などそのようなことを考えている場合とは到底言えぬ状況だろうが」
「……」
「ブロムベルク辺境家に協力を要請するならばまずはその情報源の信憑性の確認とともに竜の眠る洞窟の視察を提供せい」
父の要求も怒りも単純明快な物だ。
竜が復活するとなれば国の一大事。
そんな状況でのうのうと理想を語り、倒してもいない竜を使役して楽しく国家運営する話などしている場合では無い。
すでに魔獣増加の被害が出ている以上不謹慎ですらある。
竜の洞窟を管理しているのは王族だ復活が仕方が無いことにしろ、全力で対応するのが筋のはず。
父の言葉にロミルダもこくりと頷いてフェリベルト国王へと視線を向けた。
彼は、肩を落として、それからは「はぁー」と呆れたようなため息をついたのだった。




