37 行動
「……本音は行動でわかる、ね。その通りだと思うわ。レオノーラ様。今言った言葉、よく心に刻んでおくといいと思う」
ロミルダがそういったとき、遠くの方で衝撃音が鳴った音がした。
「あら、何か……音がしなかった?」
レオノーラは自身のそばに仕えていた侍女に問いかける。
侍女は困惑した様子で、小さくかぶりを振った。
「エイミー」
「はい。お嬢様!」
ロミルダはエイミーへと声をかけて、振り返る。きちんとそれが合図だということを理解できているようだ。
「それではレオノーラ様、私、急用ができましたのでこれで失礼するわね」
「え? どういうことなの、急に……まだお兄さまが戻ってきていないし」
レオノーラはまだ状況にピンときていない様子だけれど、ロミルダは勝手に応接室から出て、エントランスへと向かう。
「ちょっと、なに? どうしたって言うのよ! ロミルダ様?!」
混乱しながらも彼女はロミルダについて応接室からでて、ともにエントランスにたどり着いた。
レオノーラの使用人は数人ついてきているだけで、まだ兵士を呼ぶほど事態だとは思っていない様子だった。
しかし、エントランスの大階段、そこから華奢で背が高く可憐な女性が姿を現した。
年の頃はロミルダの母と同じぐらいで、大きな鞄を抱えていた。
「……ハイディ」
信じられない物を見るような目をしてレオノーラはそう呟く。
その言葉にロミルダは確信し、慌てて階段を降りる女性に声をかけた。
「ハイディ様! 馬車はこちらです! アレクシスのことは大丈夫です」
エイミーがエントランスの大きな扉を開く。そこにはあらかじめこのときのために連れてきた騎士が用意してある馬車が止まっている。
「っ、……」
ハイディはロミルダの言葉にパチパチと瞬きをした。
それから、ヒールで必死にエントランスを駆け抜けて「ありがとうございますっ」と息を切らしながら言ってエントランスから飛び出した。
アレクシスは遅れてやってきた。彼はロミルダを見つけて階段を飛ぶように駆け下りて「お嬢!」と弾んだ声を出した。
「アレクシス、ハイディ様はもう中よ。時刻も予定どおりね。さすが」
「おう。これでもお嬢の騎士だからな。さ、早く行――」
「お兄さまっ!!」
ロミルダがアレクシスを称えると彼は自慢げに笑みを浮かべる。
どうやらまったく消耗していないようだし、たいした戦力は置かれていなかったのだろう。
後はもう、ハイディを連れてこの領地を出るだけ。
しかし、ヒステリックな声でレオノーラはアレクシスのことを呼んだ。
「お兄さまっ!! どういうことなのよっ!! どうしてハイディを連れていくの! どうして!? わたくしに協力してくれるって言ったじゃない!」
「……」
「お兄さまは、お兄さまなのに、おかしいわよ! どこに行くって言うわけ! わたくしがここにいるのに、わたくしが手を貸してって言ってるのに!」
ロミルダはレオノーラの言葉に足を止めて耳を傾けていた。
もちろん、レオノーラが言っていたアレクシスが彼女やアルテンブルグ公爵に尽くす理由もなければ、アレクシスにしてきた彼らの行動は非道な物ばかりだ。
けれども先ほどの『兄は自分を愛しているから助けてくれる』という言葉も今の言葉も心からの言葉で嘘ではないように思えた。
どんなにアレクシスを搾取して奴隷のように使っていても、その献身は自分を愛している故だと思っていて、彼女自身もまたアレクシスを惜しく思って行かないでほしいと思うだけの感情は持っているようだった。
しかしそれは、愛情と言うにはあまりに自己中心的だ。レオノーラはずっとアレクシスから奪うばかりで何も与えず、都合よく使っただけ。
(そんなふうに叫ぶぐらいなら、この人の幸せを少しでも考えて、大切にすればよかったのに)
アレクシスは、ちらと傷ついた顔をしているレオノーラを見やってそれからすぐにロミルダに言った。
「……兵士を回す頭はなさそうだな。行こう、お嬢」
アレクシスにとって、レオノーラの悲しみは鑑みる価値もない。
それがアレクシスの出した答えだ。
彼が選んだのはロミルダとの新しい未来で、それは行動で示された。
「っ……お兄さまっ! まって」
ぽんとアレクシスはロミルダの背に触れて急かす、ロミルダもエイミーを連れてアルテンブルグ公爵家を後にする。
レオノーラの言葉には誰も答えず、むなしくその場に消えるだけ。
馬車に乗り込み、屋敷の扉は閉じられた。
帰りの道のりは行きと同じくただ平穏なもので、拍子抜けするほどあっさりハイディをライツィンガー公爵家へと送り届けることが出来たのだった。




