33 選択
「…………おそらく彼らは狙っていたのだと思います。父が倒れるその時を。……姉がよめにいってその後、騎士団長の地位のある自分の元に身内としての贔屓を要望する手紙が届きました」
「贔屓……ふん。脅しだろうそんなものは検討に値しない」
父は、怒りを感じさせる声で言った。もちろんそんな脅しに屈すれば誰もが騎士団を擁する貴族の身内をさらって結婚してしまえば、要望を通し放題になってしまう。
あり得ない話だ。
「…………」
しかし父の言葉に、ライツィンガー公爵は目を見開きそのまま、うつむいて黙った。
「まさか、応じているのか」
「……身内のかわいさと、当時の混乱で選択を誤りました」
ライツィンガー公爵の言葉はなんとも痛ましい響きを孕んでいて、なんだか少し不憫だった。
ただかばうことは出来ない。
「ほう。……奴らに成功経験を与えたのは貴様か」
「…………言い訳もありません。ブロムベルク辺境伯殿」
父の声はいつもの三割増し機嫌が悪そうだった。
ライツィンガー公爵は、もやは騎士団長としての威厳はまったく感じられず、上司に叱られる若手みたいに縮み上がっていた。
(……なるほど。一度成功しているから、余裕たっぷりであんな要求をしたのね。つまり、ハイディ様は第二夫人として跡取りを守る盾を産むためにいるわけじゃなく、王国騎士団の人質として強引な手段で結婚させられた女性だったということなのね)
それならば彼女が今でも領地の屋敷から解放されていない理由もわかる。
アレクシスとの約束以前にそもそも本来の目的は、アレクシスを産んでもらうことではなかったのだから解放する気が一切ないのだ。
情報が繋がっていくとアルテンブルグ公爵家の狙いと、そして下手に絡んできている王族の影も見えてくるが、王族の企みはわからない。
ただ、王族と言えばまさに話題の竜伝説がある。
(竜の眠る洞窟は……王族が管理している……のよね)
しかしこれ以上のことがわからないのはもどかしい。
ロミルダが首をひねっていると、アレクシスが彼らの会話に口を挟んだ。
「母が望まぬ結婚をさせられたことはわかった。だが、だとしても王命があったとしても……っライツィンガー公爵家なら手があったはずじゃないですか」
アレクシスの言葉には悔しさがにじんでいて、その主張は確かに間違っていない。
ライツィンガー公爵家は、普通の貴族ではない。
王族の傍系の一族だ。王族に一番信頼され武力を任され、王族の次に尊い血が流れている。
そんなライツィンガー公爵家の令嬢を無理矢理、王族が嫁がせるなんていう横暴があれば反意を持つことだってあるし、それができない血筋ではない。
強気に出られる、理論上はそうだ。しかし……。
「……すまない。アレクシス君……自分がすべて悪い」
「……っ」
「それにも十数年も前の話で、正当な手段で話し合いと抗議は行っている。君のことももちろん自分の責任だ。アルテンブルグ公爵にはブロムベルク辺境伯家には迷惑をかけない形にしてもらえるよう必ず頼みに行く」
父が亡くなり若くして公爵と騎士団長の地位を受け継ぎ、姉が強引に人質に取られた。
そんな状況で、強気に出られる人間はごく少数だろう。
ライツィンガー公爵は間違えたと思うけれども、責めるほどの人物かと言われるとそうではないとロミルダは思う。
ただ責めるほどではないにしろ彼には責任があると言うのも事実だ。ライツィンガー公爵が対処するのは最も正当でそして話が早い。
「頼むだと?」
「はい。ですからどうかご安心を」
しかし父はアルテンブルグ公爵に頼みに行くと言ったライツィンガー公爵の言葉を、嘲るように聞いたのだった。
真面目にライツィンガー公爵は返すけれども、ロミルダも彼を嘲るほどではなかったが、本音は少しばかり呆れていた。
この人に任せるのは確かに一番の早道で、ブロムベルク辺境伯家も得ばかり。
なんせライツィンガー公爵がアルテンブルグ公爵と交渉し何らかの譲歩をして願いを通しもらうならブロムベルクの懐はまったく痛まないからだ。
しかし、解決がそれでいいのかと言われれば答えは否だ。
彼の言う話し合いと懇願で、ライツィンガー公爵家がまたアルテンブルグ公爵家に得をさせる形で目の前の問題は解決したとしても、アルテンブルグ公爵家に成功体験を与えるだけだろう。
それに、アルテンブルグ公爵家の狙いの一つにそれが含まれている可能性だってあるのではないか。
ブロムベルク辺境伯家は簡単に言うことを聞かないことぐらいアルテンブルグ公爵家だってある程度理解しているはずだ。
そしてそこでブロムベルク辺境伯家がライツィンガー公爵家にたどり着くのは目に見えている。
そしてライツィンガー公爵には言うことを聞いてしまったと言う負い目があり、身内を助けたいと願っている。
ライツィンガー公爵がブロムベルク辺境伯家に迷惑をかけないために、お願いをして、それを叶える代償として、ライツィンガー公爵家率いる騎士団をさらにいいように操る。
ブロムベルク辺境伯家が言うことを聞いたならよし、しかしブロムベルク辺境伯家が言うことを聞かずにライツィンガー公爵家を追い詰めればさらに王国騎士団をアルテンブルグ公爵家はうまく操れる。
そんな二重の思惑がある可能性が高い。
そしてどちらでも結局はアルテンブルグ公爵家の思惑どおり。
それは本来まかり通るべきではないことだ。




