29 騎士
ロミルダは十三ですでに見習いの騎士だった。
普通魔力を持たない平民なんかはそもそも女の子は兵士になどなれないし、見習いになれる年齢も、兵士になれる年齢ももっと高いが、貴族は魔法を持つ。
騎士といえど、魔力がありうまく使えるならば、若くとも魔獣と戦えるし、女子でも子供でも見習いにも騎士にもなれるのが貴族社会だ。
それに若いうちに見習いになって騎士の称号を得るのは箔がつくしステータスにもなる。
加えて王国騎士団にも数年間修行に出た経験もあり、誰もロミルダの実力を疑わない。
後は、実践を積んで騎士になるばかり。そんなとき、やってきたのがまったくの素人のアレクシスだった。
彼はその年、十六歳になると言うのに、まったく剣を握り慣れておらず、すぐバテて、加えてたまに行方をくらませるという素行不良だった。
誰かに失礼を働くというわけでもなく、喧嘩を売ることもないのだが、やる気のある見習いではなく、若くして実力を持つ見習いからは笑われていた。
しかし背は高く、鍛えていないのに割とがっしりした骨太な体型をしていて、ロミルダは彼に注目していた。
なぜならきっと強くなると思ったので。それにどこか、地に足がついていないようなふわふわとしている彼の様子に少し好奇心をそそられた。
そんなある日、早朝に剣を振るおうと訓練場へとやってきたロミルダは、こっそり宿舎から抜け出してどこぞへと行方をくらまそうとしているアレクシスに遭遇した。
「!」
「……どこ行くの?」
バッチリと目が合って、彼は驚いた猫みたいに固まってロミルダを凝視していた。
そんな彼に近づいて、ロミルダは問いかけた。
アレクシスは気まずそうな顔をしていたけれど「お嬢様……ちょっと町まで」と言って目を細める。
「まだ開いている店もまったくないのに?」
「まぁ、暇つぶしみたいなもんですよ。……見逃してくれませんか。今回だけでいいんで」
ロミルダの機嫌を窺うようにアレクシスは言ったが、ロミルダが今回見逃したところで、彼のサボりが今回だけとは思えない。
「交換条件で、お嬢様がお忍びで町に行きたくなったとき、協力するとかどうですか?」
ロミルダが思案していると彼はこっそり、ロミルダにそんな提案をした。それは少し魅力的で、そして彼なら本当に協力してくれそうに見える。
「嬉しいけど、そんなことしないよ。私」
「おかしいな。俺はお嬢様と同じ歳の時そう言われたら喜んで協力したんすけどね」
気さくに笑ってそんな冗談を言う彼は、素行不良だったけれどまったくもって悪い人ではなかった。
それなのに、このままにしていても彼の素行不良は治らないし、実力のない人間がいつまでも見習いをやっていられるわけではない。
それはとても惜しいことだった。
なのでロミルダは今まで疑問に思っていたことを聞いてみた。
「訓練をサボってもいいけれど、アレクシス。あなたってこのままだと実家に送り返されちゃうかも知れないのよ」
「……」
「せっかく見込みも機会もあるのに、どうして全力でやらないの? あなたを馬鹿にしている人もいるけど、実力をつければ後からいくらでも見返せる。それに体を動かすのって楽しいでしょう?」
ロミルダに取ってそれはとても純粋で当たり前の疑問だった。
目の前にあるのに食事を食べないみたいだな、眠たくてとても寝心地がいいベッドがあるのにどうしてか絶対にベッドに入らないみたいな。
アレクシスはそんな不自然なことをしているみたいに見えたから。
だからなぜなのかと聞いただけだった。
しかし、アレクシスはロミルダのどの言葉にかはわからないが顔を歪ませ、少し不機嫌な声で言った。
「……やる意味、俺にはまったくないんです。お嬢様は、何を手に入れても奪われる側の気持ちなんかわからないんでしょうけど。何したって俺には意味ないんですよ」
そうして吐き出された言葉は、どういう意味の言葉かわからなかった。
ロミルダには他人に大切な物を奪われた経験もなかったし、何をしても意味がないと思ったこともない。
ただ彼が、なんだか傷ついた顔をしているということだけはわかった。
