25 撤回
新人たちの訓練は順調なようで、ロミルダを侮っていたマルトリッツも含め順当に訓練をして力をつけているようだった。
そして彼が同期たちに広めたのかどうかはわからないけれどロミルダは今年の新人たちに侮られることは一切なくなった。
むしろ、一番尊重され……なんなら恐れられているように新人たちはビクビクしていた。
まぁ、尊敬された方が嬉しいしなんならそうなってほしくて丁寧に指導をしているつもりなのだが、恐れるか尊敬するかは人それぞれなので口を出せる問題ではないのだった。
この調子で、騎士団全体の練度を上げ、母の言う竜……は本当に目覚めるかはわからないが、これからも起こるだろう魔獣の増加に備えるべきだろう。
そして、ブロムベルク辺境伯家には魔法士たちでも手を出さないような長い歴史書や古い文献もある。
もしも魔獣の増加が続き、本当に竜に対峙することになるのなら、そちらからアプローチをかけてもいいのかもしれない。
そんなことを考えていた頃。
アレクシスに婚約の件で話があると言われた。
なんだか彼の様子に嫌な予感を覚えて、ロミルダはすぐに私室に招いた。
「……」
「……?」
アレクシスは酷く落ち込んでいるみたいに肩を落としていて、ソファーに座ったままうつむいていて顔色も悪く思える。
顔色の悪さとうなだれているようすに、まさか不治の病でも発症したのかと心配してしまう。
そのぐらい焦燥していて、いつもの明るくてまっすぐな彼とは違う様子に困惑しながら彼が話し出すのを待った。
「……あの、お嬢」
「う、うん」
「……」
ロミルダを呼んだと思ったら彼はそれきり黙ってしまって、またロミルダはさらに不安になった。
しかし、それで彼を急かすわけではない。知りたいけれど、アレクシスはとても大変そうに見えた。
なので緊張しながら、お茶を飲んでそれからもアレクシスのことを待った。
アレクシスは、少しだけ顔を上げて、とても辛そうな顔をしていた。
アメシスト色をしている瞳は、深く悲しみの色にくれていて、複雑そうに歪められた表情がなんだか痛々しく見える。
彼は普段、快活に笑っているから元気で一点の曇りもない晴天のような青年だと思ってしまうが、表情が一つ変わると途端に顔の印象まで変わる。
堀が深いけれども繊細で、さらさらの金髪と上品な紫の瞳。
少しはかなげにも見えてしまう。
なんだか少し不安定な危うさを感じて、ロミルダはごくっと息を呑んだ。
しかしぱっとアレクシスはいつもみたいにロミルダの方を見て、目を細めた。
「俺、やっぱり結婚はちょっと難しいみたいで。お嬢に迷惑もかけたくないし、それに俺みたいな奴をわざわざ選ばなくてもお嬢のこと好きになる男なんて星の数ほどいると思うんです」
それからすらすら、ペラペラと彼は話した。
最初から用意していたみたいな、いつもの彼みたいな気さくで優しい台詞。
「自分から言っておいて、本当に、申し訳ないとは思ってます。めちゃくちゃ中途半端なことしました。本当に」
言いながらアレクシスはソファーの上で頭を下げたが、それでも彼の声音は変わらない。
謝罪は本音だけれどまったく傷ついてはいないみたいな、軽くて重みのない言葉。
それが軽薄さから来るものなのではなくロミルダに気負わせないための物だということはさすがに理解した。
「……ごめん。お嬢」
「……」
「ただだったらちゃんと俺がけじめつけるべきだと思ったんで、機会作ってもらいました。ブロムベルク辺境伯ともちゃんと話つけてあります。……だから……お嬢」
「……」
「話、なかったことにしてほしい」
最後にはアレクシスは顔を上げて、ロミルダにまっすぐ言った。
父にもすでに話を通しているらしい。
彼自身ももうなかったことにするつもりで、中途半端なことをした謝罪もきちんとしたし、ロミルダにちゃんと向き合った。
そして、二人の関係はこれを持ってちゃんとおしまいにする。そういう宣言だ。
「……」
それは、冷や水を浴びせられたような感覚だった。まだまだこれから、だけれどそのこれからが楽しみになるような日々だったというのに。
彼から唐突に告げられた打ち切りは、もちろん酷く悲しい。
酷く悲しかったけれど、本質は絶対にそこではないことだけは確固たる事実に思えた。
「何があったの」
「……」
「アレクシス。私、そういえばあなたのことあまり知らないままだった。教えて、何があってあなたはその結論を選んだのか。何があなたをそうさせたのか」
「っ……やめた方がいいっすよ。お嬢……俺……」
アレクシスはブロムベルク辺境伯家に見習い修行に来たアルテンブルグ公爵家の長男だった。
ロミルダは彼のそれ以上のことを知らない。
しかし今からでも遅いということはないだろう。彼が何を抱えてこの選択をしたのか。そして彼にこんな悲しい顔をさせたのは誰なのか。
ロミルダには必ず知る必要があった。




