38 紹介
道中外を警戒しながらも、ハイディとアレクシスとロミルダは同じ馬車に乗っていたので顔をつきあわせていた。
「追っ手は来てないようだし、改めてこの人がハイディの救出に協力してくれたブロムベルク辺境伯家のロミルダお嬢様」
「は、初めまして」
「お嬢。この人がアルテンブルグ公爵の第二夫人で俺の母のハイディ」
「よろしくお願いします。……ロミルダ様」
両方を知っているアレクシスからお互いに紹介されて、なんだかぎこちないまま、挨拶を交わす。
今まであんなに話題になっていたのに、目の前にハイディがいるのはなんだかとても不思議だった。
「で、俺がこうしてここまで来た理由だけど、そもそもは俺とお嬢に婚約の話が持ち上がったところから始まって――」
アレクシスは続けて、今までの事情をハイディーに話す。
てっきり、ロミルダは自由になったことを噛みしめて、これからは自由に交流が出来ると親子が喜ぶ感動の瞬間が訪れるのだと思っていたが、そういう雰囲気ではない。
むしろ事務的にも思える淡々とした説明で、ハイディの表情は先ほど救助されたばかりだというのにすでに真剣だ。
ハイディは途中でアレクシスに鋭い質問すら投げかけている。
『アルテンブルグ公爵の不法行為について証明する証拠は何かありますか?』
『ライツィンガー公爵自体の騎士団長としての資質を疑うような声はないですか?』
『王族が関わっているとしてブロムベルク辺境伯自体の立ち位置はどのような物になるのでしょうか』
アレクシスはそれに丁寧に答えていき、ハイディは深く考え混んでいる様子だった。
「……なるほど。概ねの状況は理解しました。まさか二十年越しに状況が好転するとは考えもしていませんでしたし、それもあなたからの手助けとは……王国騎士団長の血筋の名が聞いて呆れます」
「ハイディはライツィンガー公爵が助けに来ることを望んでいたのか?」
納得した様子のハイディの言葉に、アレクシスが問いかけた。
ハイディは少し複雑そうな顔をして、かぶりを振った。
「望んでいたと言うよりも、そうであるべきでした。国家の最大の武力が正義を全うせずにどうします。信じて待っていましたがいささか時が経ちすぎ、半ば諦めていた状態でした」
「だから俺には自分を気にせず生きろと言ったのか」
「はい。しかし結局そう言うわけにはいきませんでした。私の至らなかった点です。そして、騎士団長を任されている我が家がなせなかったことを遂行してくださったブロムベルク辺境伯家にも頭が上がりません」
ふと、ハイディの視線がロミルダに移る。
彼女は深く頭を下げて、とても真剣な声で言った。
「助け出してくださり、ありがとうございます。ロミルダ様、アレクシス。これでやっと二十年越しに、私は自分の役目を果たすことができます」
彼女が顔を上げると、アレクシスは首をかしげて聞いた。
「役目って?」
「本来のライツィンガー公爵家の成すべき事柄です。本当に今更ではありますが」
ハイディの目には覚悟が宿っていて、迷いがない。
本当はまたハイディをライツィンガー公爵家へと引き渡すことにロミルダは不安を覚えていたのだが、そこまでの心配はいらなさそうだ。
追っ手を警戒しつつライツィンガー公爵邸に到着する。着いた頃にはすでに夜が更けていた。
普段ならばこんな時間に他家に訪問するようなことは夜会以外ではないのだが、今日ばかりは特別だ。
到着するという先触れも出していないというのに、ライツィンガー公爵と父は玄関ポーチに立っていて、長いことそうして待っていてくれていたということがわかる。
アレクシスがハイディをエスコートして馬車から降ろす。
するとすぐさまライツィンガー公爵が前に出て、目を見開き、酷く汗をかきながら震える声で言った。
「あ、姉上……」
「……」
ハイディは少し不機嫌そうな顔をしたけれど、一つため息をついてそれから手を差し出した。
「……お互い年を取りましたね。ディーター」
「まさか、本当に会えるとは……」
「積もる話もありますが、先んずは今後の展開についてブロムベルク辺境伯と話し合うのが先決でしょう。場所を用意してください」
「は、はい」
兄妹の感動の再会かと思ったが、ハイディは即座に指示をだしそれにライツィンガー公爵が従う。
急いで屋敷の中に戻っていくライツィンガー公爵を見送るとハイディは父に目線をむけた。
「弟が手際が悪く申し訳ありません。ブロムベルク辺境伯閣下でいらっしゃいますね。軽く今回の事情は息子から聞きました。大変なご迷惑をかけたようで、謝罪の言葉もありません」
「ふむ。なに、おぬしが選択を誤ったというわけでないだろう」
「……しかし私はライツィンガーを離れるべきではありませんでした。現に、違法な手段をとられたにもかかわらず、帰還に多大な年月をかけてしまったのですから」
「そうなることがわかった上での人選だったのではないか。であれば避けられぬことだ」
ハイディは今までのイメージはとらわれのお姫様のようなか弱いイメージだったがロミルダが想像しているよりもなんだかしゃっきりとしている人だった。
今回の件が露見して、形無しになったライツィンガー公爵とはまったく真逆だ。
ロミルダがそんなことを考えていると使用人が準備が整ったと告げに来て、そうして先に入っていったライツィンガー公爵を追うようにして公爵家の中へと入る。
ソファーセットで全員が顔をつきあわせると、最初に話し出したのはハイディだった。
「まずは、アルテンブルグ公爵家から救い出してくれてありがとうございます。改めて個別にお礼をさせてもらいたいと思っています。しかし、話を聞いた限り、彼らに対する被害の証拠を固めることが一番の急務だと考えました」
「うむ。間違っておらぬ」
「それについては、もう十数年も前から昨日に至るまでまとめておいた不遇の証拠や、誘拐されたときの詳細な記録を残しています」
言いながら彼女は、助け出したときに持っていた大きな革製の鞄を開いて、書類綴りを出す。
「これを元に当時の証言をしてくれる貴族を集め、明日の朝一番で、行動を起こすのが最も確実です。結婚が無効になればアレクシスの結婚を決める権利はライツィンガー公爵家が有することになります。いかがでしょうか」
「問題ない。わしのツテも使ってかまわぬ。手を出したからには最後までだ」
「ありがとうございます。さて、ディーター忙しくなりますよ」
ハイディはライツィンガー公爵に視線を向けて言った。
ライツィンガー公爵はきちんと返事を返して、問題はきちんと正当な司法の場へと移行するのだった。