「っ、ごめん。俺、お嬢様になにいってんだろ。つい、その、妹が、欲張で……俺の物をなんでも欲しがるんです。妹もお嬢様と同じ年頃で、だから変なこと言いました。ごめん。嫌なことを言うつもりじゃなかったんです」
「……」
「ただ、俺はあれもこれも今まで持ってたもの全部、妹に取られちゃったんで、だから何ももやっても意味ないんです。くだらなく思えて、しょうがない」
ロミルダは彼の言葉を聞いて、ロミルダも自分の妹を思い浮かべていた。
ロミルダにもかわいい妹がいる。
しかし彼女が魔法士に向いているとわかってからは母はロジーネばかりに注目するようになってしまった。
今まではロミルダ一人に注目が集まっていたのに。
奪われたと言って良いだろう。
だから、そう考えれば奪われたことがあると言える。しかし、いささかアレクシスの意見は飛躍しすぎているような気がした。
なんでも欲しがりな妹に取られてしまうといえど、何をやっても意味がないということにはならないと思う。
けれども彼は、その言葉を言っているとき苦しそうだった。よっぽどの傷が出来てしまったのだろう。
ロミルダはまだ、経験不足で幼かったけれどロミルダに取って些細な傷でも、それで剣を握れなくなった見習いを何人か知っていた。
体は健康なのになぜそうなるかは父に教えてもらった。それは心に傷がついてしまったからだ。
どんなことにどれだけの傷を負うかは人それぞれ。
そこをロミルダが決めることは出来ない。だからアレクシスの傷も否定しない。
しかし、意味はある。
「母はもう解放されただろうし……穀潰しと言われようとも実家に居座って迷惑かけまくろうかな」
彼はそうぽつりと呟いた。そのつぶやきの意味はあまりわからなかったけれどロミルダ言った。
「……全部、取られてアレクシスが辛かったのはわかった」
「……あ、ああ、はい。なら、俺のことは気にしないで――」
「でも、あなたが鍛えることは絶対に無意味じゃないわ」
ロミルダは彼を見上げながらきっぱりと宣言した。
アレクシスは、ロミルダの言葉に少し首をかしげて「なんでですか」と感情のよめない声で問いかけた。
「だってアレクシスは、身長も高くて筋がいいから強くてかっこよい騎士になれると思うもの。それって妹が奪えるものじゃないわ」
「……」
「もしどうにかしてその称号すらあなたから奪っても、あなたは騎士のままよ。努力して、剣を振るって、人を守ったあなたは騎士のままなの」
称号なんてものは騎士にとって飾りでしかない。奪われたところで痛くもかゆくもないものだ。
「あなたが努力してあなたが騎士になったら、必ず私の中ではずっとあなたはかっこいい騎士。他の誰でもないあなたがそうなの。だから、奪えやしないのよ」
もし周りが彼から奪った騎士の称号を認めたとしても、ロミルダは絶対にそれを認めない。
きっと騎士は全員そう言うと思うが、全員の気持ちを勝手に代弁するのはよくないので、ロミルダは自分を引き合いに出した。
「アレクシスだけの称号だわ。あなただってロミルダですと言いながら妹のロジーネが入ってきたら、周りがいくら私扱いしていてもそれは違うと思うでしょう。そういうことよ」
そうして最後に自分の妹を例に出してみた。
実に伝わりやすい良い例だと思ったがアレクシスは、笑うでもなく複雑そうな顔をしていて、一歩そばに寄って聞いてきた。
「俺から全部取られても、騎士になればお嬢様の中だけでは俺は立派な騎士なんですか」
「うん。そういうことね」
「……それは、なんか、すごいいいっすね」
「そうでしょう」
彼の言葉にロミルダは満足して、ニコッと笑みを深める。そうして彼に持っていた木剣をずいっとさしだした。
「そういうわけで、訓練に付き合ってくれない? 一人で剣を振るのもいいけどやっぱり相手がいないとね」
アレクシスはとっさに剣を受け取ってそれからぽかんとしていた。
しかし、ロミルダは最初からそのつもりだった。
せっかくいい時間に付き合ってくれそうな人がいるんだから、相手になってもらわない手はないだろう。
彼も実力がついて一石二鳥だ。
今から思うと、欲望丸出しで少し恥ずかしい思い出だが、それでもそこから彼と一層仲良くなった。よい思い出の一部なのである。




