36 本音
作戦は単純だ。協力すると言ったライツィンガー公爵にまずは、彼自身の提案した話し合いのためにアルテンブルグ公爵を呼び出してもらう。
同時に、ブロムベルク辺境伯家はこう持ちかける。
『ライツィンガー公爵家から事情は聞いた。彼は自分の責任できちんと役目を果たすと言っているが信用ならないので、ブロムベルク辺境伯家は第二夫人ハイディの安否が確認されたなら彼女の身の安全を引き換えに要求を呑むこともやぶさかではない』
そうするとどうなるかというと、彼らにとってはどちらもうまみのある提案だ。
狙い通りに欲張った。
アルテンブルグ公爵は王都でライツィンガー公爵との話し合いをする。
一方、第二夫人の安否の確認をすぐにしたいと迫るブロムベルク辺境伯家には娘のレオノーラが対応することになった。
王都からさほど離れていないもののアルテンブルグ公爵家のカントリーハウスまでには距離がある。
何かが起こっても娘のレオノーラが対応せざる終えないという状況を作り出した。
公爵家の応接室にてロミルダとレオノーラは二人きりだった。
「……それにしても、本当にあなたは第二夫人に会わなくて良かったの? お兄様のことがとても好きななのよね?」
問いかけられてロミルダは少し素っ気なく言葉を返す。
「アレクシスがどうしても二人きりで母親との時間を過ごしたいと言うのだから私が邪魔をするわけには行かないでしょう?」
「ふーん。そういうもの? でもお兄様ったらあの歳になってもお母さまと二人きりになりたいなんて、幼稚よね」
頬に手を添えてレオノーラはつまらなそうに言った。
伏せられた金色のまつげの隙間からのぞくアメシスト色の瞳は美しいきらめきを孕んでいて男性が見たら恋に落ちてしまいそうな横顔だ。
今、ロミルダはこの場でアレクシスの要望を尊重し彼女を引き留めて楽しく会話をしていれば後はアレクシスがうまくやる。
アレクシスは家を出てもアルテンブルグ公爵家出身だ。本気で傷つくような攻撃など誰も出来ないだろう。
心配する必要はない。
「いつまで母親に執着しているのかしら。家族ならここにいるのに。仕方がない人」
ロミルダはいらだつ必要もなく、ハイディの奪還作戦は順調に進んでいる。
レオノーラも警戒していない……しかし、退屈に任せて彼女が紡ぐ言葉は逐一、かんに障る。
「いつまでも自分の立場がわからないのよね。お兄様って。もっとお父さまとわたくしに尽くすべきなのに」
はぁ、っと憂鬱そうにため息をつきながらレオノーラは言った。
彼女の言葉にロミルダは思わず口を開いた。
「どうして?」
「え? なに?」
「どうして、アレクシスはあなたに尽くすことが前提なの?」
必要のないことだとわかっていながらも言葉を止められない。
聞くとレオノーラはきょとんとして当たり前みたいな顔をして言葉を返す。
「だって、わたくしがいるおかげでお兄さまは生まれることができたのよ。わたくしのために生まれたのよ? お父さまはお兄さまを作ってあげたのよ」
「……」
「感謝して尽くして当然でしょう? お兄さまっていっつもそれがわかっていない」
「……」
「お馬鹿さんなの」
薄ら笑みを浮かべてレオノーラは言う。しかしロミルダは、少しも笑わずに、感情を殺した声で言った。
「いくらあなたたちがそう主張したって、それってあなたたちにとって都合がいいだけの見方なのよ。それに生み出した相手に尽くすのが当然なら、第二夫人に尽くす方が正しいでしょう」
「……でもお父さまが」
「なら、あなたのお父さまは、あなたのお父さまを作ると決めたあなたのおじいさまに尽くして一生を捧げて生きてるの?」
反論しようとしたレオノーラに、ロミルダはまっすぐに聞いた。
彼女は案の定言葉に詰まる。アルテンブルグ公爵が自身の父親に尽くしているなどそんな事実は無いのだろう。
彼の行動から察するにアルテンブルグ公爵は自分の利益を追求しているだけだ。
手を変え品を変え主張を変え、他人の権利を侵害してまで自分が得をしたいだけの人間。
そんな人間が自分の父親に尽くしている訳がない。
レオノーラの言葉はただ、都合の良い部分だけを切り取ってアレクシスが自分たちのためだけに動くことが正解かのように見せるための呪文みたいなものだ。
追求すれば破綻するのは目に見えている。
「違うでしょう。ならどうしてアレクシスはあなたに尽くす必要があるの?」
「っ」
「アレクシスは間違ってなんかないでしょう」
レオノーラは簡単に反論できなくなった。
所詮は彼女も、ただアルテンブルグ公爵の言葉に何も考えずに従っていただけなのだ。
それが彼女に取って都合がよくて心地がいいから。
「っでも、お兄さまはわたくしのことを愛しているものっ! 今回だってわたくしのためを思って結局言うことを聞いてくれたじゃない!」
やっと反論を思いついた彼女は、今回のことを引き合いに出して兄の愛を語った。
「つっけんどんに見えてもあれでいてお兄さまはわたくしのことを大切な妹だと思ってるから、わたくしのためにあなたを説得してくれたの」
「……」
「お兄さまは本当は何より家族が大切で、尽くしたいと思っていることぐらいわたくしはわかってるから。だからあなたの言ったことなんて……それこそあなたがそう思いたいだけの恥ずかしい思い違いよ」
クスクスとレオノーラはロミルダのことを笑った。
「結果としてお兄さまが選んだのはかわいい妹のわたくしだった。お兄さまはあなたに仕方なく言うことを聞くって言い訳をした。でも本音は行動でわかるのよ」
レオノーラはにっこりと笑って、その笑みは優越感に満ちている。
しかしそんな言葉はまったくロミルダには利かない。
なんせ、彼はずっとアルテンブルグ公爵家よりもロミルダのことを選んでいる。
彼女が知らないだけだ。
そう余裕の笑みを浮かべていられるのは、あとほんの少し。
「……本音は行動でわかる、ね。その通りだと思うわ。レオノーラ様。今言った言葉、よく心に刻んでおくといいと思う」




