40 お礼
結婚無効が認められ婚約が成立した頃、ハイディが尋ねてきた。
朝から父に会い、アレクシスに会い、そしてロミルダに会うという予定だったらしい。
以前個別にお礼をと言っていたので、律儀にその約束を果たしに来たのだろう。
ちょうどロミルダに会うのが午後三時頃とのことで陽気のよい日だったし、朝から父やアレクシスに会っていろいろと立て込んだ話をしているだろうし、ブロムベルク辺境伯家のガゼボでのお茶会を提案した。
使用人に用意してもらって、ハイディと合流して庭園を歩く。
ハイディはやっぱり背が高い。
アレクシスと同じぐらいはあるのではなかろうか。
立ち姿もシャンとしていて、賢そうな顔つきをしている。
「……ハイディ様は剣術の心得はないのですか?」
ふと気になって問いかけた。彼女も鍛えたらそれなりになりそうな気がしたからだった。
彼女は、小さくかぶりを振って、答える。
「私は幼い頃は病弱で、禄に外に出られない子供だったのです」
「大変ね」
「いいえ、そうでもありません。ただ、弟も生まれ、第一子は病弱となると、跡取りと目されるのは自然と弟になりました」
さらりと温かな風が吹き抜ける。
規則正しく選定された木々がさわさわと音を立てて揺れた。
「ただ弟は剣術は得意ですが、気質はどちらかというと仕える方に向いています」
「……」
「それでも、ともに歩む国王陛下が強い家臣と足並みをそろえ道を切り開く方ならば問題はありませんでした。しかしフェリベルト国王陛下は歴代の国王の方々とは違った思想をお持ちになる国王陛下です」
ハイディは今のユルゲン王国の国王であるフェリベルト国王のことをとても回りくどい言葉で言い表した。
聞きようによっては有能で革新的な考えを持っている素晴らしい王とも捉えられなく無いような言い方である。
「そのような方と、弟は相性が悪く、父の死去後の公爵位の第一継承権は本来、私に与えられたものでした」
「! ハイディ様に?」
「ええ、弟はその補佐として騎士団長を務める……予定でしたがアルテンブルグ公爵から強引な求婚を受け、ライツィンガー公爵を弟に譲る以外の選択肢はなかったという状況です」
そこまで話したあたりでガゼボに到着する。
ガゼボのテーブルセットにはかわいらしいお菓子が用意されていて、外でのお茶会は開放的で少し気分が高揚する。
しかし、なんだかとても重要なことを聞いた気がする。
今の話を聞くと、ハイディの結婚に王命が絡んでいたこともあるし、自然とフェリベルト国王がハイディのような人間が王族の傍系として王族を見守るライツィンガー公爵になってほしくなかったのではと考えてしまう。
お茶が出されお礼を言ってハイディは口をつけた。
それから、続ける。
「そこにどの程度フェリベルト国王陛下の意向が含まれていたのか、私にはわかりません。しかし、どの程度だったにしてもそうしてライツィンガー公爵家が不安定である間に、やりたいことがあったのかもしれません」
「……」
「それが、終わったことなのか、それとも始めたことなのか、今も続いていることなのか。一体なんなのか、私が戻ったことによって動くと思われる王族の動きに注目すれば見えてくると思います」
「……」
「……ハッ、申し訳ありません。聞かれてもいないことをペラペラと、最近は考えごとをする日が多く、つい語ってしまいました」
「いいえ、とても参考になったので。大丈夫です」
なるほどと耳を傾けながら聞いていると彼女はハッとして少し気恥ずかしそうに言った。
しかし彼女の言葉でロミルダの中でも言語化出来ていなかった状況が明確になった気がする。
「そうでしょうか。それよりも、私は何よりまず、ロミルダ様にお礼を伝えなければなりません」
「最初に会った時にも、それ以降にもされましたけど……」
「それでも、いくらお礼を言っても足りないぐらいなのです。動いてくださったこと、それによって自身の使命に向き合えること、それに息子のことまでも」
そう言ってハイディはどこか遠くを見るような顔をした。
目を細めると目尻にしわが寄って、彼女の積年の想いを感じる。
それに、息子のことといった言葉に一番心がこもっているように感じた。
「私のせいで、酷い苦労をかけたにも関わらず、まっすぐな大人になっていて、驚いています。それもこれもアルテンブルグから出た後のすべてがよかったのでしょう」
「アレクシスは、少し荒れてるときもあったけれど元から結構気さくでまっすぐな人でしたよ」
「だとしても、あなたやブロムベルク辺境伯家の方に感謝しない理由にはなりません。婚約を考え、そのうえ、一切見捨てずに手を尽くしてくださったのですから」
「……」
そこまで感謝されるのは、少しは嬉しいけれども、複雑な気分だった。
許せないという気持ちもありつつ半分はアレクシスと一緒にいたいと言うロミルダのわがままだったのだから。
「どうか、息子をこれからもよろしくお願いします。ロミルダ様。息子に、あなたのような素敵なお嬢様がいてくださって本当によかった」
「……そう、でしょうか」
「ええ、間違いありません」
ロミルダが照れて問いかけるとハイディはにこりと笑って断言した。
何にせよ、反対されないとはわかっていたものの、婚約をハイディが喜んでくれているようでよかった。
それからは、ハイディはアレクシスの幼い頃の思い出を語り、ロミルダは騎士団にきてからの彼のことを少し話した。
青葉の香りがするさらさらとした風がふていて、穏やかな時間が流れていた。




