30 言葉
彼に声をかけたときの思い出を今思い出してみると、当時もヒントになり得るようなことを彼は言っていたのにロミルダときたらスルーして自分の主張したいことばかりをしていた。
まだ子供だったとは言え、もう少し人の話をきちんと聞いた方がよかっただろう。
それに慕っていた彼に、やる気を出してもらって今後も彼と訓練をしたりくだらないことをしゃべったりしたかったという気持ちも優先しすぎだ。
彼の事を思ってはいたものの独りよがりだった。
アレクシスだって、ロミルダの言葉にカチンときたけれ許して、ロミルダの独りよがりな気持ちを受け止めてくれたのだろう。
本当に彼ができた人でよかった。
「……あのとき俺、この子好きだなって思ったんですよ」
ふとアレクシスがぽつりと言った。
ロミルダはその言葉を聞いて、怪訝な顔をした。聞き違いだろうか。
「この子の騎士なら誰にも取られないし俺だけの物なんだなって、心の底から納得して、この子の騎士になりたいなって思った」
「……」
「お嬢……だから俺、一つだって嫌な思いをさせないロミルダお嬢様の騎士でいたいんだ」
そう言うアレクシスの声は少し震えていて、彼に久しぶりに名前を呼ばれたとロミルダは思った。
そんな場合ではないのに、彼の瞳に見つめられると胸が酷く高鳴って、身動きが取れない。
「あなたのこと、心から慕ってるんです。でも俺は、お嬢を守るどころか迷惑かけるしかないなんて、そんなの俺自身が心底嫌なんです」
表情は切なく、しかし安心させるような笑みを浮かべている。
「だから、なかったことにさせてください。俺の思いも、少し近づきすぎた関係も……今までどおりに戻せないですか」
好きで、恋していて、大切……だからこそ、アレクシスはロミルダとは距離を置きたい。
そういう風にロミルダを大切に思って、アレクシスが身を引こうとしていることは、十分わかっていたつもりだった。
しかし当時の好きになったきっかけから、全部思いを伝えられて、改めて言われると、たまらない気持ちだった。
過去のこと、そして今のことも彼自身が一番傷ついて苦しんで、悲しいははずなのに全部堪えて、ロミルダだけを逃がそうとしてくれる。
そんな深い想いを知りながら、している話は距離を置く話だなんてむなしくて悲しい。
「っ……」
だってロミルダだって、ただ彼から好かれているわけではないから。
まだまだ、これから全然、未熟者だけれど、それでも……。
「でも、離れるのは、あなたが私に嫌な思いを一つもさせない騎士でいたいなら無理よ」
ロミルダは少し子供っぽい声で言った。
「どういう意味?」
首をかしげて問いかけてくる彼をロミルダは睨みつけるみたいに鋭い目で見て、訴えかけた。
「だって、私はもうあなたのことがちゃんと好きだから。アレクシスのこと、好きになっちゃったから。もう今から距離を置かれたら、悲しくて、寂しくてっ、……っだ、だから、あなたとの未来がないのは迷惑かけられるよりずっと辛いのよっ」
「……」
「いままであなたの気持ちに応えられなかった未熟者でっ、ごめんなさい。でも、今口から出たでまかせじゃない。あなたのこと私、っ、すごく好き」
言っていて呼吸が苦しかった。なぜだか涙がにじんできたし、恥ずかしい台詞を言っている自覚もある。
柄じゃないとか、らしくない、そう思うけれども、言わなければ伝わらない。
もう、しばらく前から彼のことが好きだ。彼と恋愛関係になれることに浮かれていた。
ロミルダのペースに合わせてくれるところも、ロミルダのことを想って怒ってくれるところも、ロミルダのためにくれた、剣も。
何もかも彼からもらえるものは心地よくて、同時に彼だけだ他の誰かではダメなのだ。
「アレクシスは他の誰かと私は幸せになれると思っているけれど、そんなことはない。誰もあなたの居場所にはすわれないし、私にとって好きな人はあなただけ、別の誰でもないっ、からっ!」
誰かが彼に成り代わることなど、出来ようもない。だってそうして積み上げてできた関係は彼とロミルダだけの物なのだから。
「だから、ちょっと面倒ごとが道をふさいだって、アレクシスとの、二人のっ、未来が、ないとっ、私はダメなのよっ」
なんとか最後まで言葉にして、途中息継ぎを忘れていたせいで、言い終わってから息が切れて肩で呼吸した。
なんだかとても自分が情けないことを言っている気がして、それから気がするのではなく実際にそうなのだと気がついた。
理由はどうあれ振られようとしているのに、あなたではなければダメだとすがりついて、困らせている。
そんな情けない状況に近い。
けれどもどうしても受け入れることは出来ないのだ。
もう、傷つかずに離れるには手遅れだ。
「……」
にじんだ涙を指の先で乱暴にぱっと拭ってスンッと少し鼻をすする。
らしくない顔をしているだろう。しかし決してアレクシスから目をそらすことはせずに、ぐっと口を引き結んで彼を見つめた。
「……」
アレクシスもまたロミルダのことを見つめていて、二人の間にはなんとも言えない空気が漂っている。
どうなるのか彼の気持ちはわからない。しかし、言った言葉に後悔はない。
言うべき言葉と気持ちだった。
「…………俺じゃなきゃ、だめ、なんですか」
聞かれて、小さくうなずく。
「そんなふうに、思ってくれてたなんて……聞いてないですよ」
「い、言えてなかったから」
「っ……ふっ、恋愛は初心者だもんな。お嬢」
「しょ、精進するわ。これから」
アレクシスは少しはにかんで笑う。瞳が少しキラリとしていて、彼も感情が高ぶっているのだとわかる。
情けなく取り乱していたのはロミルダだけでなかったらしい。
それになんだか親近感がわいて、つられてロミルダも笑った。
「いいです。ゆっくりで……そういう気持ちがあるってだけで今俺、馬鹿みたいに嬉しいんで」
照れて頬を染めながら少し視線をそらした彼に、ロミルダもだんだんと顔が熱くなってくる。
ただ、この雰囲気が恥ずかしいけども気持ちが通じ合ったことは嬉しい。
満たされてきっと、彼のことを手放さないと思ったのだった。




