23 伝説
ロミルダは母に呼び出された。一旦は魔獣増加の波も収まり、騎士団の仕事も落ち着きを見せている。
その間に、討伐してきた魔獣のことを聞きたいのだという。
もちろんそのこと自体にはまったく問題がない。
ブロムベルク辺境伯夫人である母テレーゼは魔法士であり魔法薬の研究やブロムベルク辺境伯家に仕えている魔法士たちをまとめているのだ。
当たり前だがテレーゼの方が騎士たちや父や、アンゼルムよりも魔獣のことに詳しい。
しかし、母の研究室へと到着すると彼女は忙しそうにしていた。
「あ、ロミルダちゃん!? やだもうそんな時間なの? ごめんね少しロジーネちゃんと待っててくれる?」
言いながら母は作業机の一番端に座って、お人形と一緒に座っているロジーネのことを見やった。
ロジーネは名前を呼ばれて、ぱっと母を見てから入り口付近にいたロミルダを見やった。
「あ、お姉たま」
ロジーネは舌足らずな声でロミルダのことを呼ぶ。
ロミルダはなんとなく返事をしつつ、子供用の高い椅子に座っているロジーネの隣に腰掛けた。
「お姉たま、何しに来たのかしら?」
するとロジーネが小首をかしげてロミルダに問いかける。
研究室は慌ただしく「テレーゼ様!」「五番の魔獣がまた!」「資料はどこにあるんだ!」と声が飛び交っていて、こちらはこちらで相変わらず忙しそうだと思いつつ、ロジーネの言葉に応えた。
「お母さまが、今回討伐した魔獣の話が聞きたいって言うから来たのよ。……でも忙しそうね」
「仕方ないわ。騎士の方々が魔獣の素材を持って帰って来てから皆、ウハウハ? なのよ」
「ウハウハ?」
「うん。お母たま楽しそう」
「……」
ロジーネは母が忙しい事情をきちんと理解しているようにみえたが、それでも十歳にも満たない彼女がこうしていることは退屈だろうとロミルダは考えた。
「……あ、ロジーネ、ご本を読んであげようか?」
「……本?」
「うん、あほら。これとか」
そう言って彼女の前に置かれていたブロムベルク辺境伯家の伝説が載っている本を手に取る。
ロジーネは少し頬に手を当てて考えた後、小さくこくりと頷いた。
「昔々、あるところに、大きな森を持つ領主がおりました」
その話はどこの家にもあるような家の起原をとてもドラマティックに、そして壮大に描いたおとぎ話のようなお話だ。
内容は当時から大きな森でたくさん魔獣に対する修練を詰んでいたブロムベルク辺境伯家の領主は魔獣の増加に悩まされていた。
そしてその原因を探っていくと厄災をもたらす竜が潜んでいるからだった。力をつけた竜が国を襲うと、当時のブロムベルク辺境伯はたちまち神から賜った力に目覚めその竜を“鎮めた”。
その功績でさらに大きな領地をもらい国境を負かされ幸せに暮らしましたという話である。
もちろんすべてが史実ではないのだろうけれど、ただ実際に竜という生き物が千年前に国に厄災をもたらしたという事実は存在している。
今でもその竜は休眠しているだけで王都の付近の洞窟にいるのだとか。
そして、この伝説のおかげでこの国でのブロムベルク辺境伯家の立ち位置は、竜すら退ける武力を持つ一族ということになっている。
そういうわけで、魔獣討伐を生業にすることに誰も異論を持たないし、仕事もよく入る。
神から授けられたような特別な力も魔法も特に心当たりはないが、王族やそのほか特定の一族も、固有の魔法をもってその役目を全うしている場合がある。
だからこそわざわざブロムベルク辺境伯家にはそんな力は一切ないと否定するよりも、竜が目覚めない限りは力があるかないかなどわからないので、これを家の成り立ちとして扱いうまく役立てていると言うわけであった。
「――そうして、竜はふかい深い眠りにつき、領主は王様からたくさんの財宝をもらいたいそう幸せに暮らしたのでした」
読み終わると、ロジーネは一つ頷いてそれから口元に手を当てて考えるような仕草をしたあと、ロミルダのことを見上げた。
「ありがとう。……ところでお姉たま」
「うん? 面白かった? 竜は怖いよね」
「あのね、お姉たま」
「うん?」
ニコニコしながら問いかけたロミルダだったが、ロジーネは不服そうな顔をしていた。
「あたくし、もうそんなおとぎ話で喜ぶ歳じゃないのよ? それお母たまが参考に持ってきて置いてあるだけ」
「え」
「あたくしが読んでて楽しいのは、こっち」
そう言って、ロジーネは自分の右横に置いてあった分厚い魔法薬の専門書をぼんと目の前に置いた。
「お姉たまも一緒に読む?」
問いかけられてその本を見やるが、それはロミルダが少女時代に母から進められて一度開いたきり自分は騎士の道に進もうと決めた一冊だった。
元々、騎士の父と魔法士の母の元に生まれ、両方から両方の道に進めるようにと教育をされていたロミルダだったが圧倒的に座学よりも実践のほうが得意であった。
そして、極めつけになったのがこの文字の小さい魔法薬の専門書。
「……よ、読まない」
「そう? とっても面白いのに。あたくしのお友達も皆この本はつまらないって言うのよ。困っちゃう」
「……」
「ちょっと寂しいわ」
その本に苦手意識のあったロミルダがかぶりを振るとロジーネは少ししょんぼりとして肩を落とした。
その様子はなんだか見ていて少し不憫で、しばらく迷ったけれどロミルダは「やっぱり少し一緒に読もうかな」と言って妹に付き合ったのだった。




