35 牽制
「まさかあやつがあれほどのふぬけだったとは……嘆かわしいことだ」
ブロムベルク辺境伯家のタウンハウスに戻ると執務室ロミルダを呼び出して父は言った。
ロミルダはさすがにそこまで思ってはいないものの、彼が毅然とした対応を取っていれば少なくともアレクシスの少年時代はもう少しましだったのではと思ってしまう。
「……ふぅ。それにしても大きな山を引き当てたものだな。ロミルダよ」
ふと父がロミルダへと言ってロミルダはその意味がわからずに首をかしげて聞いた。
「山?」
「ああ、この話。お前の婚姻の話だけにはとどまらぬだろうな。王族の意向も見え隠れしておるわ。これだから王都は好かん」
父は、ライツィンガー公爵家や王族、アルテンブルグ公爵家の話題をまとめて王都のせいにして目線を鋭くした。
別に王都の貴族のすべてがこんな問題に関わっていて面倒ごとを抱えているかと言われれば……そうではないと言い切れないのもまた事実だ。
どちらかというと地方貴族の方がいざこざが少ない。外敵が多く、貴族同士の力関係は領地に由来するのでめったなことがない限り覆らず、皆自分たちの領地のことで忙しい。
あって若く経験の足りないものが勘違いして少々人間関係がもつれる程度だ。
しかし王都は違う、国の中心で魔獣の出現も少なく外国が攻めてきても被害はすぐには受けない。
そうすると何が起こるかと言うと内部で争い出すのだ。
だからロミルダたちブロムベルク辺境伯家は、春の社交シーズン以外はめったなことがない限り王都の問題に口を出さないし、関わらない。
「まぁ、しかし、思惑渦巻くその中心に鎮座しているのは伝説の竜ときた。いずれは我々が巻き込まれる運命であろう。そこに一足早くたどり着いたことが、果たして吉と出るか凶と出るか」
「わからないけれど……私は今できることをやるわ」
「安直だが、良策だ。……この件はわしが動けば大事になるだろう。任せるぞ。さして難しいことはない」
「うん」
そうして父は、使用人を見やった。ブロムベルク辺境伯家おつきの文官がまとめたアルテンブルグ公爵領と公爵家の地図や、知っている限りの情報が載っている。
もちろん父は戦闘力として最高なのだが、ブロムベルク辺境伯という肩書きを背負っている以上、他家で武力行使をするわけにはいかない。
ロミルダに任されるのはとても自然なことである。
少し危険が伴う可能性もあったが、これはロミルダの望みを叶えるための作戦だ。
その責任をロミルダが負うのを止める父ではない。
「うまくやれ。いくらか人員を使ってかまわない」
「ありがとう」
「ふんっ。礼を言われる筋合いはないな」
軽く言葉を交わしてロミルダはもらった資料を手にソファーを立つ。
それからどのようにするのが一番、成功率が高いかと考えたのだった。
「実際に戦うところは俺がやります。絶対にそこだけは譲れないんで」
私室にアレクシスを呼び出し、テーブルに置いた資料を指しながら作戦を説明すると彼は、かたくなな姿勢を見せた。
ロミルダはそんなつもりではなかったので驚いた。彼よりはロミルダの方が強い。
いわばロミルダのわがままを通すための行動だ。
ロミルダが一番危険な役を請け負うのは自然なことだと考えていた。
「でも私の方がアレクシスよりも強いと思うのよ」
しかしあまりに真剣だったので少したじろいでロミルダは彼に言った。
アレクシスは、少し気まずそうな顔をしたけれどまたキリッとした顔に戻る。
「それは、否定しない。悔しいけど。……でも、お嬢にはここまででもう十分助けてもらったし、これは俺の気持ちを優先した結果だからこそ、俺にやらせてほしい」
「アレクシスの気持ち?」
「ああ。お嬢と一緒にいたいって言う俺のわがままみたいなみたなものだから」
聞けば、彼もロミルダと同じように、今回のことを自分のわがままの結果だと思っているらしい。
それはまったくロミルダが考えていることと同じことであり、お互いがお互いに一緒にいることを自分が一番望んでいると考えている。
それはなんだかとても、恋人みたいで、強く思い合っている素敵な関係みたいだ。
「……」
「お嬢よりは強くないけど、任せられないほど弱くもないはずだ」
「……でも私も、私の希望であなたといたいと思っているから立場は同じじゃない?」
少し頬を染めながらロミルダは指摘した。
正直、人に任せてやきもきするよりもロミルダは自分でやった方が手っ取り早いし、アレクシスに傷ついて欲しくない。
彼が大切だ。
だからこそ恥ずかしいけれども食い下がった。
「っ……お、同じなんすか」
「同じ……」
「……ずるい。そう言われると嬉しくて……俺が困るのわかってるでしょ」
聞かれてロミルダはこくりと頷いた。
ほんの少し前までは、好きという言葉も近づくことすら難しかったはずなのに今では少し恥じらう程度で、すらりと言葉が出てくる。
一度、彼への想いを伝えたことによってどうやらタガが外れたらしい。
「……っでも、こればっかりは譲れないんで。ここでお嬢に頼るほど情けない騎士になんてなるつもりないからな」
「意地を張らないで。私だってここで大切なお婿さんなってくれる人を危険にさらすような騎士じゃないのよ」
「っお、俺の母親のことは俺が助けに行く方が筋が通ってませんか?」
「大切なお母さまだからこそ、より強い私が助けに行く方が道理が通ると思うけれど?」
そうしてロミルダとアレクシスはあれこれと言葉を重ねて、お互いのことを思いやりながら牽制し合った。
大切に思い合うが故にイチャイチャではなくバチバチしているのは珍しい光景ではあるものの、これが二人の自然なあり方だった。
そうしてあれこれと要素を上げていった結果、アルテンブルグ公爵家の血筋が流れているアレクシスの方が、その後の処理も、正当性もあるということで軍配が上がった。
そうして今回はロミルダは武力行使の仕事をアレクシスに譲ることになったのだった。




