22 接触
アーレンス子爵家の魔獣討伐以降は、とてもスムーズに討伐が進み、被害は最小限にとどめることができた。
領地に帰ると春の社交シーズンと魔獣の討伐という二つの大仕事の疲れを癒やすべく、あまり予定は入れずにロミルダはのんびりとしていた。
しかしハッと思い立って、アレクシスを自室に呼び出した。
なんせ、恋愛の猛者へと至る道は未だに険しいものとなっていて、今日まで全然進展していなかった。
やるべきことがあればそのまま突っ込んでいって全力を出してしまうロミルダなので進展させようと思っていても、ユリーナたちの件に決着がついたら、春の社交が終わったら、魔獣増加の波が収まったらと先延ばしにしてしまっていた。
しかし、アレクシスとの婚約の話は順調に進んでいるらしく、このままいけば来月には婚約者となってしまう。
その前にもう少し二人の間の愛や恋の練度を高めておいた方がいい気がするのである。
と、その旨をロミルダはやってきたアレクシスに懇切丁寧に説明した。
アレクシスは多分真剣に聞いていたが、最後に怪訝そうな顔をしてこう言った。
「いや、お嬢。そもそも俺思ったんだけど、お嬢って元婚約者と別に恋仲じゃなかったじゃないですか」
「……え?」
「俺、お嬢のそばには……まぁいたいんですけど、無理してもっと恋人っぽくなりたいとか、俺を好きになってほしいってよりお嬢が気兼ねなくそばにいられる関係ならなんでもいいっていうか」
「……」
「そりゃお嬢と……いろいろしたいことはあるけど、それって無理にやることでもないし、変に意識だけされて、前みたいに逃げられるのは……悲しいんすよ」
アレクシスの主張には一理あった。
そもそも、結婚するからと言って必ず愛し合ってそばにいる必要はない。
愛し合っていなくても結婚はできるし、添い遂げることだってできる。
現にロミルダの父と母は政略結婚だが子供が二人もいて幸せそうだ。
アレクシスが、好きだと言ってくれたから当たり前のようにそういう特別な関係になって結婚する気になっていたものの、選択肢がそれしか無い訳ではない。
加えて言うと、大勢の前で罵り合い泥沼の喧嘩を始め、最終的にはお互いに致命傷を負って貴族社会から退場していった二人は下手に愛し合っていたからあんなことになったとも言える。
端からただの幼馴染みならあんなことにならなかったし……もしかすると恋や愛って厄介ごとに巻き込まれたり面倒な火種になるだけで、たいしてよい物ではない……のかもしれない。
事実だけを並べて、合理的に考えると別に結婚するにしても愛や恋なんてなくてもいいのかもしれない。
ロミルダは恋愛初心者だし、こういう話をしていると普段と違って意識してしまってどうしようもないのだ。
面倒な物だろう。
けれども、納得がいく合理性よりも気持ちが先に動いて、じゃあ今まで通り、アレクシスとは別に進展しなくてもいいと言うのは酷く残念なのだ。
難しい問題のくせに、放棄したいわけではない。
「……」
「……あ、撤回で。……そんな悲しそうな顔をしないでくださいよ」
「……悲しそうな顔をしてる……? 私」
「してます」
「……うん」
(なんというか……よくわからないけれど……アレクシスとはもっと……私だってその……親しく? ……なりたい)
だって自分が彼のことを好きだと知ってしまったから。
「ま、俺だってお嬢が俺のこと男として意識して好きになってくれたら……すごい嬉しいんで。予定どおりの方向で」
「うん。その、方向で」
「……」
「……」
「……で、もう一つ提案なんすけど」
「ど、どうぞ」
ロミルダとアレクシスは改めて恋愛をすることに決めたけれど、それはそれでなんだか妙に緊張する。ギクシャクしながら、二人は話を前に進める。
「いや、思ったんですけど、俺から近づくとお嬢は驚いたり逃げ出したりするのに、お嬢からは別に触ってくるし近づいてくるなって」
アレクシスの指摘にそうだろうか、とロミルダは首をかしげた。
けれどよくよく思いだしてみればたしかに、アーレンス子爵領へと討伐に向かったときなどまったく気にせず彼に触った気がする。
「……たしかに……そうかも」
「だから距離近いのに慣らすなら、お嬢から俺に近づいてくれればいいと思いません?」
「……あ、あなたが嫌じゃないのなら」
「お嬢にひっつかれて嫌なことなんて一個もないって」
彼の指摘にロミルダがおずおずと聞くと、からっと混じりけのない笑みを浮かべてアレクシスは笑う。
その表情は、たしかに嫌なことなど一つもなさそうな様子で、まったく問題ないかのように見える。
(……でも、私から触れるって……?)
考えつつ、そっとソファーを立ち上がって向かいにいる彼の周りを懐いていない動物みたいに少しうろうろして、どのように接触すればいいのかを探った。
「……」
「……」
最終的に彼が座っているソファーの真後ろから近づいて、ためらいがちに肩に手をぽんと乗せる。
「っ……さすがに真後ろから来られるとびっくりするんだけど」
「ご、ごめん」
「や、謝られるほどのことでは、ないんすけど」
アレクシスは拒絶する気はないようで、そのまま前を向いて座っていた。
ロミルダは緊張しているものの、自分に主導権があると思うと、緊張しすぎて参ってしまうということもなく、上司みたいに彼の両肩をポンポンと叩いて見た。
「アレクシス、頭触っていい?」
「いいっすよ」
「……」
それから許可を取って慎重に彼の髪に触れた。
最初はポンポンと軽く感触を確かめて、それから指を通して少し撫でる。
アレクシスの金髪は思っていたよりも柔らかくて、金の糸みたいに細くてさわり心地がよかった。
「……」
「……っ」
そうして触れているとなぜか突然、アレクシスは自分の顔をベちんと叩くみたいな勢いで顔を覆った。
「? いや?」
「ぜ、全然」
全然嫌ではないらしいけれど、不思議な行動だった。
しかしこうして触っているとそこそこ慣れてくるものだ。
案外いけるじゃないか。髪に触れたりしてさすがにこれは恋人っぽいだろう。
気を許しあっている感じがある。
(よ、よし! もうワンステップっ……)
ロミルダは意を決して、腕を彼の前に回して後ろからぎゅっと思い切って抱きしめた。
勢いよく行ったので、ドスッと彼は少し揺れた。
ロミルダは上半身全部を使ってぎゅっとすると彼の髪が頬に当たる。
何か少し香水の香りがして、抱きしめている腕で妙にがっしりしている体躯を感じ、ロミルダは自分が男の人を抱きしめているのだと、妙な実感を得た。
すると、顔がじわーっと熱くなって、ぴゃっと離れる。
すぐに心臓の音がドコドコ音を立てて胸が苦しくなる。
そんな中、アレクシスはゆらりと体を大きく揺らして立ち上がり、半端に手で顔を隠しながらロミルダを見やった。
「す、スミマセン。お嬢、もうこれやめときましょ」
「……い、いやだった?」
アレクシスはうつむいていてその表情はよめない。
不安になって問いかけると、彼はかぶりを振って頬を赤らめて目をそらす。
「お嬢にあんまりかわいいことされると、俺がもたないんで」
前後の文の繋がりも、彼がもたない理由もロミルダはよくわからなかった。
しかし彼の表情が切羽詰まっているように見えてあまり言及せずに、ロミルダは胸を高鳴らせながら神妙な顔で頷いたのだった。




